FC Earth

西野ゆう

What the hell! Yeah!

 "What the hell!"

 "Yeah!"

 まがりすなおは現場に入るなりお決まりの言葉を発した。

「マジでなんだ、これ」

「ほんとですよね」

 海外犯罪ドラマに影響された二人が、改めて日本語で同じことを言う。それだけ衝撃的ではあった。

 高級ホテルの最上階スイートの壁二面に渡って、赤いスプレーで大きく「FC EARTH」と書きなぐられている。まだ鑑識の仕事が終わっておらず、中に入られない刑事の二人は、首だけ入り口のドアから突っ込んで中を見渡した。

「FCってフランチャイズの略だろ? 地球ってフランチャイズだったか?」

「鈎先輩、そんなわけないでしょ。アースって地球じゃなくて接地かもしれないですよ。電気の。っていうかですね、FCって言えばサッカーチームじゃないっすか、常識的に考えて」

「直の常識は俺の非常識なんだよ。だが、そうだな。接地か。その発想は悪くない」

 直は短いあごひげを撫でながら頷く鈎を無視して、改めてスイートルームを見渡した。

 ベッドルームとリビングとの中間に若い女の死体がうつぶせに横たわっている。ICTとドローンを使った物流ベンチャーの社長だ。

 頭は入口側に近いリビングの方に向いていて、手には赤いスプレー缶。人差し指は噴射トリガーに乗せられた状態だ。噴射口が接しているカーペットにも直径数センチの円形に赤い染みが付いている。

「銀河系の流れを引き継いだ太陽系ラーメンの四番手、地球ラーメンがフランチャイズ展開した。犯人はそれが気に食わない人間」

 ブツブツと呟きながら、鈎がメモを取っている。

「えっと、なんですか? 鈎先輩。四番手?」

「おう。太陽ラーメンが暖簾分けしてな。水星ラーメン、金星ラーメン、地球ラーメンってできたんだろうなって思ってよ」

「よく『FC EARTH』の文字からそんなくだらないこと思いつきますね。でも、金星ラーメンはありそう」

 直は鈎から返される悪態をやはり無視しつつ、スマートフォンで「金星ラーメン」を検索し、「やっぱりあるな」と呟き、続けて「地球ラーメン フランチャイズ」と検索しようとして馬鹿らしくなり止めた。

「でもまあ、俺の常識で考えれば、こんな文字に意味はないんだろうがな」

「なんですか、意味不明なメモまでしておいて」

「暇つぶしだ」

 そう言った鈎は、鑑識官の動きを注視した。ブラックライトの蛍光管を手にした男が、壁の文字と、カーペットの染みを入念に確認している。

「血痕をごまかすために赤いスプレーで上書きした。その血痕をなぞると、犯人の目には『FC EARTH』の文字が丁度良く見えたんだろう」

「そうなると犯人は英語圏の人間でしょうね。咄嗟のことです。日本人なら日本語の文字が浮かぶでしょうし」

 しかし、ブラックライトを当ててルミノール反応の有無を見ていた鑑識官が首を横に振った。血液の反応はなかったようだ。

「鈎先輩の常識は犯罪者の非常識だったみたいですね」

「そもそも犯罪者ってのは非常識な人間なんだよ。くそっ、腹減ったな」

「確かに。もう少し鑑識さんの仕事もかかりそうですから、ラーメンでも食べに行きますか? 鈎先輩がラーメンの話するから、ラーメンが食いたくなりました」

 鈎は直の提案を受け入れ、店選びも直に任せた。

 直がスマートフォンを開くと、さっき入力していた「地球ラーメン フランチャイズ」の文字がそのまま残っている。なんとなく検索すると、現場から歩いて七十二時間の距離に「ramen EARTH」という店があった。


 結局二人は銀河系でも太陽系でもない小鳥系の店で中華そばをすすっている。

「鈎先輩、食べながらスマホ見るなって親から言われませんでした?」

「あ? 俺がスマホ持った頃には親も何もねえよ。マンガ読むなっては言われたな。お好み屋で」

「ああ、お好み焼き屋に置いてある漫画って、必ずって言っていいほど間にカチカチのそばが挟まってますよね。でも、なんで『お好み焼き屋』を『お好み屋』って言うんです?」

「やめろ」

「はい?」

「やめろって。今ラーメン食ってんのにお好みの話したら、お好み食いたくなるだろうが」

「はあ」

 直は広島県人が面倒なのか鈎だけが面倒なのか計りかねていた。

「んっ?」

 そんな鈎が麺をすする途中で器用に声を発し、スマートフォンの画面を顔に近づけた。

「FCEA、寝たきりなどの重度障害者でも視線入力でゲーム等ができる拡張アプリ。RTH、リターントゥホーム。ドローンが通信エリア外に出た時、バッテリー残量が低下した時、或いは手動操作により登録しているホーム地点に帰還する機能」

「それが『FC EARTH』の意味ですか?」

 確かに現場に書かれた文字は、「FC EA」が南側の壁、「RTH」が西側の壁に書かれている。だが、「A」と「R」の間隔より、「C」と「E」の間隔の方が広いため、「FC EARTH」と読んでいたのだ。

「ってことは、どうなります?」

「仕事の時間ってことだよ」

 鈎と直は真実を追って歩き始めた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

FC Earth 西野ゆう @ukizm

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ