第5話 秘密
帰宅後。
俺はオオサンショウウオのTシャツを着ている。なんだか滑稽だ。
しかし舞は……可愛い。
本当に可愛い子は何を着ても可愛いんだな、と再確認する。
「こうしてると、新婚さんみたいだねぇ?」
俺の隣に座り、体を摺り寄せてくる。
「そうかなぁ」
もっと強めに否定したかったが、またごねられそうだったからやめておく。
「あのね、お兄ちゃん」
「ん?」
「今日、私を止めてくれてありがとう」
「ああ、」
あれはやばかった。放っておいたらどうなっていたのか、怖いから聞かない。
「私ね、鬼の子孫だし、あんな力もあるし、普通に人間の中で生きてくの、無理かもって思ってて」
そりゃ、よっぽど気を付けないとだろうな。一族が皆、人のいない田舎に住んでいるのもそういう理由なんだろう。
「お兄ちゃんとも、一生会えないかもってずっと悲しくて……。でもね、私はお兄ちゃんと離れ離れになってから、ずっとお兄ちゃんと暮らすことを夢見てたの。こうして、昔みたいにくっついて、いつも一緒で」
「うん」
舞には舞の、悩みや苦労があったんだろう。それはわからないでもない。見知った人間しかいない閉鎖された土地で、自分を殺して生きてきたのだろう。
「お兄ちゃんは知らないけど」
「ん?」
「私ね、お兄ちゃんとは永遠の愛を誓ってるんだ」
「へっ?」
変な声出た。
「私たちの一族ではね、婚約の証っていうのがあるんだよ」
そんなの知らないし、交わした覚えもないのだが……?
「離れ離れになるって決まった日、私は行きたくない、って泣いたの。お兄ちゃんと一緒がいい、って」
ああ、それはなんとなく覚えてる。俺にしがみついて泣いてる舞を、俺は記憶していた。
「その時、お兄ちゃんが言ったのよ?『いつか大きくなったらまた一緒に暮らそう』って。それでね、私にキスしてくれたの」
「ふえっ?」
ごごごごめんなさいそこは覚えてない。
「あ、覚えてないと思うよ。お母さんがお兄ちゃんの記憶、消しちゃったから」
ええー、そんなこともしちゃうのぉー?
「男女のキスは、誓いなの」
うっとりした眼差しで、舞。
「私はその時からずっと、お兄ちゃんと結婚するんだって決めてた。私たち、兄妹だったけど血の繋がりはないんだし、何も問題ないじゃない?」
「そ、それは…、」
「お兄ちゃんは私のこと、まだ妹としてしか見られないって思ってるかもしれないけど、私は……お兄ちゃんだなんて、もう思ってないんだよ、
ドクン、と心臓が跳ねる。
名前……、
「でも、さ。舞が知ってる俺は、まだほんの子供のころの、兄としての俺だよね? あれから十年以上経つんだぞ? 今の俺は、あの頃と違うし、舞にとってこれがいい選択かどうかは、」
「わかんないよ!」
俺の言葉を遮って、舞。
「それはもちろん、わかんないよ? でも私は確信してる。私が好きになった人だもんっ。何年離れてたって、私が好きになったお兄ちゃんは……悟さんは、きっとあの頃と同じように、ううん、あの頃よりずっと素敵で、私はもっともっと好きになるもんっ」
えええ、ハードル上げてきたぁぁ。
「……まぁ、お試し期間で色々わかってくるだろ。舞、これだけは言っておくけど、俺だって健全な男だからね? あまり変なことはしないで」
「変なことって?」
「必要以上にくっついたり、露出したり、煽ったり」
「え~、くっついちゃダメなのぉ?」
わざとらしく俺の腕に絡みついてくる。胸がっ、あたってますってば!
「私は別にいいんだけどなっ」
「ったく、耐性もないくせに」
「たいせい、って?」
「こういうこと!」
俺は舞の顎に手をかけ、上を向かせる。そのまま顔を近付けると、見る見る間に舞が顔を真っ赤に染める。
「きゃぁ!」
ドン、と俺を突き放して離れる舞。
「ずるい! ひどい! そんなの反則なんだからねぇっ!」
顔を隠して照れまくる舞。
「ぷっ、反則ってなんだよ。ははは」
「もぅ~! 笑っちゃヤダぁ!」
オオサンショウウオのお揃いのTシャツの俺たちは、端から見たらただのバカップルに見えるのかもしれないな、と漠然と、思う。
*****
月曜日。
舞は初登校となる。
大学の授業が午後からだった俺は、舞を学校まで送り届けることにした。
制服を着ると一段と可愛さが増す。
「ああ、緊張するなぁっ」
舞の話によると、こんなに都会の、人が沢山いる学校に通うのは初めてらしい。
「大丈夫だよ。平常心で行って来い!」
「心配だなぁ。大丈夫かなぁ。頭にくるような出来事とかあったらどうしよう」
うう、それはマズイね。
「ねぇ、お兄ちゃん。おまじないして?」
「おまじない?」
「小さいころよくやってくれたじゃない。私を守ってくれるっていう、おまじない」
ああ、思い出した。
思い出して、恥ずかしくなって口元を抑えた。あれは、何かのアニメで見たワンシーンを真似たものだ。子供ながらにカッコつけてた、今思えばただ恥ずかしいだけの。
「ね、やって?」
舞は真剣な顔で俺を見上げている。
「いや、あれは……」
「おまじないしてくれないと学校行けないよぉ!」
駄々っ子め。
「し、仕方ないな。今日だけだぞ」
そう言うと、俺は舞に向き直り、言った。
「舞が今日一日、穏やかで健やかで楽しく過ごせるよう、願いを込めて」
そして舞の額に、キスをする。
「はい、護符を授けました」
はっず! 二十歳にもなってやることじゃねぇ!
「えへへへ」
しかし、舞はご満悦だ。
「明日もよろしくね!」
「は? 一回だけって言ったろ?」
「ダメだよぉ、だって『今日一日』しか持たないもん!」
チッ、揚げ足取りやがってっ。
高校までは徒歩圏内だ。途中、同じ制服を着た生徒たちが、舞を見て不思議そうな顔をする。コソコソと何かを話している男子もいた。思うに『あんな可愛い子、うちの学校にいたか?』だろう。
門まで来たところで、俺は帰ることにした。
「じゃ、楽しんで来いよ」
「うん。あ、ねぇ、お兄ちゃん」
舞に呼ばれ、振り返る。ちょいちょい、と手招きをされ近付くと、俺の腕を引っ張り屈ませる。内緒話か?
「大好きっ」
耳元で囁き、俺の頬にキスをする。
「なっ!」
俺は真っ赤な顔で飛び退く。
「んふふ、じゃ、またあとでね~!」
嬉しそうな顔で校舎へ走っていく舞の姿を、俺は頬に手を当てて見送ったのである。
高校生になった妹が素直で可愛くて鬼の子だった。
平凡だった俺の日常が、非凡へと舵を切る音を聞いたような気がした。
~FIN~
高校生になった妹が素直で可愛くて鬼の子だった話 にわ冬莉 @niwa-touri
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