第4話 初デート

「お出掛けっ。お出掛けっ」

 舞は朝からハイテンションだ。


 持ってきたキャリーケースから選んだ服は膝丈の淡いピンクのワンピース。控えめに言ってめちゃくちゃ似合っている。


「ね、買い物終わったら映画とか見ちゃう?」

「映画か……。まぁ、いいけど」

「わーい!」


 そんなこんなで俺たちは少し離れたショッピングモールにやってきた。腕を組もうとしてくる舞を説得し、並んで歩く。


「ね、これとかどう?」

 一緒に歩いて分かったことだが、舞の可愛さは俺の欲目ではなく、群を抜いているようだ。すれ違う男たちの視線が怖いくらい、皆が舞を見る。

 ショップで洋服を自分にあて、俺に見せてくる舞はキラキラしていた。こんな子が彼女だったら……苦労しそうだな、などともう若くはない自分の発想を嘆く。


「舞はどれを着ても可愛い」

「ひゃ~! やだやだ、もっかい言って!」

 照れながらもおかわりをおねだりする舞に、俺は言った。

「俺の妹、世界一!」

 しかし、この一言に舞は顔を曇らせた。

「……妹…? そうじゃない」

 ああ、妹よ。あからさまに甘い言葉要求するんだな。


「舞は俺にとって、だよ」

 嘘ではない。妹って言葉を使わなかっただけだ。しかし、舞は少し顔を赤らめて、へへ、などと満足そうである。


「んふふ。あ! あれも可愛い!」

 手にしていた服を戻し、違う服を手に取る。

 こんな風に女の子と歩くのは久しぶりだった。俺にだって彼女がいたことがないわけじゃない。半年前に終わった恋を思い出し、少し黄昏てみる。


「ね、お兄ちゃんとお揃いの服買おうよ!」

「ええ? お揃いぃ?」

 子供のころならいざ知らず、この年で兄妹お揃いってのは、

 しかし、目の前の可愛い生き物はNOを許してはくれない期待に満ちた目でこちらを見てくる。俺は仕方なく、

「ま、部屋着ならいいよ」

 と答えた。

「わーい!」

 舞はぴょんぴょんしながらTシャツコーナーへと走っていく。


「んっと~、これかなぁ? こっちかなぁ?」

 俺の体にとっかえひっかえTシャツをあてながら、選び始める舞。他の客がニヤニヤしながらその様子を見ていることに、俺は気付かないふりをしていた。

「これにしようっ!」

 舞が選んだのは、何故かオオサンショウウオの描かれたPOPなTシャツで、俺は思わず苦笑いしてしまうのである。


*****


 軽く昼を済ませ、映画館へ向かう。土曜の午後とあって、それなりに人も多い。舞が見たいというアクション系の映画のチケットを買うと、トイレに行く舞を待ちがてら売店で飲み物を買った。レジが混んでいたので、そこそこの時間を取られてしまう。


「舞、どこだ?」

 さすがにもうトイレから戻っているであろう舞を探す。あ、いた! けど……あれ? 誰かと話してる?


「ねぇ、いいじゃん。俺たちと行こうよ~」

「そうそう、なんでお兄ちゃんとなんか一緒にいるんだよ。勿体ないよ~」

「だからっ、私は今日、お兄ちゃんとデートでっ」

「それが変だっての。可愛いのに、なに? 天然系?」

「この際天然でもいいけどね。さ、行こう!」


 見ず知らずの男二人に絡まれている。ナンパだ。男の一人が舞の手を掴もうとするのを見、俺はすかさずその手を捩じり上げる。

「うちの妹に、何か?」

「いてててっ」

「お前、なにすんだよ!」

 その言葉、そのままそっくりお返ししますけどね?


「お兄ちゃん!」

 舞が俺の後ろにピタッとくっつく。

「申し訳ないけど、妹はあんたたちとは行かないから。じゃ」

 ナンパ男の手を離し、踵を返す。と、


「ふざけんなよてめぇ!」

 男の一人が俺の肩を掴み、手を振り上げた。あ、これ一発食らうな~、と思った瞬間、

「ヤメナサイ!」

 地の底から響き渡るような声がする。男は驚愕した顔で振り上げたままの拳を見つめ、なぜか自分で自分を殴ったのだ。


「え?」

 見ると、舞の頭には二本の角。

 ちょ、待って!? それ、出しちゃダメなやつだよねっ??


「舞、ダメだ!」

 俺は舞の手を取り、その場から駆け出した。男二人は脱力したように膝を突いて呆けていた。大した怪我はないと思うけど……。


 映画館を抜け、非常口の階段の踊り場へ。ここなら誰も来ないだろう。

「舞、頭! 角、しまって!」

 俺が慌ててそう言うと、舞はハッとしたように目線を上へ。

「いっけない!」

 目を閉じ、神経を統一(?)すると、舞の頭の角はしゅっと消えた。

 俺は大きく息を吐き出す。


「角って、勝手に出てくるの?」

 それだけじゃない。さっき舞は『力』も使っている。こんなことが日常的にあったら、すぐに鬼であることがバレてしまうではないか。

「怒りの感情が出ちゃうとね、ああなっちゃうんだよねぇ」

 口を尖らせて、バツが悪そうに言う。

「さっきは、お兄ちゃんが危ないって思って、つい……」

「それは……嬉しいけどさぁ。でも、ちゃんとコントロールしないとダメだろ?」

「だってぇ」

「舞を置いてった俺も悪かったな。ごめん」

 舞の頭をポンポンと撫でる。うん、もう角はない。


「お兄ちゃん……」

「ん?」

「大好き」


 ぎゅ、と俺に抱きつく舞。

 人気のない階段の踊り場。

 なんて素敵なシチュエーション。


 しかし、


「さ、映画始まっちゃうから、行こう」

 舞を引き剝がし、映画館に足を向ける俺。


「……もぅ! せっかくいいムードだったのにぃ!」


 背後から、舞のぼやく声が聞こえてきたが、聞こえないふりをしたのだった。

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