第3話 恋人ごっこ

「舞、お皿は俺が片付けておくから、お風呂入りなよ」

 夕飯を何とか食べ終え、俺は声を掛ける。


「ん~、私、眠い……」

 聞けば、かなり早い時間に家を出たらしい。緊張や不安もあったのだろう。気が抜けて、疲れが出たようだ。

「もう寝ちゃおうかな」

「ダメだって。ちゃんとお風呂入って、着替えてから寝なさい。制服が皺になっちゃうだろう?」

 なんだか母親みたいだな、俺。


「お兄ちゃん、一緒にお風呂に入る?」

 小首を傾げて、ニッと笑って、舞。

「ばっ、なに言ってるんだ。いいから行きなさい!」

「ええー。昔は一緒に入ったのにぃ」

「それは子供だったから!」

「今はダメなのぉ?」

「ダメですっ」

「なんで~?」

「なんで、って」

「ヤバいことになっちゃうから?」

 むふふん、と俺を見て煽ってくる舞。


 俺はそんな舞の手を掴んで壁に押し付けた。


「そうだよ、ヤバいことになっちゃうからだよ。俺がヤバいことになったらどうするの?」

 体を密着させて、わざと耳元で囁いてみる。少しは警戒しろってんだ。


 あ、耳まで真っ赤。やりすぎたかな。


「さ、お風呂入ってきなさい。着替えはあるの?」

 手を離し、背を向ける。

 やべ。俺もハズいわっ。


「……行ってくる」

 小さな声でそう言うと、パタパタと足音が聞こえる。パタン、と閉まるバスルームの扉。


 うおおおおおお、焦った~!

 今頃心臓がバクバクになってるわっ。


 突然やってきた妹は、めちゃくちゃ可愛くなってて、何故か結婚前提の同棲をご所望で、そしてその正体は鬼の子孫らしい。

 ああ、情報がぶっ飛んでて理解できん。

 さっきは流れで同棲を認めてしまったものの、大丈夫なんだろうか……。


「可愛すぎてヤバいだろ」

 ひとりごちる。


 俺はテーブルを寄せ、来客用の布団を敷いておいた。ベッドから離せば大丈夫……だよな?


*****


「ええー? 一緒に寝ないのぉ?」

 風呂上がりの舞は、可愛らしい、もこもこのパジャマを着ている。そしてなんだかいい匂いがした。同じシャンプーを使っているのに、なんでだ?

「一緒は無理。ベッドは狭いし」

「狭いからいいんじゃん」

「あのなぁ、」

「私、お兄ちゃんになら何されてもいいんだけどなぁ?」

 きゅるん、とした目で見てくるな! 懲りない奴め。


「あのなぁ……。あ、それはそうと、舞は高校生だよな? 学校ってどうなってんだ?」

「へ? ああ、学校ね。もちろん行くよ? ここから通える学校だから問題ないよ」

「わざわざ転校したのか?」

「そうだよぉ。お兄ちゃんとの再会のために、めちゃくちゃ頑張ったんだから!」

 聞けば、そこそこレベルの高い進学校。俺より頭いいかも。


「兄と暮らします、ってことになってるわけだな」

「本当は婚約者と、って言いたいんだけどさぁ」

「ダメ!」

「って言うと思ったから。でも! 私の心はお兄ちゃんのものなんだからねっ!」

「はいはい」

 適当にあしらう。


 明日からは週末。学校はまだ始まらないからいいとして、本当に同居生活が始まるなら、部屋を少し片付けないとな。


「舞、荷物はこっちに送ってもらうんだろ? 足りなそうなものとかあるなら、明日は買い物にでも行くか?」

「買い物? それって、デートだよねっ?」

「いや、ただの買い物だ」

「デートだ~! わーい!」

 違うってば。

「お兄ちゃんとお出掛けっ。デートだ、デート! うわーっ、楽しみ!」

 違うけど……ま、いいか。


「じゃ、今日は早く寝ないとな。ほら、こっちに布団敷いたから、寝ろ」

「一人じゃ眠れないよぉ。お兄ちゃん、私が寝るまで添い寝してぇ」

「はぁ? 子供じゃあるまいし、添い寝なんかしないだろっ」

「昔みたいに隣で寝て、私の肩トントンしてほしぃぃぃ!」

 駄々っ子か。


 でも……懐かしいな。舞が小さかった頃はよく、肩をトントン叩いてやったんだよな。


「……今日だけなら」

「やったぁ!」


 俺はつい昔の思い出に浸り、OKを出してしまう。喜び勇んで布団に入る舞の横に寝そべる。顔、近っ!


「うふふふ、嬉しいなぁ」

「いいから目を閉じなさい」

「はぁい」

 俺はリモコンで電気を豆電にする。それでも舞の顔は見える。睫毛長いな……。

「じゃ、やります」

「ぷっ、なにそれ!」

「だって、いきなりじゃなんかあれかなと思って」

「ふふ」

「早く寝なさい」

「えー、なんだか勿体ないなぁ」

 そうは言いながらも、目はとろんとしてきているのだ。


 トントントン、

 舞の肩をリズムよく叩く。


 あの頃を思い出す。

 可愛かった妹。

 そうだな、どんなに成長しても、やっぱりお前は、俺にとって可愛い妹な気がするな。


 スースーと規則正しい寝息が聞こえる。俺は舞を起さないように気を付けながら、携帯を手に部屋を出た。

 アパートの外で、父親に電話を掛ける。


「あ、もしもし、親父?」

 実家はここから電車で二時間くらいのところだ。大学に通うのに不便だからと、独り暮らしをさせてもらっている。

「うん、俺。え? 元気だよ。元気だけどさ……うん、そう。今日いきなりだよ」


 親父は舞が俺のところに来ることを知っていたらしい。まったく、知ってたならもっと早く教えてくれればいいのに。

「わかってるよ。それはいいんだけど、いや、はいはい、そうだな」

 親父は俺が年頃の娘と一緒に住むってことに疑問を感じないのか? 妹ではあるけど、血は繋がってないんだぞ?

「ああ、わかったよ。うん、じゃ」


 もっと何か言われるかと思ったのに、しっかり面倒見てやれ、って……簡単だな、おい。


 ずっと離れて暮らしてた。

 だからその間に、俺に対する気持ちってやつも相当美化されてるんじゃないかな。

 このまましばらく一緒に暮らせば、こんなはずじゃなかった、ってことになるのだろう。それでいい。


 俺は部屋に戻ると、風呂にも入らず、ベッドに潜り込んだ。


*****


 翌朝。


 手の中にふわふわしたものがある。抱き枕のような、でももっと触り心地のいい、いい匂いで、ふわふわしてて、ぬいぐるみみたいな……ん?


 目を開ける。


「ああああ、もうっ!」

 小さな声で、悲鳴を上げる。


「なんでこうなった!?」

 俺のベッドですやすや眠る美少女に、俺は手を持て余していく。


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