第2話 鈴鹿御前の子孫だった

「いや、そんなこと急に言われても」


 俺はにわかに信じがたい話を前に、動揺を隠せない。舞はカレー皿をテーブルの上に戻し、言った。


「あのね、昔、昔、ずーっと昔、鈴鹿御前すずかごぜんっていう鬼がいたの。鈴鹿御前は都に奉納される年貢や品物を強奪するような、悪い鬼だった。そんな鈴鹿御前を討伐しに、ある将軍が送られてね、そしたらなんと、その二人が恋に落ちたんだよ! それから鈴鹿御前は改心して、その将軍との間に子供を儲けて……」

 ゆっくりと、噛み締めるように舞が語る。


「改心した鈴鹿御前は悪い鬼を退治する側になるんだけど、若くして死んじゃうの。そんな鈴鹿御前を、将軍はあの世まで迎えに行くんだよ? そして、彼女の魂を連れ戻すの! 生き返った鈴鹿御前は、将軍と末永く幸せに暮らすのです。おしまい」

「……いや、おしまい、って」

「あん、だからね、私やママは、その鈴鹿御前と将軍の……鬼と人間のハーフの子孫なのですっ」

 なのですっ! って言われても。


「まだ信じない?」

「そりゃ、簡単に信じられる話じゃないよ」

「じゃ、仕方ない」

 って、なにっ? なんで俺の手、握るの?

「は?」

 何故か舞は俺の手を取り、自分の頭の上に俺の両手を乗せる。なにっ?

「せぇのっ」


 ポンッ


「うをっ!」

 舞の頭に、二本の角が生える。


 え?


「これで信じた?」

 頭の角を俺に触らせながら、舞。

「なにこれ? え? 小道具……じゃないのかっ!?」

 角は舞の頭にぴったりくっついていて、取れる感じはない。くっついてるっていうか……生えてるのか。


「本物……?」

「そうでぇ~っす」


 目の前にいる可愛い女の子。

 それが生き別れた俺の妹で、更に鬼の子孫だというトリッキーな現実。更に同棲を迫られる謎展開。これ、なんかすごいことになる予感なんだけど。

 俺は、自分を落ち着かせようと食卓に戻り、カレーを食べる。

 少なくともカレーは現実だ。


「まず、そこまでは認めよう。認めないと先に進まなそうだし。で、だ。そんな鬼の子孫であるお前が、なんで俺との同棲を条件にしないと俺と会えなかったのかがわからん」

「ああ、そうだよねぇ。あのね、私たち一族の中には厳しいルールがあるの。まず、自分が鬼の子孫だってことを人間に知られてはいけない」

「ブッ! ゲホッ」

 またむせる。


「もぅ、お兄ちゃんたら大丈夫?」

「いや、あのさ、知られちゃダメ、って、じゃあなんで言ったんだよ?」

「ちゃんと最後まで聞いてよ! あのね、雪女の話って知ってるでしょ?」

 また、話が飛ぶなぁ。

「ああ、知ってるよ。山で遭難した男が雪女に助けてもらって、このことは誰にも言うな、って言われる、あれだろ?」

「そうそう! 私たちの界隈では素性を明かしちゃダメなの。素性をばらされたら、そこでお別れ。さよならしなきゃならない」


 ……え? ちょっと待って、それって、


「親父は舞のお母さんが鬼だってこと……」

「そう、知ってた。なのに、会社の飲み会でポロっと口に出しちゃってね」


 え? えええ? 二人が離婚した理由って、それなの!?


「それが原因で私とお母さん、身を隠さなきゃいけなくなって。お兄ちゃんとも別れなきゃいけなくなって。ほんと、お父さん酷いよ!」

「いや、でもさ『うちの奥さん鬼なんだ』って言ったからって普通の人は信じないだろ?」

「まぁ、そうなんだけどさ、それでもダメなもんはダメなんだよ。だからお兄ちゃんも誰にも言っちゃダメだよ?」

 可愛らしく人差し指を口の前に立て、片目を瞑って見せる。


「言わないけどさ……そんな。でも、じゃあ同棲ってのは?」

「ん、まずは同棲から、ってことなんだけどね、その、」

 急にもじもじし始める。

「まずは……?」

「ゆくゆくは……結婚しちゃったりなんかしちゃってみたり?」

「……はぁぁぁぁ?」

「えっ? 嫌?」

「嫌とかいいとかそういうことじゃなくて、だなぁ」

「私、お兄ちゃんと結婚したいもんっ。だからお母さんとか叔父さんとかみんなを説得してここまで……なのに」

 見る見る間に目に一杯の涙が溜まる。


 ああああ、もうっ!


「お兄ちゃんにずっと会いたかったんだもんっ。ずっと一緒にいようね、って約束したもんっ。嘘だったの?」

 ウルウルの目で見つめられ、俺はたじろいだ。そりゃ、言ったよ。言ったけどさぁ、だって、あの頃は兄妹だったじゃん!


「あのさ、舞は俺の可愛い妹であって、結婚とかは考えたことないよ?」

「今も……考えられない?」

 上目遣いにそう言われ、思わず戸惑う。


 こんな可愛い子が……俺と?


「私、可愛いんでしょ?」

「うん、可愛い」

「可愛い子は、好きですか?」

「……好きです」

「ということは?」

「いや、なによその誘導尋問みたいなやり方はっ!」

「だぁってぇ」

「大体、なんで俺なの? うちを出たとき舞は幼稚園生だったよね?」

「だって、お兄ちゃんは私の初恋の相手だもんっ。私、お兄ちゃんのことずっとずっと大好きだったもんっ」


 やっべぇ~、可愛い~。

 こんな子に好きって言われて嬉しくない男がいるか? いや、いない!!


「俺も舞が大好きだったよ」

「ほんとにっ!?」

「でもさ、舞。結婚って、すごく大事なことだろ? だから、そんなに簡単に決めちゃダメだ。もっとちゃんと考えて、ね?」


 何年経とうが、俺にとって舞は妹だ。少なくとも今のところは。そんな可愛い妹に、安易に結婚なんて決めてほしくない! ちゃんと相手を見極めて、って、俺だけど!!


「可能性はゼロじゃないってことっ?」

 ゼロどころか、大分高いけど……とは言わずにいよう。

「まぁ、」

「やった~! よかったぁ! じゃ、私ここにいてもいいのねっ? お兄ちゃんと暮らせるんだ。あはは、やったぁ!」


 ぴょんぴょんと飛び跳ねながら全身で喜びを表現する舞。あの頃のことを思い出す。そういえば小さい頃も、コロコロと表情を変える忙しい子だったっけな。


「私、ちょっと電話するね!」

 おもむろに携帯を取り出すと、どこかに電話をかけ始める。


「あ、お母さん? 私、うん、あのね、OKだったからね! 私、ここに住む! え? 大丈夫だよぉ、はいはい、わかりましたぁ。うん、じゃ、よろしくね!」

 母さんか。まぁ、俺の母親ではないけど、数年間は俺の母親だった人。


「じゃ、また!」

 え? 切っちゃうの!?


「母さんだろ? 俺、挨拶、」

「あー、いいのいいの! それより、今日からよろしくね、お兄ちゃん!」


 ニコニコしながら俺を見るその目は、とても楽しそうだった。

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