高校生になった妹が素直で可愛くて鬼の子だった話

にわ冬莉

第1話 再会は突然に

「おにいちゃんと一緒がいい!」


 そう言って俺にしがみついてきた可愛い妹。だけど、別々に暮らすことになったあの日。それ以来、一度も会うことがなかった妹。それが……、それがなんでっ、


「なんでこうなった!?」

 俺のベッドですやすや眠る美少女に、俺は手を持て余していた。



*****


 事の発端は昨日の夜にさかのぼる。


 バイトを終えた俺は、アパートに戻った。

 部屋には何故か電気がついていて、カレーのいい匂いまで漂っている。

 俺は一人暮らしにも拘らず、だ。


「どういうことだ?」

 俺は恐る恐るドアノブを回す。

 え!? 鍵、かかってないし!

「誰か……いるのか?」


「あ! やっと帰ってきたぁ! おかえりぃぃ!」

 中から飛び出してきたのは可愛い女の子。制服にエプロン姿の美少女。

「えっ? えっ?」

 俺はその光景が意味不明すぎて、思わず後ずさる。もしかして、部屋を間違えた?


「ちょっとぉ、なんでそんな驚いた顔してるのぉ? 私だよぉ、わ・た・し!」

 めちゃくちゃ可愛い声でそんなこと言われても、困る。

「人違い……ではなく?」

「ああん、もうっ! とにかく中、入って!」

 俺は手を引かれ、中に入れられる。


「まずは、ごはん。ね?」

 そう言われ、俺は手を洗う。食卓には、大盛に盛られたカレーと、ポテトサラダが用意されている。


「さ、食べよ? いっただっきま~す」

 パン、と手を合わせてカレーを食べ始める。

「ん? 食べないのぉ?」

「いや、まず君は誰なの?」

 俺は、カレーを目の前にしながらも、胃袋に支配されることなく謎に迫った。


「え? わかんない……の?」

 絶望的な顔をされ、慌てる俺。

「え? あ、いや、こんな可愛い子、俺の知り合いにいたっけな~ってずっと考えてるんだけど全然思い当たらないっていうか、もしかして誰か別の人と間違ってるんじゃないかなぁ、とか、ね?」

 慌てて手をパタパタさせながら喋る俺。そんな俺を見る彼女の顔がみるみる明るくなる。


「可愛いっ? 私、可愛い? きゃ~! 可愛いだなんて、うっれしぃ~!」

 両手で頬を包むようにして首をブンブン振る。だからさ、君、誰よ?

「ねぇねぇ、私のぉ、どこがぁ、可愛いのぉ~?」

 立ち上がって俺の方にすり寄ってくる彼女は、ハッキリとした目鼻立ちながらきつすぎず、高校生にしてはメリハリボディ、柔らかい雰囲気とは裏腹の凛とした声に、なんか……いい匂い。

「どこって……」

 俺はそんな子にすり寄られて、どうしていいかわからず、ただオタオタする。


「そっかそっかぁ、私、可愛いんだ。ふふ、よかった」

「よかった、って、なにが?」

「だぁって、私が誰かわかんないくらい可愛くなってたってことでしょ? お兄ちゃん!」


 おにい……、


「えええええ!?」

「んふふふ、や~っぱり、全然わかってなかったんだねぇ。私だよ、わ・た・し!」


 妹。

 小さい頃に別れてそれっきりだった、俺の、妹……。


「舞……なの?」

「そうだよ、お兄ちゃん!」

 ぴょん、と飛び跳ねた舞は、そのまま俺に抱きついてきた。

「ちょ、なに、どういうことなのっ?」


 舞と最後に別れたのは俺が小1、舞が幼稚園だったころだ。


「私あの時、お母さんと一緒に家を出ることになっちゃって、お兄ちゃんとはずっと会わせてもらえなかったじゃない? でもねっ、やっと……やぁぁっとお兄ちゃんに合える許可が下りたの!」

「許可?」


 そもそも舞の母親は俺の本当の母親ではなく、後妻だった。舞は連れ子で、だから俺とは血の繋がりもない他人だ。まだ赤ん坊だった舞を、俺はよく覚えている。可愛くて可愛くて、俺は母親が出来たことよりも妹が出来たことの方が嬉しかったんだ。

 舞はよく俺に懐いていた。いつもくっついて、俺の傍にいて。だから突然のサヨナラは、本当に悲しかったんだ。でも、


「許可、って?」

「あ、うん、私とお母さん、しばらく身を隠さなきゃいけなくてね、大変だったの」

「身を隠すって……何があったんだよ?」

「あ、それはおいおい。ね、まずは私の手料理、食べてよ!」

 目の前のカレー。

 そうだな、せっかく作ってくれたのに冷めちゃうよな。


「うん、わかった。食べよ。いただきます」

 俺はスプーンを手にすると、いい香りのカレーを一口。

「……ん、うまっ!」

「ほんとっ?」

「うん、美味しいよ! 舞はこんなに美味しいカレーが作れるようになったんだな」

「えへへ」

 照れたように、笑う。


 ああ、可愛いな。

 可愛いのは昔からだったけど、今は輪をかけて可愛い!


「んで、なんでここに? 親父に聞いて来たの?」

「あ、うん。私今日からここに住むの」

「んぐっ、げほっ」

 俺、カレーでむせる。

「ちょっと、お兄ちゃん大丈夫っ?」

「だっ、大丈夫じゃっ、ない! 今、なんて言った?」

「だから、私今日からここに住むの。お兄ちゃんと」

 ニッコリ笑う舞。

 何を言ってるんだ、この子は?


「あのさ、どういうこと? 十数年ぶりの再会果たしたばっかりだよ、俺たち?」

「んっとね、お兄ちゃんと会うためには、一族を説得しなきゃいけなかったの。でね、条件付きで許してもらうことが出来たの。その条件っていうのが、同棲」

「……はぁ? なんでそうなる? てか、一族ってなに? 舞のお母さんて、どこか由緒正しい家系の人だったの?」

 一緒に住んでいた時はそんな雰囲気なかったけど……。


「あ、そっか。お兄ちゃんは知らないんだっけ。私もお母さんも、鬼なんだよねぇ」

「……」


 今、なんつった?

 サラッと変なこと言ったよね?

 え? 厨二病とか? 可愛いけど、そっち系なの?

 私ピーマン食べられないんだよね、くらいのノリで、変なこと言ったよね!?

 からかわれてる……?


「あ! お兄ちゃん信じてないでしょっ?」

「そりゃお前、冗談ならもう少し面白いことを、」

「本当なんだからね! 証拠見せるよっ」

 言うが早いか、舞がテーブルの上のカレー皿を見つめる。と、ゴトゴトという音を立て、カレー皿が動く。そしてそのまま宙に浮いた。


「じゃじゃーん」

「……はぁっ?」

 何のマジックだ? どうなってるんだ? 今、目の前で起きてるこれは……。

「お兄ちゃん、私ね……鬼の子なんだよ」


 浮いてるカレー皿の向こうで、舞は複雑な顔をしてそう言ったのだ。


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