カプセルギフト(下)
ごめんなさい、と泣きそうな声で女が謝るが、自らも「ハズレ」を引いた手前、怒るわけにいかない夫は、しかし妻をフォローするほどの気持ちの余裕は無いようだ。むっつりと口を噤んだまま、パネルにカードをかざして二つ目の才能を登録する。
「チャンスは残り一回です」
相も変わらず、カウントダウンの声は無邪気で、それゆえ余計に無慈悲に聞こえた。
このフロアの内装は、カプセルと同様に可愛らしいパステルカラーで統一されている。公共施設だけに過度の装飾こそ施されていないが、プレートに描かれた赤ん坊のイラストといい、楽しそうな声音といい、「国から子どもへの贈り物」というポジティブなイメージを前面に押し出そうとしていることが見え透いていた。
そもそも、カプセル入り玩具の自動販売機、いわゆる「カプセルトイ」にあやかっている時点で、国はこの制度を、ゲーム性を持った付属的サービスであると暗に強調している節がある。そうでなければ、「チャンス」などという無責任な表現を、いけしゃあしゃあと機械に喋らせるはずがないのだ。
大体、単に才能を抽選で決めるだけであれば、Webサイトで申請ボタンを押すだけで済む。にも関わらず、わざわざこんな大仰な機械を導入していることも、制度の「ゲーム感」を際立たせるための小細工だと思われてならない。
尤も、この仕組みには、両親に「自分たちが引き当てた」という実体験をさせることで、プログラムの無作為性に対する疑いの目を退けようという意図もあるのかもしれないが。
いずれにしろ、国はカプセルギフト制度について、全ては運次第の「おまけ」というスタンスを貫いている。
「誰でも必ず、才能を最大三つまで受け取ることができます」
「ただし、どんな才能になるのかは、ご両親の運次第です」
「ですから、この制度は平等です」
「文句がある人は、制度を利用しなくても構いません」
「国民の大多数が反対するなら、制度は廃止し、以降、才能は誰にも贈りません」
国のトップが、マスメディア上でこんなことを口に出すことは勿論無い。しかし実際に運用されている制度そのものが、こうした国の理念を雄弁に語っていた。
馬鹿げている。
僕はこっそりと、爪が掌に食い込むほど拳を握りしめる。体が微かに震えているのは、緊張や不安のためではない。
前方の夫婦が、今度は二人揃ってレバーに手を置いた。最後に当てたものがどんな才能であろうと、どちらか一方に責任が偏らないための措置だろう。二人分を重ねた手ではレバーは回しにくそうだったが、それでもどうにか、彼らは最後まで回し切った。
ガシャンと音が響く。クリーム色のカプセルが転がり出る。
カプセルギフト制度の運用が始まったのは、今から約四半世紀前。
僕は、この制度を利用して生まれた、最初の世代の人間だ。
ご多分に漏れず、僕は「ノービンゴ」で「空振り三振」の男だった。同世代の子どもが生まれながらに三つの才能を与えられていることを知ったのは物心がついてからで、それまで、自分の才能が何であるかなど全く知らなかった。両親からすれば、伝えるに伝えられなかったのだ。
僕の才能は、三つのいずれもが、馬鹿馬鹿しく、なんの役にも立たず、他人の嘲笑か失笑を誘う類のもの。それゆえ僕は、生まれてこの方、妻以外の人間に僕の才能を教えたことは無い。
魅力的な才能を持つ同世代の人間が妬ましかった。そうでなくとも、例え平凡だとしても、人から笑われないような才能を持つ友人が羨ましかった。
才能など持たなくても、と、幼いながらに奮い立ち、勉学でも運動でも、並々ならぬ努力を重ねてきたつもりだ。だが結局、どんな分野においても、突出した才能を持つ人間には敵わなかった。
両親は僕に謝った。母には何度も泣かれた。ハズレをひいてしまってごめんね、と。
少なからず存在するだろう、僕と同じ境遇に生まれた人間がいる家庭であれば、きっとどこでも、昔も今も、親子間で似たような会話が交わされているのだろう。
――学生の頃、僕はしばしば友人たちと、キャリアデザインも兼ねて「理想の三つの才能」について語り合った。自分で好きなものが選べるならば、こんな才能が欲しかった。目指す職業に就くためには、あんな才能があれば有利になる、などと。
友人たちの理想は話す度にころころと変わったが、僕の理想は一貫していた。「リーダーシップを取る才能」「政策立案の才能」「答弁の才能」。この三つである。
そうだ。僕は政治家になりたかった。
国を動かす中心人物となり、平等とは程遠いこの馬鹿げた制度を、この手でぶち壊してやりたかった。
「次でお待ちの方、前へお進みください」
力無く項垂れた夫婦が機械の前から立ち去ると、首からストラップ名札を提げた案内ロボットが、淡々と僕たちを促した。
このフロアに、生身の人間である職員は見当たらない。引き当てた結果に不満を持った申請者が、逆上して職員に危害を加え、怪我をさせることが無いように、との配慮らしい。
そんなことを危惧しなければならないほど、ここを訪れる申請者は、「カプセルギフト」に対して真剣そのものなのだ。
僕は一歩前へと踏み出すが、妻は動かない。怪訝に思って振り返ってみれば、彼女は唇を真っ青にして石のように固まっていた。
僕は妻に手を差し伸べて微笑みかける。「大丈夫だ」。
ぎこちなくも微笑み返し、歩き始めた彼女と手を繋いで、僕は機械の前へ進み出た。
「『カプセルギフト』をご利用ですか?」
頭上から幼い声が降る。
僕は左手で妻の右手を握ったまま、無言でパネルを操作して手続きを進めていく。先ほど窓口で受け取った申請用IDを読み取らせ、僕と妻の生体認証をクリアし、利用規約の承諾ボタンを押す。
カチャン、と、回転レバーのロックが外れる音がして、パネルに「利用開始」の四文字が表示された。
大丈夫。僕は自分に言い聞かせる。
そう、大丈夫だ。僕が妻に掛けた言葉は、決して気休めなどではない。
僕には、両親にも妻にも話していない秘密がある。
それは、僕が生まれながらにして、「四つ目の才能」を持っていること。
僕がその才能の存在に気付いたのは十歳頃のことだ。当時は単なる偶然だとしか考えず、それが僕の才能の一つであるなどとは、これっぽっちも思っていなかった。
だが成長するにつれ、僕の疑念は徐々に強さを増していく。半信半疑で実験を重ねた末、今やそれは確信に変わっていた。
国から与えられたものではあり得ない。何故なら、例えどれだけ技術が進歩しても、人工的に付与することは絶対に不可能な才能だから。
僕が生まれ持った、正真正銘、神様からのギフト。
それは――「カプセルトイで欲しいものを引き当てる才能」。
僕は躊躇無くレバーに手を伸ばす。機械内部を埋める大量のカプセルを険しく睨みつける。
この体の震えは、緊張や不安や、怒りからくるものではない。
武者震いだ。
求める「理想の三つの才能」は、ずっと昔から僕の中で決まっている。
国からでも、神様からでもない。これは僕から贈る、ハットトリックでビンゴなギフト。
僕の遺伝子を継ぐ、まだ見ぬ「君」が、いずれこの制度を憂い、僕と同じ大志を抱くことを信じて。
僕は、これから生まれる僕たちの子に、この国の未来を託すのだ。
「チャンスは残り三回です」どこか楽しげに声は告げた。
Fin.
カプセルギフト 秋待諷月 @akimachi_f
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