ばあば

春日あざみ@電子書籍発売中

団地にて

 我が家の近くには団地がある。団地内の商店街は半分ぐらいが空きテナントになっていて、なんとなく雰囲気が暗い。


 今流行りのリノベーションなんかが施されているわけでもなく、昔ながらの姿を残すそこには、たくさんの高齢者が住んでいる。


「ママ、おやつ買ってもいい?」


「いいよ、一個だけね」


「やった!」


 私は保育園に通う息子と、団地のスーパーに買い物に来ていた。買い物を終え、団地を出ようと商店街を歩いていたその時。息子が急に私の袖を引っ張った。


「ママ! ばあばがいる」


「え、どこ?」


 義理の母は我が家のすぐ近くに住んでいる。この辺りで買い物をしていても不思議はない。


 ただ奇妙だったのは、息子が指さしている方向だった。


「どこ指さしてるの」


「あそこ! あそこにいる!」


 息子が指さしているのは、3メートル以上もある木の上だった。


「笑って、手を振ってるよ。ママには見えない?」


「……ねえ、ばあばが木の上にいると思う?」


「あ」


 ようやくここで、息子は自分の見ているものの異様さに気がついたらしい。


 顔をこわばらせ、「行こう、ママ」と私の手を引っ張る。


 家に着いてから、私は夫に今日あった出来事を話した。


「へえ。アイツはちょくちょく見るよな」


 夫は「見える」人だった。彼はスマホの画面を操作すると、私にそれを見せる。


「あの団地、ちょうどスーパーに面した側の棟で、80歳のおばあちゃんが孤独死してる。今年の春に」


 ローカルニュースの記事には、ひとりの女性が亡くなった事実が端的に書かれていた。


「孫くらいの子どもを見かけて、声をかけたくなったのかもな」


「そうかもね」


 古びた団地は、まだそこにある。

 あのおばあちゃんは、天国に渡れただろうか。

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