第7話

きっかり定時に退社することに成功した私は、人のいない道を歩いて伊織の家へと向かいながら、後藤ちゃんの奇行について考えていた。


どうしたんだあの子。

あの後、仕事切り上げてすぐに帰ってたけど大丈夫なのか?


「……あれ、稲見じゃん。どうしたの?」

「いや、同期がなんかさ……」


非常にスムーズに返事をしてから、ひと呼吸おいて、この状況にとんでもない違和感を覚える。

勢いよく声の主の方を見ると、そこには見慣れた背の高い男が突っ立っているところだった。


「…………い、伊織?」

勝手に声が震える。


「うん、そうだけど。

なんで幽霊でも見たような顔してんの?」


彼はあっけらかんとそう言うと、「ちょうどいいや。手伝って」と続け、私の腕を掴んだ。


「えちょ、待って待って」


私のこと殺すの?と心配性でビビりな私はそういうと、私をどっかに連れて行こうとする伊織に抵抗する。

だって喧嘩中じゃない。殺されたって別におかしくはない。こいつ殺し屋なんだから。


「……殺すわけねーだろ。」


彼はいつもより低い声でそう言うと、嫌がる私を脇で抱えた。


「う……」


未だあまり仲良くない男に抱えられるのは、あんまり気分がいいものではない。


じたばたと抵抗をすると、伊織の腕に力が入り、冷たい声で言い放たれた。


「命令」

「……は?」

予想外の言動に、思わず、乱暴な声をだしてしまう。


「俺、お前のこと信用できないからさ」


そんな私のほうをちらりとも見ずに、伊織は言葉を続けた。


「行動でそれを証明しろ。俺が出す『命令』には従え。」


とんでもない威圧感だった。

何も言えなくなる私。

従わなかったら殺される。その憶測に支配された。


よほど酷い顔をしていたのか、伊織が少し表情を緩め、安心させるような口調で言ってきた。


「大丈夫だよ、別にそんな変なことはしない」


今日は、と短く付け足す伊織。


……じゃあ、明日以降はどうなのだろうか?



残念なことに、最後のよけいな一言のせいで、私の不安は全く払拭できなかった。


そんなこんなで、私が焦っているうちに、伊織の目的地と思しき場所についた。


……命令って、なんなんだろう。

ただただ恐怖だった。

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なのに、彼の首元に刃を当てた。 いめ @IME_

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