なのに、彼の首元に刃を当てた。

いめ

愛憎

第1話

共依存には、賞味期限がある。



私と、殺し屋の伊織いおりは、そのことを誰よりもよく知っていた。


二人の関係が美味しいうちに終わらせておかなければ、二人揃って死ぬ羽目になるだけ。


わかっていた。

_____ずっと、頭の中では理解していた。


けれど……いや、だからこそだ。

だから、私は彼を殺そうと思った。



油断している彼の背に、ポケットナイフを突きたてる。


その刹那、彼は小さく呻いた。


彼がゆっくりとこちらを振り返る。

その顔は、ただ驚きに染まっていた。


「……油断してた、あんたが悪いんだ。」

辛そうな彼の顔が見たくなくて、私は目を瞑り、そんな言い訳をする。


私の予定では、ここで彼は死んでくれる筈だった。


だが、彼はそんなにか弱くはない。

私の予想に反して、彼は私を突き飛ばし、地面に押し付けて手首を掴んだ。


人体と金属がコンクリートに擦れる音が、静かな都会のビル群に響き渡る。


……予定よりも、ちょっと派手な犯行になってしまったかもしれない。


無表情で私を見下ろす彼を見て、ぼんやりとそう思った。

でも、この声を誰かが聞きつけたとしても、何ら問題はない。警察はとっくの昔に廃れているのだから。



犯行を隠蔽する必要がないのなら、あとはもう、簡単な話だ。


私は、隠していたもう一本のナイフを取り出すと、彼の胸に突き刺した。伊織の真似だ。


苦痛に顔を歪めた彼の腕を振り払う。

そして、いつしか伊織がやっていたように、力の抜けた彼の体をコンクリートに押し付け、もう一度、強く背中を刺した。


蛙を潰したような感覚と共に、彼の躯から緋が溢れる。


「……なんで?」

ようやく絞り出したであろうその声は、可哀想なぐらいに掠れていた。


…嫌だ、聞きたくない。

私はその声を封印でもするように、彼の首にナイフを当てた。


そのまま、鶏肉を切るようにナイフを動かす。

人の筋肉を切断する、ごりごりとした、嫌な感覚が手に伝わってきた。


彼の嗚咽が夜の街にこもる。

まな板の上で鶏肉を切る時とは違い、私の鼻に、濃厚な鉄の匂いが迫ってきた。


当たり前だ。

ここは、二人に一人が犯罪者の街で、平和な料理の過程ではないのだ。



……気持ちが悪い。

でも、もう引き返せなかった。



正直なところ、何を間違えてこうなってしまったのか、未だによくわからない。


どうして、私たちの信頼関係は崩れてしまったのか。

どうして、私たちの愛は歪んだのか。

どうして、伊織は私を助けてくれたのか_____



_____わからないことだらけでも、たった一つ、確信をもって言えることがある。


私は、伊織のことが大好きだ。

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