第5話
「……俺がどんな命令しても、従えるよなって……」
昨日伊織が放った言葉を反芻しながら、私は大きなため息をついた。
喧嘩の最後にとんでもない爆弾を落としていきやがったよ、あいつ。
いくらお互いのことが信じられなくても、そういう思想にはならないだろ……と半ば呆れつつそう思う。
このごろ、伊織は変だ。
私がバイト先の人と喋るのを禁止しようとするし、家から出そうとしないし、背がクソ高いし、そのくせ面と向かって話すことはほぼないし。
気味が悪くて仕方がない。
……でもまあ、今回に関してはしょうがなくはあるのかな……とも思いつつ、バイト先の、個人経営のスーパーマーケットのレジ打ちをしていた。
「……おい、聞いてんのかよ!!」
すると突然、隣のレジから男の怒声が聞こえてきた。
反射的にそっちを見ると、そこにはぺこぺこと平謝りする眼鏡をかけた店員と、耳と鼻にピアスを開けた緑髪の青年が地団駄を踏んでいるところ。
「……ああ、またか。」
私はそう呟き、急いで今の接客を終わらせると、隣のレジの方へと足を早めた。
「すみません!お会計ですか?」
眼鏡をかけた店員を横に押しレジから遠ざけながら、私は客にそう聞く。
「………ちっ」
だが、若い男の客は、私の問いには答えず、舌打ちだけを残して足早にその場を去っていった。
「………え、何あの人。」
私がレアケースに唖然としていると、眼鏡の店員がこっちを向き、申し訳なさそうな顔をしてきた。
「あの……すみません。」
眼鏡の店員……
「いや、大丈夫ですよ。誰にでもこういうことありますって」
私はそう彼を慰めながら、俊介さんにバレないようにため息をついた。
今年の四月から新卒で入ってきた俊介さんは、正直言って、ちょっとダメ。
いや、勉強はできるし、現実的で合理的だけど優しいいい人なのだ。
だがとても打たれ弱く、少し怒鳴られたり嫌味を言われただけでダメになってしまう。
それと、臨機応変な対応ができない。
客の半分がクレーマーで、三分の一が強盗のこの店では、対応ができないのは致命的な短所と言える。
だから、他のみんなに煙たがられているのだ。
……まあでも、慣れれば案外なんとかなるものだろう。
そう思いながら、私は彼を励まし、自分の持ち場に戻った。
……そういえば、伊織も最初はこんな感じだったよな。
私も伊織も、本当に小さかった頃を思い出す。
料理できなくておどおどして、鞄盗まれてめちゃくちゃ泣いて……
……あの頃は可愛かったのに、なんでこうなっちまったんだよ。
ほぼ常に無表情な伊織の顔を思い浮かべる。
あれで殺し屋で命令を聞けとか言ってくるの、最早ホラーだろ。
私はまた、ため息をつく。今日で三回目だ。
「やっほ風ちゃん!どうしたのため息なんかついて!!珍しいね!!」
突然、真後ろからでっかい声が聞こえてくる。
びっくりして後ろを振り返ると、首を絞められながら押し倒されてしまった。
肩を床に強打する。
私の口から、とても女のものとは思えない声が漏れた。…接客中じゃなくてよかった。
「……ちょ、後藤ちゃんどいて………」
カスカスの声でそう訴えると、「えー?」と不思議そうな顔をされながらも抱き上げられた。
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