第63話 単刀直入にお伝えします
「馬鹿とは失礼な! 敵意のない人に平然と魔法を放つアリス様に言われたくありませんよ!」
「男が無断で女の家に上がり込んだ時点で殺されても文句は言えないのよ」
馬鹿と言われて不服な表情を見せるアルディウスに、アリスは失笑混じりに鼻で笑っていた。
普通の女からすれば大して仲も良くない男が許可もなく家に入ってきた時点で恐怖でしかないだろう。
それに対して女側が何をしたところで、どのような理由があろうとも不法侵入した男には反論する権利などあるはずもない。
とは言えど、果たしてシャルンティエ王国の魔女であるアリスがその枠に含まれるかはアルディウスには非常に疑問であった。
「……我が国の魔女であるアリス様を襲うような恐れ知らずの人間がいるのなら是非とも会ってみたいものですね」
アルディウスが頬を引き攣らせて苦笑してしまう。
以前にファザード卿によって起こされた一件で、彼もアリスの実力は嫌と言うほど理解している。彼女も外見だけは誰が見ても可憐な美女に見えることだろう。
自宅なら気楽な姿にもなる。薄着でソファに横たわる彼女のはだけた姿に、つい見惚れる人間がいるのも分からなくもない。綺麗な白い肌に、実に女性らしい彼女の身体はきっと男の目には毒となるだろう。
その端麗な容姿ゆえに我が物にしようと襲いたくなる輩の心境も分からなくもないが……アリスのことを理解しているのにも関わらず、そんな愚かなことをする人間がいるとはアルディウスには到底思えなかった。
もし襲えばどうなるか、考えるだけでも恐ろしい結末になるのは目に見えていた。
彼からすればアリスの存在は凶悪な魔物より恐ろしい生き物である。彼女を普通の女として見れる人間など、それこそ大魔女や他の魔女くらいなものだろう。
「まるで私が化物みたいな言い草ね」
「……」
「黙ってんじゃないわよ!」
沈黙は肯定という場合もある。黙るアルディウスに、思わずアリスが指を弾いていた。
かなり手加減をしたとは言え、あのアルディウスに自分の魔法が弾かれて密かに苛立っていたアリスが《エアハンマー》を再度放つ。
先程より少しだけ威力を上げた彼女の《エアハンマー》だったが、それもアルディウスは杖を素早く振って弾いていた。
「なに一丁前にアンタが私の魔法を弾いてんのよ」
「弾かないと大怪我するからですよ! アリス様の《エアハンマー》は特殊なんですからね⁉︎ 当たれば身体に穴が開くと知ってれば必死にもなりますよ!」
「相変わらず失礼な男ね。私だって加減くらいするわよ。別に当たっても皮膚と肉が少し抉れるくらいじゃない」
「それのどこに安心しろと言うんですか⁉︎」
「ああ言えばこう言う男ね。言い訳がましい男は女に好かれないわよ」
驚愕しているアルディウスにアリスが呆れると、音もなく天井からパラパラと木屑が床に落ちた。
「ほら見なさい。アンタの所為で天井に二つも穴が空いたじゃない」
「そんなこと言われましても……私だって死に掛けたくないんですから」
天井に向けてわざとらしく指を差す彼女に、アルディウスは天井を見上げながら表情を強張らせてしまう。
まるで悪いことをした子供のように困り果てる彼に、アリスが深い溜息を吐き出すと面倒そうに指を弾いていた。
乾いた音が鳴った途端、落ちていた木屑が宙を舞い、天井へと戻っていく。その光景をアルディウスが眺めていると瞬く間に天井に空いた穴は綺麗に塞がっていた。
「相変わらず見事な魔法ですね……一体、どうやってるんですか?」
「別に大した魔法じゃないわよ。落ちた木屑を集めて、接合しただけ。アンタだってやろうと思えばできるわ」
「術式も知らないのにできませんよ。その術式、私に教えてくれますか?」
「教えないわよ。色んな魔法を使って自分で考えなさい」
壊れた物を修繕する魔法は知っていれば何かと便利だったが……やはり彼女は自身が生み出した魔法の術式は誰にも教えないらしい。
アリスから拒否されて、アルディウスの肩が残念そうに落ちた。
「それは残念」
「分かってる癖によく言うわ。私から魔法を聞き出そうとするんじゃないの。また性懲りもなく同じこと言ったらこの国から出てくわよ?」
「もう訊きませんよ。この国からアリス様が居なくなるのは我が国にとって大きな損失です」
「思ってもないことを言う男は嫌いよ」
「本心です」
アルディウスが即答すると、アリスは失笑交じりに鼻を鳴らしていた。
不快だと眉を寄せる彼女に、アルディウスが困り果ててしまう。
その表情を見て、きっと先の言葉も彼の本心なのだろうと察せるアリスだったが……どうにも信じられそうにない。
昔から変わらない自分に失笑しながらアリスがソファの上で頬杖を突くと、面倒そうにアルディウスに視線を向けていた。
「……それで? わざわざ連絡もなしに女の家に我が物顔で上がり込んだアンタは、私に何の用? 食事の誘いとかだったら地平の彼方まで吹き飛ばすわよ?」
あからさまな嫌味を添えて、アリスが失笑して見せる。
その嫌味を察したのか、アルディウスはムッと表情を強張らせた。
「こうでもしないとアリス様が誰とも会ってくれないからですよ。最後に私とお会いしたのがいつか覚えてないのですか?」
不満そうに問うアルディウスに、アリスが一瞬だけ考える。
全く覚えてないし、覚える気もないことだったが、適当に思いついた日数をアリスは答えることにした。
「……十日くらい前だったかしら?」
「一ヶ月ですよ! 一ヶ月! 本当にアリス様がご自宅から出られないとは私も思いませんでしたよ!」
「あら、意外と経ってたのね」
先々月に続き、先月もアルディウスが家に来たのを追い払ってから一ヶ月も経っていたらしい。
魔導書を読んでいるだけで時間が溶ける。そう思えば数か月経っていたと聞かされても、納得もできた。
「アリス様がこの国に来てから三カ月も経ったというのにファザード卿の一件以来、二度しか王城に訪れていないのはどうかと思いますよ!?」
「だって行く必要ないじゃない。面倒だし」
「連絡を取ろうと手紙も出しましたよ? 見ましたか?」
思い返せば、稀に玄関に手紙のようなものが来ていた気がする。しかしそれも全部まとめて燃やしてしまった。
それをアリスがアルディウスに伝えると、彼は頭を抱えていた。
こうなることを予想していたから強引にでも彼女の家に来るしかなかったのだ。
「……今回はアリス様にとても大事な話があって来たんです。食事の誘いは別の機会にしますよ」
「死んでも行かないわよ」
アリスが苦笑すると、アルディウスはわざとらしく肩を竦めた。
「残念です」
「余計なこと言わないでさっさと言って帰りなさい」
「連絡もせずに訪れたのでそうしたいところですが、少し長い話になりますのでご容赦ください」
「一言くらいでまとめなさいよ……面倒くさい」
「それができれば苦労しません」
本当に大事な話なのか実にアリスには疑わしいところだった。
長くなる話を立ったままさせようかとも思ったが、視界の隅で立たれるのも非常に鬱陶しい。
そう思って、アリスは顎で雑に対面のソファを差した。
「さっさと座って話して、帰りなさい」
「ありがとうございます」
アリスに促されて、アルディウスがソファに腰を下ろす。
テーブルを挟んで対面に座ったアルディウスにアリスが目で催促を訴えると、彼は小さな咳払いをして、口を開いた。
「まず単刀直入にお伝えします」
「前置きは良いから早く言ってちょうだい」
「つい先日、王都のとある孤児院で孤児達が全員行方不明になりました」
「ふーん? それがなによ?」
どう聞いても自分には関係のない話だった。別に王都で何が起きても驚くこともない。
アリスがそう思っていると、アルディウスは真剣な表情で告げていた。
「アリス様。今の王都ではあなた様が事件の容疑者になってるんです」
「はぁ……?」
思わず、呆けた声がアリスから漏れる。
そしてしばらく経った後、彼女は豪快に笑っていた。
異世界転生して働きたくないから最強の魔法使いとなって自堕落な日々を過ごしていたら、なぜか国の守護者になってしまった〜楽して生きるために奮闘する自堕落魔女の物語〜 青葉久 @aoba_hisa
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