夜空と紫雨を照らしたファンタジー

青いレース

彼女は、高校に入って、クラスメイトと……いや、学校中の誰とも、話している所を、一度も見た事がない。いつも、一人で本を読んでいる。それも、とても難しそうな……。ただし、話しかけたいやつは幾らでも居そうだ。うん。男子。彼女は、とても美人で、雰囲気もなんか憂いが、良い意味であって、色っぽいって言うか、大人っぽいって言うか……。


彼女の名前は、夏愛紫雨なつめぐしぐれ。ついでに俺の名前は、冨永滉惺とみながこうせい。俺も、夏愛さんに話しかけたい男子の一人だ。俺は単純だから、見た目で一発でやられた。




いきなり、話は飛ぶが、俺は花火師の卵だ。俺のうちは、『冨永煙火製造工場』と言う、中小企業で、もう、六十年以上の歴史を持つ花火職人の家系だ。俺は、その四代目。じいちゃんが、二代目で、もう、八十歳になると言うのに、元気いっぱいで現役の花火職人だ。そして、親父も、同じく花火職人だ。


幼い頃から、じいちゃんと、親父の造る打ち上げ花火を、毎年、夏祭りに首が痛いくらい、見上げて、物心ついた頃には、『将来は、絶体花火師になる!!』と、固く心に誓っていた。


それをじいちゃんと、親父に、十歳の時告げた所、


「花火師は、かなりの重労働だ。責任感もなくてはならない。慎重かつ、注意深くもなければならない。それに、研究心旺盛でなければ、まずは成り立たぬ。それに、何より、忍耐が必要だ。お前は、注意散漫だし、不器用だ。もの凄い鍛錬が必要だぞ?」


「頑張る!!」


「それに、習うより慣れろだ! 意気込みを持っていなければ、生き残る事は出来ない」


「頑張る!」


「コツやテクニックも、自分で吸収していく必要がある。何より、花火が好きという一途さと、情熱がなければ、絶対に向いていない!」


「俺! 花火! だいすきだ!!」


「デザインセンスも必要なんだぞ? 自分で絵を描いたり、芸術に多分に触れなければ、いい作品は出来ない。分かるか?」


「頑張る!」


『心配……』と、二人は明らかに不安な顔をしているが、俺の情熱だけは、伝わったようだ。


通常、花火師になるには、自分の家が、その家系でない限り、ほぼ、求人は出ない。それほど、狭き門なのだ。それが、俺は、運よく、花火師の家系に生まれ、そして、俺自身、打ち上げ花火が大好きだ。俺はもう、花火師になるしかない!





今年も、夏祭りの時期が訪れようとしていた。高校も、一学期も終わりに近づき、俺は……迷っていた。


夏愛さんを、夏祭りに誘うかどうか……。俺としてみれば、誘いたいに決まってるのだが、未だ、話した事すらない。誘うにしても、言葉を選ぶ能力を、俺は持ち合わせていない。憎らしい頭だ。




そんな、ある日のお昼休み――……、俺は、屋上で一人、昼飯を食っていた。夏の暑さが、今日はやわらいで、涼しい風が吹いていたから、気持ちよかった。その時だった。


バタン…。


静に屋上の扉が閉まる音がした。


(誰か来たのか? ……!!)


来たのは、なんと、夏愛さんだった。夏愛さんは、僕に気付くことなく、手すりに寄りかかって、いつもの様に難しい本を読みだした。多分、俺と同じく、この涼しい風に惹かれたのだろう。しばらく、ポカーンと食べるのも忘れ、夏愛さんのそのに見惚れていた。


その時だった。ビューっと、強い風が吹いた。


ヒラヒラッ!!


(!!!!!!)


夏愛さんのスカートが捲れ、なんと、俺には刺激が強すぎる!! 会話もした事も無いのに、夏愛さんのパンツが見えてしまった。そんな事、気にしている様子も見せない夏愛さん。多分、誰もいないから、気にすることもないな、と思ったのだろう。それなのに、俺は、本当に馬鹿だ……。


「青の……レース……」


つい、口をついてしまった。


「!!」


夏愛さんは、驚き、その次の瞬間には、何も言わず、屋上を去ろうとした。俺は、本当に、咄嗟に、自分でも信じられない言葉が口から飛び出した。


「夏愛さん! 花火は好き!?」


「……?」


少し、そのまま去ろうか、留まるか、迷ったように、歩を緩めながら、夏愛さんはこっちを向いた。


「……好きか嫌いか……それを聞いてどうするの?」


「あ…、いや、俺のじいちゃんと親父が造った花火、夏愛さんにも、見て欲しくて……」


夏愛さんは、一気に表情が硬くなった。


「どうして人は繋がりたがるんだろう?私は要らない。友達も、恋人も……。人なんて所詮、別々の個体。解り合えるはずなんて無いのに……。恋とか愛なんてどうしてそんな形のないモノを欲しがるの?そんなモノ……私にとっては、快楽の足しにもならない……。花火もそれにたがわない……」


「……? あ……の……つまりそれって……」


俺は、頭が悪い。つまり、何を言っているのか、なんとなーくしか解らなかった。……が、それは、当たっていた。


「私は、貴方にも、貴方のおじい様とお父様の花火にも興味はない」


そう言うと、夏愛さんは、屋上を跡にした。


「ちゃー……」


俺は、その場にへたり込んだ。見事、失恋。見事、花火は見てもらえない事が決定した。


それでも、俺は、忘れられない。パンツを見られた後の、赤く染まった夏愛さんの頬を……。冷たく、一人で、なんの感情もなく生きているように見えた夏愛さんが、頬を赤くする……それは、何とも人間ぽく、普通の女子高校生の反応だった。


まぁ……、俺が忘れられないのは、夏愛さんの青いレースのパンツでもあったんだけど……。あ、いやや! 何でもない!! ……です……。


でも、俺は、何となく吹っ切れたんだ。あんなに冷たくあしらわれたのに、何だか、断わられる前より、夏愛さんが近くに感じられた。多分……多分だけど、高校に入って、夏愛さんと話をしたのは、俺くらいだろう。それが、意味の分からない自信になり、次の日から、俺は、夏愛さんに話しかけるようになった。


……が、それはもう一方的で、話しているのは俺だけ。夏愛さんは本を読む手を、目を、脳を止めない。



「打ち上げ花火って……すんごい儚いじゃん? パァッ! って上がって、ドーンッて弾けて、パラパラって散ってく……。でも、だから、すんごい綺麗なんだよね!」


「……」


「でさ、今、色んなパターンの花火があってね、菊とか、牡丹とか、かむろとか、ハートとか、スマイルマークとか、万華鏡とか、柳とか……それはもう、すんごい種類があって、本当にファンタジーだね!! 打ち上げ花火は!!」


「……」


「はーい、滉惺君、休み時間は終わりですよー」


俺が、夏愛さんと話して……夏愛さんの、読書の邪魔をしているのを見かねて、同中の伊柳律希いやなぎりつきが、俺を、夏愛さんの席から引っ張って、教室の外へ連れ出した。


「なんだよ、律希」


「お前、馬鹿にもほどがあるぞ? 夏愛がお前なんかを相手にする訳ないだろ?  だって、お前、自分の顔見ろよ」


「……普通だよ……」


「そうだ。普通だ。それで、意味が通ったか?」


「……でも、夏愛さんも人間だし……」


苦しい言い訳だ。


「お前は……猿か……?」


「かもな……」




―翌日―


律希が、昨日俺を止めた。しかーし! それで足を止める(脳を止める)俺ではない! 


(やっぱり、俺は猿かも知れない……)


俺は、次の日も、また、休み時間に、夏愛さんの席にさささっと寄って行き、花火の宣伝を必死こいて言いに行った。


「ねぇ、夏愛さん、花火自体は、見た事ある?」


「……」


「あ、花火って言っても、打ち上げ花火ね? 線香花火とか、それくらいはあるよね?」


「……」


「でもさ、俺が初めて花火に惹かれたのって、やっぱり、じいちゃんの上げた、打ち上げ花火なんだよね。もう、バーン!! バーン!! て数がものすごくて、じいちゃんすげー!! って、奇麗だなー!! って、子供心に、めっちゃじいちゃんが格好良くてさ……。俺も、将来、絶体、じいちゃんみたいな花火職人になろう!! って決めたんだよね」


「……そんなモノ……何になるの?」


「へ?」


多分、否定的な言葉だろうが、初めて、夏愛さんから、返答があった。


「そんなモノ見て、何が満ち足りるの?奇麗なモノなんてそこら中にあるじゃない。宝石でも、洋服でも、……美人でも良いわけでしょ?じゃあ、私は……鏡を見てれば良いのよね?」


「あ……あの……確かに、夏愛さんは確かに……綺麗……なんだけど、それにも負けず劣らず打ち上げ花火は奇麗で……」


「はい。滉惺君、休み時間は終わりだよー。ごめんね、夏愛。こいつ、毎日うるさくて……」


「……」


(無視か……)





その時、俺は、まだ気が付いていなかった。ライバルは、沢山いると分かっていたのに、余りの強敵が、すぐ傍にいた事を……。

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