『無視』の応酬

「……って……滉惺……って人の事?」


「まぁね」


「友達の恋も……応援するんだ……」


俺は、心の中で、夏愛さんとおんなじ事を、律希に対して、思った。


「応援なんかしてねぇよ……。只、本当の事、言っただけ。蹴落としたりするようなそう言うのは……違うと思うから、そう言っただけ」


「……ふーん……。で……、、私は、図書館でなんの本を読んでたの?」


「何それ? 俺が嘘ついてないか、試してるの?」


「よくわかったね」


「分かんない方がどうかしてる」


「確かに……」


「夏目漱石の『こころ』」


「……本当に……見たんだ……私が図書館にいる所……」


(夏目漱石……。『』しか知らん……)


俺には、なんの本か、さっぱりわからなかった。(分からなう方がどうかしているほどの名作なのだが……)


「あれは……感動した。……『先生』、悲しかったね。年上かなぁ……? とも思ったんだけどね。すんげーミニスカで、きっちりメイクしてて、なんか、似合ってんのか、似合ってねぇのか……わからないような、真っ赤なグロス付けて……。それなのに、読んでる本が、夏目漱石って……。意外過ぎてね。その『こころ』を呼んでる姿が、なんか、印象に残った……。そしたら、高校で、同じクラスになった。だから……好きになった……」


「おんなじ本……読んでるだけで、好きになったの?」


「まぁ……隠しても仕方ないから、最初から全部言う。顔が好み。髪型が好み。スタイルが好み。人間嫌いな所も、夏愛の場合、好む。本の趣味が合いそうだから、それも好む。一緒に勉強してたら、二人して成績アップしそうだから、相乗効果ありそう。それも、好む。……後は、よりは……、俺と夏愛との方が、話、合いそうだから、とられたくない。……まぁ、こんなとこ」


「……大分……包み隠さずだね……。じゃあ、私も言う。私は、恋にも、愛にも、友情にも、共感にも、興味はない。そんなモノに快楽を求めるくらいなら、私は、直接頭に入ってくる本や、映画に時間を費やしたい。快楽を求めたい。他人に自己を満たしてもらうくらいなら、例え自己満足でも、簡単に自分を飾って、満たしてくれる、洋服や化粧品に満足を委ねたい。それ以外のものは要らない」


俺には、二人が言っていることが、よく分からなかった。二人は似ている……はずなのに、なんでか、二人の会話は、どこか反発し合ってるように思えた。


「ふっ……」


律希が、ふと笑った。


「何がおかしいの?」


「だって、俺ら……似てんなぁ……って、思って……。なのに……こんなに反発し合って……、馬鹿みたいじゃん? こんなに、気ぃ合わないのに、こんなに相性良い二人、多分いない……とか思って……」


「……そう……かもね。でも、私、伊柳君の事、好きにはならないよ……」


「え? そうなの?」


「「!?」」


俺は、本当にマヌケだ。思わず、思ったことが声に出てしまった。そして、見つかったからには、もう、どうしようもない。


「…………えーと……あの……こんにちわ……」


何を言って良いか、何をしたら良いのか、分からず、余りにも陳腐な言葉が口を吐いた。


「……滉惺君……だっけ。聞いてたの?」


「あ……ごめん……夏愛さん……。それと、律希。たまたま、昼飯食ってて……」


「ほぉ……で?今日の夏愛のパンツは?」


「白のレース!!」


スパーン!!


「イッテェ――――!!!」


夏愛さんの右の手の平が、俺の左頬に思いっきりヒットした。


「最低……」


「……すみません」


「って言うか、伊柳君には、まだ謝ってもらってないけど……」


「そ、そうだ!そうだぞ!!律希!!お前も謝んなさい!!」


「俺は、いいモノ見られたから、別に目の保養。謝んない」


「変態……」


「褒め言葉、ありがとう」


「褒めてない」


そう言うと、夏愛さんは、屋上から出て行った。


「あーあ、いい感じだったのに、滉惺、お前のせいで台無しだよ」


「どこがいい感じなんだよ! お前だって、俺とおんなじく、冷たくあしらわれてたじゃん! 俺だって、お前に負けてられるかよ!」


「……滉惺、俺は……お前に負ける気がしない……」


「うぐ……」


俺は、もっともだ、と思った。俺には、何もない。大学には行かず、花火師になるために、『火薬類製造保安責任者』と、『火薬類取り扱保安責任者』の試験に通る為に、中間テストも期末テストも、留年しない程度にしか勉強せず、後は、先にあげた花火師に必要な資格の試験の勉強ばかりしていた。その試験を受けられるのが、十八歳以上だから、高校を卒業したら、即、試験を受け、本格的に、花火師の修行を積むつもりだ。


そんな、鹿の俺と、普通に、俺とは、何にも話さなかった、あの夏愛さんが、内容はどうあれ、律希とは、きちんと会話になっている事が、何だか悔しかった。


「でも! 趣味が合うからって! 似てるからって! 本当に合うとは限らないじゃんかよ!! 俺は、いつか……いつか、必ず、夏愛さんに俺の花火を観てもらうんだ!! それまで、首洗って待ってろよ!!」


「……何年後だよ……」


律希が、呆れ顔で言う。


「何年後だっていいじゃんよ! 俺の気持ちが、それまで変わらなければ、俺の花火は、絶体、夏愛さんに届く! 俺は、そんな花火を絶対造ってみせるからな!!」


「……お前……それ、言う相手、間違えてないか? 俺にそんなこと言ってどうすんだよ。それを、夏愛に直接言えない、お前じゃ、夏愛も振り向かないだろうな」


「そ……それは……、また、ちゃんと、夏愛さんにも言うよ……。当たり前……だろ」


俺は、少し、律希に押され気味だった。さすがは律希。頭がいいので、口喧嘩で、俺が、律希に敵うはずもない。


「じゃあ、俺も、手加減はしないからな」


「う……、お、俺だって、一生懸命夏愛さんに、アピールするからな!」


「ははっ! お前は、やっぱり猿だな。いう事なす事、滅茶苦茶だ。会話になってないお前と、少しでも会話になってた俺と、どっちが有利かなんて、誰から見ても、歴然として、結果は見えると思うけど……」


「そんなの分かるかよ!や……やってみなきゃ……」


やっぱり、俺は、口喧嘩では、敵わない。でも……。


「俺は! 絶体! 夏愛さんを、打ち上げ花火のファンタジーの世界へ連れて行くんだ!!」


「ま、頑張れ」


「……」


俺は、それ以上、何も言い返せず、勝ったか負けたかって言われると、やっぱり、負けたわけで……。一人、拳を握りしめた。


でも、俺には分かった。もう3年以上の付き合いだ。律希も、いつもの余裕や、自信や、強気が、どこか揺らいで、薄い気がした。律希も、夏愛さんの気を惹くに惹けないもどかしさが、あるような感じがしたのだろう。何に対しても、冷静沈着な律希が、俺に、喧嘩を吹っかけてくること自体、不自然なんだ……。それだけ、律希もこの恋が難しい道のりになるだろうことを、感じているんだろう。それを、俺を煽る事で、紛らわせているのかも知れない。






「…………馬鹿みたい……。私は……誰のものにもならないのに……。本も、一人で読めばいい。打ち上げ花火なんて、うるさいだけ……。私を……私の静寂を……壊さないでよ……」





屋上の、扉の中で、俺と律希の会話を聞いていた、夏愛さんが、囁いた言葉を、俺も、律希も、知らない。







―次の日―


「おはよう! 夏愛さん!」


「……」


やっぱり、俺は、無視される。えぇい! そんなの、想定内だ。


「夏愛さん、今年もね、家のじいちゃんと、親父が造った花火が、夏祭りで、打ち上げられるんだ! 一緒に……観ない?」


「……」


「今回は、百発だよ!? もう、絶体、感動する事間違いなし!」


「……」


「どっかのファンタジー映画より、よっぽど感動するよ!? 本当だよ!? 一緒に、観ない?」


「……一つだけ、言わせてもらって良いかな?」


「え!? うん!! 何? 何?」


「花火を観るのに、どうして、滉惺君と一緒に観ないといけないの?」


「え……」


「もし、まぁ、100%ないけど、私が、花火と言うモノに興味があったとしても、どうして、滉惺君と、観ないといけないの?」


「あ……案内……係? ほら、これが菊だとか、牡丹だとか……そう言うの、全部、解説できるよ! すんごい頼りになる、花火ガイド!!」


「奇麗なものを観るのに、それは……必要ないんじゃない?」


「……あ……の……」


言葉に詰まってしまった。


「確かにな。花火観ながら、うだうだ解説されたら、集中出来なくて、迷惑なだけだな……」


「げ! 律希!」


「夏愛、はよ」


「……」


「お前だって無視されてんじゃん……」

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