律希が滉惺の親友になった訳

「夏愛、今、何読んでるの?」


俺が、休み時間、トイレに行っている間に、律希が少し、フライングした。


「……『三四郎』……」


「へー……。夏目漱石好きなんだな」


「……別に、本全般好きだけど……」


「『三四郎』は学生にも読みやすいって、定評あるからな。まだ読んでなかったなんて、意外だな」


「…………」


「もしかして……初めて読んだわけじゃない? とか?」


「…………」


「本当、読めねぇな、夏愛の内面……」


「あー! 律希! お前、何抜け駆けしてんだよ!」


「……、滉惺、お前が嫉妬するのはわかっけど、無視されてんの、お前だけじゃねぇから、安心しろ」


「え? でも、今、話を……」


「話してたのは、俺だけ。夏愛は、ほぼ無視」


「……それは、少し語弊があるよ。伊柳君。無視してる訳じゃない。私は、自分の世界にいるだけ。そうすると、周りの音がまっっったく聴こえなくなるの。だから、無視はしてない……」


「「同じじゃん?」」


「「…………」」


「なんか、お前と一緒の突っ込みしたの、すんげーむかつくわ……」


「な! なんだよ、それ! 俺だって、生きてんだ!」


「「馬鹿なの?」」


今度は、夏愛さんと、律希の声が重なった。


律希は、すぐ、夏愛さんに目をやったけど、夏愛さんは、もう本に目を落としていた。


(やーい! 無視されてやんのー!)


自分を棚に上げ、俺は、ほくそ笑んだ。それ以上に、二人に、俺は、ほくそ笑まれていたのだけれど……。そんな事も分からない、俺は、本当に二人からしてみれば、視界の外にいるのだろう。


そう。夏愛さんだけじゃない。律希にだって、心の中に、俺はライバルとしてはいないんだ。只、夏愛さんの様子見を、俺にさせている。そんな、感じだったんだと思う。それにも、気付かず、俺は、毎日、ひたすら、夏愛さんに猛アピールした。……のだけれど、少しの会話にもならなかった。


それに比べ、俺が、トイレに立つ休み時間の時は、戻って来ると、100%、律希は、夏愛さんの席にいて、俺には完全無視の夏愛さんなのに、律希とは、多分だけど、本の話をしているのだろう。


いつからか、律希も、本を持参するようになっていた。その話題に入れない俺は、只々、見ているしかなかった。きっと、入り込もうとしても、入り込めない。こんな、強敵が、現れるとは、正直、思っていなかった。


それでも、トイレに行かない休み時間は、なんとしても、律希より、先に夏愛さんの席に飛びつき、花火の話をする。……俺は、俺には、それしか出来ない。生まれてこの方、花火にしか、興味はなかった。だから、それ以外の話題を振れと言われても、それは、無理難題なのだ。本なんて、『窓際のトットちゃん』を、中学生の時、読書感想文を書くために、読んだくらいだ。確かに、面白かったが、それで本にはまる……と言うオチは無かった。


高校で、こんな素敵な女子に出逢えると……、その子が、読書好きだと……、知っていれば、分かっていれば、少しくらい、花火に関する本だけじゃなく、だって、読んでいたかも知れない。


でも、そんな事、後悔したって、仕方がない。今更、活字ばかりのを読む気にはなれないし、読めるはずもない。俺は、ポジティブと、花火をこよなく愛する心だけは、誰にも負けない! 夏愛さんに、じいちゃんの、親父の、そして、ゆくゆくは、俺の造った、打ち上げ花火を観てもらうまで、俺は、夏愛さんを、諦めない。


でも、高校を卒業してでないと、資格は取れないから、もしも、夏愛さんが、高校を卒業して、県外の大学に進んでしまったら……。そのまま、その土地で社会人になってしまったら……。そして、他の、俺の知る事の出来ない誰かに、心を惹かれ、結ばれてしまったら……。


そんな夢を、最近、よく見るのだ。


夏。


毎朝、うなされて、目覚める俺は、焦りしか胸中にない。それは、勿論、律希の存在のせいもある。







俺と正反対の性格と、外見を持つ、律希が、何故、親友になったかと言うと、それは、中二の夏祭りに遡る。


俺は、その夏も、じいちゃんと、親父が打ち上げる、花火が、『自分が職人になって、造った』と言う想像の元、次々と真っ暗な夜空を飾る姿を見上げていた。


そして、俺は、毎年、じいちゃんにも、親父にも、


「それは、直せ」


と言われている事があった。それは――……。


事。


二人が造る、花火は、俺の自慢で、目標で、悦びだった。


その年も、俺は、人でごった返す、川沿いの土手に、座ると、感動して、涙を流してしまっていた。その時、話しかけてきたのが、律希だったのだ。


「ん? お前、同じクラスの冨永だよな? 何泣いてんの?」


「奇麗だから……」


俺は、泣くのを止めないし、恥ずかしいとも思っていない。だって、本当に、綺麗なんだから。


「ふ~ん……。よっこらしょ」


「?」


律希は、俺の隣に陣取って、花火を観始めた。


「冨永……花火好きなの?」


「……俺んち、花火師の家系なんだよ。俺も、将来、絶体すんごい花火師になるんだ!」


「ふっ。泣いてて務まるの?」


「務まる!! これは、花火への愛だから!! むしろ、これくらい好きじゃなきゃ、花火師になんてなれない。俺は……ここにいる人たち、全員を泣かせるくらいの、すんごい花火を造る、花火師になるんだ!」


「……お前……すげーな……」


「え?」


「俺は……そんな夢も、目標も、愛もない。只、時間に流されて……、やりたい事も、やるべき事も、見つけられないまま、死んでくんだろうな……。普通に、高校行って、大学進学して、なんて事ないそれなりの会社に就職して……。なーんも、感動する事なく、死んでくんだろうな……」


「……伊柳……」


「……わりぃ。こんな話されても、面白くも、何ともないよな……。興味もないだろう?俺のつまんねぇ人生の終わりなんて……」


「それは、駄目だ! 伊柳! ちゃんと、愛する物だけは見つけろよ! 目標とか、夢なんか、なくても、生きていけるけど、愛がなくちゃ、人間、生きらんねぇんだよ! その愛が何処に向こうが、人だろうが、思い出だろうが、趣味だろうが、何だって良い! 愛する事は、自分を強くしてくれる。愛だけは……おろそかにすんな!」


「!」


その時、律希は、泣いたんだ――……。


俺なんかの、頭の悪い、中坊の、言う事に、律希は、涙を流した。そして、慌てて拭おうとしたから、言ってやった。


「大丈夫だ。伊柳。俺だって泣いてる。俺たちは、この花火で泣いてるんだ。誰も、何とも思わない」


「……馬鹿か……変に思うだろ……。普通、こんなとこで、泣いてる男二人……いねぇよ……」


「そんなの、花火の力で、打ち消される! この花火観て、泣かない奴の方が、どうかしてるんだ!」


「……お前、面白いな……。下の名前、何だっけ?」


「滉惺」


「滉惺……か。俺な、今日、親、離婚したんだよ……。愛なんて……一番、信じらんねぇ……」


「信じられてない奴が……泣くかよ。ばーか!」


「お前に……馬鹿呼ばわりされるとはな……」


「うっせーな……。じゃあ、泣くな!」


「どんなに、両親が喧嘩してても、冷たい家庭でも、にも……ほんの少しは……愛が……あった時があったのかな?」


「あったに決まってんじゃねぇか! 本当に愛を知らない人間から生まれた人間は、泣く事だって出来ないんだよ! だから、伊柳は、大丈夫だ。大丈夫だから、黙って、花火観て、泣いてろ!!」





後から、律希にその時の事を振り返って、言われたの言葉は――……、



『あの時のお前は、世界で一番、格好良いって思った』



だった。



それから、俺と律希は、なんだかんだ話すようになって、遊ぶようになって、気が付いたら、親友だった。


多分、多分だけど、律希の涙を見たのは、俺以外、いないと思う。律希は、強がりで、でも、本当は、とても繊細な奴なんだ。


律希の両親が離婚したのは、中学二年の花火大会の、当日だった事もあり、律希の中で、ずーっと、張り詰めていた、細い、細い糸が、あの日、じいちゃんと親父の花火で、切れたんだと思う。そして、極めつけに、俺が、泣いていたから、溢れる何かが弾けて、律希の中の途切れそうになっていた、愛への信頼が、何とか、繋がったんだと、俺は、思った。


そんな事、律希は、一言も言わなかったけれど、あの花火大会の最後の一発が打ちあがった後、小声で、律希は言った。


「サンキュな、滉惺……」


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