律希の初恋

俺は、伊柳律希。


正直言って、俺は、モテる。顔は勿論端正だし、背も中一で百八十センチ以上あった。しかし、女子とはほとんど話すことは無い。面倒くさい。顔ごときで寄って来られても、ふざけんなだし、うざい以外、感情は湧いてこない。


そもそも、恋愛に俺はまるで興味がない。そのきっかけになかはわからないが……俺の両親は、毎晩のように喧嘩ばかりしている。恐らく、……だろう。そんな状態が、小学生の時から、続いていた。


だから、恋や愛に、なんの興味もない。永遠の愛なんて、信じているはずもない。無駄な感情だ。俺は、一生、恋なんてしないと思う。それも、ある種、生き方として、アリだと思う。絶対結婚しなければならない、なんて法律はないし、一人でいる方が、気楽で、ありとあらゆる場面で、自由が利く。


そんな、俺だったのに……。




俺は、中学二年生の時初恋をすることになる――……。


本を読むのが趣味の俺は、図書館に、借りた本を返しに、リュックに詰め込んで向かった。借りた本は、『野菊の墓』だった。面白かった。


『野菊の墓』は、15歳の正夫と、17歳の民子が、織り成す恋愛ものだ。民子が、嫁いですぐ病死した部分は、思わずグッと来た。


恋愛などしない……と言ってる割に、恋愛小説を読んでいるじゃないか、と言われそうだが、それとこれとは問題が違う。著名な作者が描く物語は、現実では起こりえない、純粋さや、切なさ、そして、この本では、田舎の静かな田園風景が、目に浮かぶ、美しい情景描写も見どころだ。唯々、ひっちゃかめっちゃかの恋をするだけの、最近のチャラいドラマや映画を観るくらいなら、日本文学の書物に、時間を割きたい。


そんな俺が、この日、恋に墜ちるなんて、思ってもみなかった――……。





スゥ……。


静に図書館の重たい扉を開いた。そして、カウンターへ行き、『野菊の墓』を返し、次は何を読もうか、と、本を物色していた。


すると、図書館の奥の、椅子に座って、『こころ』を読んでいる少し、年上っぽい女を見つけた。何とも、ちぐはぐな女だった。すんごいミニスカで、メイクばっちりで、毒々しい、赤いグロスを塗っていた。美人な上に、大人っぽい。赤いグロスさえ、似合っていた。それなのに、どこか幼い。無理して、大人ぶってるのが、目に見えて分かった。


俺は、その女に、性格も、名前も、歳も、何にも知らないのに……、恋愛なんて、これ以上ない無駄なものだと思っていたのに、何故か、その女だけは、特別、惹かれるものがあった。


『こころ』は夏目漱石の作品だとは知っていはいたが、まだ、読んだ事は無かった。そして、その女が、本を読み終わり、本棚に返した。そして、そのまま、女は、図書館を跡にした。


俺は、少し、ぼーっとして、その女の横顔を思い出していた。本当に、美人だった。けれど、俺が、ここまで惹かれたのは、それだけなのだろうか?美人なんて、学校にも、そこそこいる。でも、好きになる事は一切なかった。それが、こんな一瞬で、いとも簡単に、恋に墜ちるなんて……。




でも、その原因……と言っていいかはわからないが、この前の夏祭りの日、親の離婚が決定した。幼い頃、三人一緒に遊園地に行った事が、嘘のように、もう、両親には、は無かった。それでも、俺への愛はあるのだろうか? ……あったのだろうか……?


俺は、離婚したと、なんの相談も無しに、報告された。


『子供って……一体なんの為に存在しているんだろう?』


俺は、そう思わずにはいられなかった。どうしたって、離婚をするという事は、子供にも多少なり影響がある。どっちに引き取られるのか、とか、転校はしなくて良いのか、とか……。



その夜は、近くの川沿いの土手で、派手に花火が打ち上げられると聞いた。俺は、なーんの興味もないのに、花火会場に向かった。


その中で、俺は、とんでもない奴を見つけた。花火が打ち上げられる度、だらだらと、涙を流す、クラスメイトの……冨永……とか言うやつだ。なんでこんな所で、花火なんか見て、泣いてんだ?って、俺は、不思議でたまらなかった。


そして、そいつに話しかけた。そいつは、花火師になりたいと言った。俺は、将来の事なんて、ほとんど考えていなかった。だから、こんな、中坊が、涙を流すくらい、花火を特別視している事に、なんだか、馬鹿に思えたのと……、ちょっとだけ、羨ましかった。


しかも、俺は、そいつに投げかけられた言葉に、不覚にも、泣いてしまったのだ。


その時、浮かんだのが、あの女だった。俺が、不覚にも恋に墜ちた、とんでもなく異色な女。あいつに、俺は本当にを感じる事が出来るのだろうか?その女の、中身を知って、あっさり、こんなもんかと、また、現実に引き戻されて、今までよりずっと、また酷く、人を愛せなくなるんじゃないのだろうか?


でも、そんな事を、全然、感じさせない、滉惺の花火への愛が、とてつもなく、格好よく思えたんだ。


『愛する物だけは見つけろよ!』


滉惺は、俺にそう言った。だから……と言うわけではないが、あの女を、俺なりに、……と、呼んで良いのだろうか?愛には……まだまだ、遠すぎるし、早すぎる。それほど、安易な代物ではない……と、滉惺と会話をして何となく分かった気がした。


だけど、こうも想えたんだ。という事。


花火に感動して、泣いている滉惺は、真っ直ぐすぎて、俺には、この夜空を輝かせる、花火の様に、眩し過ぎて、見ていられなかった。




(こんなやつも……まだ、いるんだな……)


と、心の中で、世の中にある汚いものが、一瞬、ぱあっと光って、影が消えて無くなったように、俺の心が、今までにないくらい、揺さぶられた。


それは、あの女を見つけて、抱いた感情に、よく似ていた。どこか、儚げで、でも、とても強そうで、そして、きっと……きっとだけど、俺と同じくらい、恋や愛に、興味がない……。そんな雰囲気のする女だった。




そして、俺は高校へ進み、あの女と、再会する事になる。




その女は……女子は、やっぱり、メイクばっちりで、今日は、入学式だからなのだろうか?少し、遠慮がちに、薄いピンクのグロスを付けている。しかし、本当に美人だ。



実は、俺は図書館で、あの女に会った次の週、土、日、欠かさず図書館に通った。しかし、あの女とは、あれ以来、会えずにいた。それで、もう二度と、会えないんだ……と、酷く肩を落としたのを、何だか自分が自分じゃないみたいで、おかしくて、笑ってしまうほどだった。


それなのに、また、会うことが出来た。こんな言葉は、そうやすやすと使いたくないし、使うべきじゃないと思っていた。でも、思ってしまったんだ……。


なんじゃないかって……。


だけど、夏愛紫雨と言う名前だけで自己紹介を済ませ、俺が、唯一知っていた……多分、だけど、趣味が読書だという事も、紹介する気はなさそうだ。


そして、何より、俺は、あるに、気付いてしまった――……。


滉惺が、キラキラしている瞳で、夏愛を見つめていた。あいつの事だから、見た目で一発でやられたのだろう。まぁ、俺も、がついてなきゃ、滉惺とほぼ同じ動機で、夏愛に惚れていたのだけれど……。


夏愛がどういう人間なのか、何を好み、誰を想い、そもそも、想う人はいるのか……。確かめたい。近づきたい。もっと、夏愛の事を知りたい。


そんな想いが、日に日に募って行った。のに、今まで、女子に囲まれることはあれど、自分から行く……と言う行動を起こしたことが全くない。だから、どう、夏愛にアピールしていいのか……、そんなこんなで、滉惺ともども、しばらくは様子見だった。


しかし、ある日を境に、何やら、滉惺の様子がおかしい。休み時間になると、そそくさと、夏愛の席に寄って行き、何やら話している。その会話がどんなものなのか、俺には、容易に想像できた。


『打ち上げ花火は奇麗だよ』


って、言ってるに違いない――……。

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