滉惺は格好いい

「そうだけど……」


滉惺が、トイレに行ってる休み時間、俺は、滉惺が夏愛になんの話をしているのか、と言うより、『滉惺に、花火の話されてる?』と、聞いた。そして、返ってきた答えが、俺の思った通りの、答えだったに過ぎない。


「滉惺がうざいなら、俺の事もうざいよな?」


俺は、自虐的に、そう言ってみた。


「……滉惺君は……花火の話しかしないから……何とでもなる。無視してればいいから。それより……厄介なのは……伊柳君の方」


「え?」


俺は、意外……と言うか、ちょっと、ショックだった。俺は、滉惺に劣っているのか? あの猿に?


「なんで? 俺との方が、本の話題とか、話、合うと思うんだけど……」


「だって、面倒じゃない。下手に趣味が合うから、話が出来る……と言うよりは、話さないといけない、って感じなの。伊柳君は、私の読んでいない本も読んでいる。その話は、少し、興味がある。でも、その本のあらましを聞けば、それで済む話だから。後は、その本を自分自身で読めばいい。それ以上の事に、伊柳君は必要?」


「あぁ……情報源にもならんって事か……ネットで見れば、何でもわかる昨今だもんな。俺の感想……、その本を読んだ、俺の感情論は、夏愛には必要ない、って事?」


「……言ってしまえば……、そうなるね。伊柳君が、これは面白いと言って、紹介してくれた本は、正直、ちゃんと読んでるの。そして、本当に面白い。伊柳君が感じる主人公への想いや、その小説にしかない奇怪な部分や、情景描写なんかは、本当にありがたく、頂いてるよ?でもね、それはね、本の題名さえわかれば、後はどうにでもなるの。私は、本の内容を知りたいだけで、その本を読んだ人の感想が欲しいわけじゃないから」


夏愛から、きつい言葉が次から次へと投げかけられる。


「それでも……、伊柳君は……きっと良い人なんだよね。だって、本当に私好みの本を紹介してくれるんだから。中学の時、私の事を見たって言ってたけど、それだけで、私の本の好みを把握するなんて、奇跡に近い。私は、日本文学だけを愛する訳じゃないから、『ハリー○ッター』とか、『きみは○ラリス』とか流行りの小説も好んで読む。それは、私と高校で会って、私を見ててくれていたからできた事でしょう?」


「……まぁね。それは、俺も、好きな奴には……好かれたいって、想うからね」


「…………」


「? 何?」


「なんだか、伊柳君らしくないね。いつも、女子なんて、どうでも良いって顔して私以外の女子事は無視に近いのに……」


「だって、それは夏愛だから。俺は、中学の時から、恐らく、夏愛と同じくらいモテてたよ? でも、これも、夏愛と同じくらい、シカトしてきたんだよね。だから、ちょっと最近、自分の行いも直そうとしてるつもりなんだけど……、変わってない?」


そう。俺は、俺なりに、女子に少し、優しくしているつもりだ……ったのに、夏愛に言わせれば、それは、まだまだらしい。


「……その効果、出てるの? 私は……靴を今日、捨てられたんだけど……」


(出た……)


女子の、一番頭にくるだ。陰湿で、陰険で、嫉妬に塗れた、意地汚い報復。


その話を聞いて、今更ながら、夏愛の足元に目をやった。すると――…。靴は、ちゃんと履かれている。


「え? ……隠されたんじゃ……」


「あぁ……、未遂。滉惺君が、私の下駄箱にたむろってる女子を不審に思って、見張ってたら、ゴミ箱に捨てようとしてたから、『ぶんどり返しといた!』 って言って、朝、それから私が登校してくるまで、また捨てられないように、靴抱えて、私に手渡してくれたの」


「……アイツ……たまに、男らしい事するんだよな……」


「そうなの?」


「……その話はしない。あの猿に負ける気はしないけど、って事があるからな。アイツの格好いいところなんて教えるかよ……」


「……つまりは……あるんだね? 滉惺君の格好いい話」




「なんの話!?」


息を切らして、滉惺が、俺と夏愛の会話に割り込んできた。


「お前が猿だって話」


「おい! 夏愛さんにあんま余計な事言うなよ!? た、確かに……勉強は出来ないかも知れないけど、体育はいつも五だし、マラソン大会ではいつも一位だし、体力測定も、学年トップだぞ!?」


「……それで?」


「だから! 花火師になる基礎は、出来上がってるって事だよ!夏愛さんに観てもらう打ち上げ花火は、じいちゃんのでも、親父のでもない!俺が造った花火にする!!」


「……やっぱり、お前は猿だな」


「うん。私も……そう感じたわ」


「なんで?」


「お前、花火師の試験、十八歳以上だろ?俺らは高校卒業したら、バラバラになるんだよ。大学に進んで、就職して……、家庭を築くやつもいるだろうな。その中の何人が、この街に戻って来ると思ってんだよ? まぁ、ほぼいないだろうな……」


「私も、激しく同感する」


夏愛さんにまで、そう言われてしまったけれど、俺だって、それを考えていない訳じゃない。猿だけど、そこまで猿じゃない。(なんのこっちゃい)


「俺が……俺が本当に、花火師になれたら……、俺が納得のいく打ち上げ花火が造れたら、俺は、夏愛さんを、その時、もう一度誘いにどこまでだって迎えに行く!!で! 絶対、俺の花火を観てもらうんだ!!」




こういう所だ……。滉惺の、格好いいところ。不利になっても、無理だって誰もが思っても、誰も予想のつかない未来を見る力のあるやつなんだ。




「……わかった?伊柳君。こうして、滉惺君は、私にとって、どうでも良い話しか振って来ないから、軽く無視が出来るの。でも、貴方は、どうしても興味を注がれる話題を持ってくる。だから、話をせざるを得ない。貴方と、滉惺君の違いは、そこ、一つだけなんだよ」


冷めた目をして、夏愛はそう言った。


「この……滉惺の話が、どうでも良い話なの?」


「……?」


俺の、ちょっと、低い声に、夏愛は少し違和感を覚えたみたいだ。


「俺の……俺なんかの、本の紹介よりずっと、ましな話だと思うけど……」


「なんで?」


「俺は、所詮、本と言う人が書いた、俺の実力に関係のないモノを武器にして、夏愛に接近してるわけだ。でも、滉惺は違う。滉惺は、滉惺にしか出来ない、滉惺にしか成しえない滉惺からしかもらえない、宝物を、夏愛にあげるって言ってるんだ。俺よりは……ましだと思うけどね……」


「……律希……」


滉惺も、目をパチクリさせる。俺と、律希は明らかにライバルだ。なのに、律希はなんでか、たまーに、俺の応援隊になる。ついさっきまで、俺の事を、きっと夏愛さんにぼろくそ言ってたんだと思うけど、何故か、肝心なところで、いつも、律希は俺をかばうような事を言う。


「……じゃあ、聞かせてくれない?滉惺君の、格好良い話」


「そんな事言われても困るよなぁ?律希。俺、格好いいところなんてないし……。花火師になったら、格好よくなれるかもしれないけど……」


「……それも……どうなのかな?花火は、観る側が奇麗かどうかを決めるものでしょう?確かに、打ち上げ花火を観たことは無いけど、どうしたって、個人の価値観に勝る感情は無いのよ……」




そう、冷たく言い放った、夏愛に、何だか、好きと同じくらい、怒り覚えた俺は、の事を思い出していた。



「俺んち、二年前に、親が離婚したんだ。その日は、ちょうど花火大会の日で、滉惺のじいちゃんと、親父さんが造った花火が夜空を彩ってた。なーんも、観る気しなかったけど、こいつ……花火観ながら、だらだら涙流して、花火首痛そうに見上げて泣いてんだよ……」


「花火を観て……泣く?」


「あぁ……。何泣いてんの?って聞いたら、『花火が綺麗だから』って、即答だった。俺は……その時、こいつに叱られた。『夢も目標も無くて良いから、愛するものだけは見つけろよ!』って……。俺は……愛なんてないと思ってた。……ないと思うのが怖かった……。だけど、こいつは、いとも簡単に、愛を口に出したんだ。俺は……マジで、かっけーと思った」


「律希……どう……しちゃったの? 俺の味方してくれてんの?」


俺は、動揺していた。


「ばーか! 俺は、もらったのはお前からだとしても、愛は持ってるって言いたいだけだ! お前なんかの味方するかよ!」


「……愛は……あるの? そんなモノ……私は信じない。どれだけ、滉惺君が私に花火観せてくれても、そんな散って行くものに、愛があるとは思えない。消えるのなら……、やっぱり、そこには、無いんだから……」


「じゃあ、確かめれば?」


「え?」


「夏休み、花火大会で、滉惺の家の打ち上げ花火を観てみればいい。文句と苦情と反論は、その後、受け付けるって事でどうだ?」


「…………私は……正直だから、無視し続けてるだけで、傷つけてる滉惺君を、もっと傷つける可能性があるよ?」


「良いんじゃない?」


「良いと思う!! 観に来て!! 夏愛さん!!」



こうして、夏休み、諦めかけていた(ほぼ諦めていた)夏愛さんに花火を観てもう、という夢みたいな事が、実現する事となった。

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