夏愛さんを招待
俺は……甘かった。
夏祭り。花火大会。夏愛さんは、てっきり、浴衣姿で現れてくれるとばかり、思っていた。しかし、確かに、確かに、私服の夏愛さんを見た事が無かったから、これも、これで、レアはレアだったが――……、やっぱり、浴衣姿が見たかった……。
「遅くなってごめん」
夏愛さんは、『ごめん』と言いつつも、悪気なんて何処にもない、という、分かり易い無表情な顔で現れた。
「あ! いや! 花火まで後十分くらいあるから! 大丈夫!」
そんな、夏愛さんも、可愛い、と思いつつ、俺はとっさにフォローを入れた。……、しかし、視線が追ってしまうのは……。
……ひざ丈のふんわりスカートと、細い二の腕が勿体ないほど見られる、ノースリーブのタンクトップで、夏愛さんは、花火会場に現れた。
ぺシン!
「って!」
「夏愛の二の腕に、蛾でもついてるのか?」
夏愛さんの二の腕に視線をやっていた事に、あっさり気付いた律希が、俺の頭を小突いてきた。
⦅仕方ないだろ! こんなレアな夏愛さん……もう一生見られないかも知れないだから⦆
「じゃあ、今日が終わったら、お前は身を引くのか?」
「っな! な訳ねぇだろ! ただ……嬉しくて……」
と、滉惺が言いかけた時、夜空に、綺麗な花が咲いた。
「夏愛さん! ほら!! 上がったよ!!」
ドーンッ! ドーンッ! パーン!! パラパラ……。
「…………」
夏愛さんは、なんの反応もしない。やっぱり、つまらなかったかな? 俺は、あんなに夏愛さんに観せたかった、花火が上がるこの空に、隠れる闇のような感覚に囚われた。
だけど、そんな事を気にしていられたのは、ほんの五分ほどだった。
(あーあ……始まった……)
律希は、思った。
俺は、律希の……夏愛さんの事すら忘れて、打ち上げられてゆく花火に、只々、感動して、今年もやっぱり、じいちゃんと親父の造った花火に、涙を流した。
滉惺は、夢中になって、花火を見上げている。仕方ない。ここからは、俺が、夏愛にフォローを……。
(……遅かったか……)
夏愛は、滉惺の涙を見て、目を見開いて、驚いていた。そして、滉惺に尋ねた。
「……本当に……泣いてるの?」
「……だって、綺麗でしょ?」
「き……綺麗……だけど……、そんな……本当に泣くほど?」
「俺は……こんな綺麗な花火を、いつか、必ず打ち上げるんだ。それで、みーんな……泣いちゃうくらいの……花火を……夏愛さんにも……感動して……もらえる……花火を……」
泣きながら、滉惺が紡ぐ言葉一つ一つが、途切れ途切れになってゆく。自分の恋より、その相手より、この時だけは、滉惺は打ち上げ花火に想いを馳せる。決意と、夢の中で、滉惺は生きる――……。
⦅……ねぇ……、伊柳君、滉惺君は……いつもこうなの?⦆
⦅あぁ……。俺が……初めて滉惺と話したのも、この土手での花火大会の日だったんだ⦆
⦅その時も……この前言ってたみたいに泣いてたの?⦆
多分、ひそひそ話じゃなくても、きっと滉惺には聴こえないんだろうけど、それでも、滉惺の花火鑑賞の邪魔をしてはならない……と、夏愛は思ったのかも知れない。もしかして、夏愛は優しい所も持っているのかも知れない……、と、俺は夏愛に何とも失礼な事を思ってしまった。
⦅泣いてたよ……めっちゃ……格好よくな……⦆
「格好よく?」
思わず、夏愛の声が少し、大きくなる。
それでも、滉惺は、聴こえていない。どころか、涙をさらに増して、流して夜の空を舞っている。だから、俺も、声を普通のボリュームに戻した。
「言ったろ?滉惺に『愛するものだけは見つけろ』って言われたって」
「……『愛するもの』かぁ……。私には、やっぱり、無縁かな……」
「……そんなことないよ、夏愛さん……」
「「!」」
俺と夏愛の話なんて、聴いていないと思っていた、滉惺が、いきなり俺と夏愛の会話に入って来た。
「これを観ても、夏愛の中に何も生まれなかったのは、残念だけど……、夏愛さんは、すんごい数の男子に好かれて、それが見た目だろうと何だろうと、夏愛さんは愛される資質を持ってるんだし、愛される資質を持ってる人は、愛する資質も持ってるんだ。……きっとね。だから、沢山の人に好意を寄せられる夏愛さんに、愛が無縁のはずがないんだ……」
「……猿のくせに……なんでそんなこと言えるんだよ……」
「……同感だけど……ただ単に、花火を愛しているだけじゃないんだね。周りの人を、幸せにしようって、滉惺君は……思ってるんだね」
夏愛は、それこそ、らしくない事を言った。
「そんな事ない。俺は……ただ単に、観てくれる人が……、いっぱいいたらな……って、想ってるだけ。俺は、花火を打ち上げるのが幸せだけど、花火を観て、幸せを感じるかどうかなんて……きっと、夏愛さんの言う通り、人それぞれなんだよ。だけど、こうして、今日、夏愛さんがじいちゃんと親父の花火を観てくれた……。それだけで、俺は、幸せなんだ。だから、俺は、幸せにしたいんじゃない。幸せに……なりたいんだと思う。それは、きっと、俺のエゴなんだ」
「「…………」」
俺と夏愛は、その言葉に黙りこくった。滉惺が、花火の事だけしか考えていないと思っていた滉惺が、こんな事を言うなんて……。
「滉惺君……貴方は、思ってたより、ずっと良い人なのかもね」
夏愛が言った。しかし、その言葉は、滉惺に届いていない。あんな、格好いい事をさらっと言って置いて、自分には、そんな自覚がない。自分が言いたい事だけ言ったら、また、俺と夏愛を置いて、花火の世界へ飛び立っていった。
しかし、そこで、夏愛は、とんでもない事を滉惺に言った。
「滉惺……花火職人に……絶対になってよね……」
律希は、そう言った夏愛に、驚いて目をやった。
そこで律希の光景は、信じられないものだった――……。
夏愛の瞳が、俺が本を勧めていた時より、ずっと輝き始めている事に、俺は気付いた。
俺は――……、猿に……滉惺に、負けるのだろうか?
そのうち、夏愛は、またしゃべらなくなった。しかし、それは、興味がなくなったとか、飽きたとか、もう帰りたいとかじゃなかった。それは、滉惺が、一番わかっていたと思う。
でも、滉惺は、何一つ口に出さなかった。唯々、花火と、花火を眺める夏愛を、交互に見つめていた。……泣きながら……。
(俺も……滉惺みたいな奴だったら、人生、楽しかったかもな……)
俺は、心の中で、そんなじじ臭い事を、思ってしまっていた。まだ、高一だ。そんな風に、人生諦めたかのような、俺に、夏愛が“滉惺より厄介”と言っていた意味が、今、分かった気がした。
例え、滉惺より身長が高くても、滉惺より顔立ちが良くても、滉惺より勉強が出来ても、滉惺より夏愛と趣味が合っても、所詮、俺はつまらない、人生を諦めている人間なんだ。
『愛する物だけは見つけろ』
そう言った、滉惺は、泣いていたのに、見たままなら、男らしくもなんともないのに、言葉だけは、考えだけは、本当に男らしくて、人間として、尊敬出来た。
中二のくせに、あの言葉は、本当に胸に刺さった。俺が、泣いたのなんて、何年ぶりだったろう? どんなに親が喧嘩してても、離婚したと告げられても、もう、愛はないと、決めつけていた俺の目から、あんなに簡単な言葉で、涙が溢れて来るなんて……、俺は、思ってもなかったし、正直、自分じゃないような錯覚にさえ陥っていた。だけど、俺は、本当に、確かに、滉惺が、男として、人間として、持っていなけれなならないものを、しっかり持っている。そう、感じざるを得なかった。
その、人間として、持っていなければならないものを、持っていない奴が多すぎる。勿論、俺もその中に入る。きっと、夏愛も……。
夢中になれるものがある事は、本当に幸せな事だ。夢があるってのは、本当に素敵な事だ。それも、只、夢中になれるものじゃない。自分の人生賭けて自分が幸せになれるものを追いかけている奴は、きっと、そう、多くない……。
滉惺は、きっと、その一握りの人間の、一人なんだ――……。
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