紫雨が愛したファンタジー

私は、クラスでも浮いている。それは、分かっているけれど、直さないし、直そうとも思わない。人に、他人に、合わせて生きていくなんて、最もくだらない生き方だと、私は思うから。


私は、本が好きだ。例えば、夏目漱石の『こころ』。谷崎潤一郎の『刺青』。阿部公房の『砂の女』。これは、不気味で、奇想天外だったので、よく覚えている。他にも、『斜陽』、『春の海』、『破戒』、『雪国』……など、基本的に、日本文学が好みだ。


しかし、そんな本を好んで読む中学生はそうはいない。


私の両親は、四歳の時から険悪なムードになって、辛辣な言葉で罵倒し合う癖に、セックスだけはするような親で……。そして、六歳の時離婚した。まぁ、よくもった方だと思う。私が、小学校に上がって、私は人を拒絶するような子供になった。唯々、自分の世界で生きる。それが、心地よかったし、自由で、誰になんの気を使わなくて済むし、一番、楽な生き方だ……と、私は小一で確信していた。


友達なんて、一人も作らなかった。要らなかった。だって、そんなモノ作ったって、結局は喧嘩もするし、いじめもするし、私みたいなタイプは、もしも男子と話そうものなら、クラス中……いや、学校中の女子の反感を買って、トイレの便器に顔をぶち込まれるのだろう。


だって、私は、『美人』だったから。小学校までは、『仲良くしようよ』とか、『一緒に遊ばない?』とか、色々言ってくる女子もいたが、中学に上がる頃には、私は、完全に、一人と化していた。でも、それは苦痛ではなかったし、むしろ、放って置かれて、快適だった。私は、中学で決められている校則を、ことごとく拒んだ。髪も染めて、お化粧もして……。


だから、やっぱり、放って置いてくれない、私から言わせれば、視界に入ってすらいないのに、中学に上がって、メイクをして、どんどん垢ぬけてゆく私を、女子は良いように思わない。だから、私は、体を鍛えた。どんないじめに遭っても、それを跳ね返せるように。私の邪魔をするモノを、排除する努力なら、私は幾らでもするのだ。


案の定、トイレに潜んでいたクラスメイトに、襲われたが、私は、逆に蹴り返してやった。三人居たが、何の手ごたえもない。『こんなもんか……』と、私は思った。これくらいで凌げるなら、私は、“無敵”だ。


その一件があって以来、女子は、私を恐れて報復に出るものもいなかった。それくらい、私は恐ろしいほどの反撃をしたのだ。それが、噂で広がり、何となく、男子も、見た目だけでは寄って来なくなった。もう、私の一人の世界を邪魔するものはいなくなった。



しかし――……。





高校に上がって、何とも面倒くさい男子二人に、私は出会うこととなる。一人は、冨永滉惺。最初に出逢ったのは、高校の屋上だった。……と言うのは、多少、語弊がある。彼は、同じクラスだ。私が、彼を知らなかっただけで、初めて会ったのは、普通に、入学式のホームルームだ。しかし、私は、クラスの誰の名前も顔も、覚えなていなかった。……覚える気も無かった。


だから、私が、滉惺の顔を知ったのは、一学期が半分ほど過ぎた頃、屋上で柵に寄りかかって、本を読んでいた時だった。その時、悪戯に、少し強い風が吹いた。そして、少し、私のスカートが捲れ、ひらひら揺れた。


その時だった。


「青い……レース……」


と、男子の声がしたのは……。


私は、思わず、その場から逃げ出した。その時だった。その男子が私に向かって叫んだのだ。


「夏愛さん! 花火は好き!?」


私は、なんのことだか、それを聞いてどうするのか、意味不明で、そのまま立ち去ろうか、ちょっと、話を聞こうか迷ったけれど、少し、返事をした。


すると、その男子は、花火の魅力を語りだした。私は、その場をクールに受け流すと、そのまま屋上を去った。


でも――……。


「……パンツ……見られた……」


自分の顔が少し熱い事が分かった。


でも、あの男子(この時はまだ、名前を知らなかった)は、私が一番厄介とする、私に好意を持っている男子なのに、不思議と冷たい態度をとったことを、初めて後悔した。


でも、その後悔は、後悔に変わった。


次の日から、その男子は、私の全く興味のない、花火の話題ばかりしてきた。やっぱり、もっと、も――っと、冷たくて、冷徹で、氷点下80度の世界へ送り込んでおくべきだった。


しかし、そこで、二人目の男子が私の前に現れた。


「はい、滉惺くーん。休み時間の割ですよー」


その人の名は、まだ知らなかった。でも、顔は、何となく……こんな私でも知っていた。何故なら、とてもルックスの良い男子だったから。身長も180センチを優に超えていたし、コソコソクラスの女子が『格好いいよねー』などと、熱い視線を送っているのが時々耳に否が応でも流れ込んできていた。


でも、その人と、私は、と共に、また屋上で再会する事となる。


その日も、夏にしては涼しい風が吹いていて、私は、屋上に来ていた。少し、辺りを見回して、あの男子が、滉惺と呼んだ人がいないかどうかだけだけを確かめて、また、柵に寄りかかり、本を捲った。


その時、なんの悪戯か、また、涼しい風が私のスカートを揺らす。すると、今度は、この前とはまるで違う低い声で、聞き覚えのあるフレーズが聴こえて来た。


「白のレースか……良い眺め」


「!!」


私は、また、やらかしてしまった。その男子は、謝るどころか、とりあえず、自分の名前を名乗った。


「伊柳律希です」


その時、私は、彼に突然告白された。しかし、そんな事で動じるように出来ている私の心ではない。


私は、また後悔に後悔を重ねないように、今度は氷点下80度に落とし込んでやろうとした。しかし、伊柳君は、なんの動揺も見せない。そこで、また、ややこしい事が起こる。


滉惺が、現れたのだ。私は、もう面倒くさくなって、伊柳君が言っている事が、本当なのか、夏祭りの花火大会に行く事にした。そして、きっぱり、滉惺に、『つまらない』と言ってやるつもりだった――……のに……。






「夏愛さん!」


滉惺は、飛び切りの笑顔で私を迎え入れた。私は、正直来たくもなかった、花火大会に、うんざりだった。


その五分後、打ち上げ花火が花開いた。


私は、花火を観る前に、滉惺の涙に驚いた。ちょっと、五分くらいしたら帰ろうかと思っていたのに、伊柳君から聞かされていた、格好いい滉惺を、私は、まざまざと見せつけられた。


きっと……こうして、招いておいて、私の事すら忘れている。


『愛する物だけは見つけろよ!』


その滉惺の言葉が、伊柳君の心を打ったように、私にも、突き刺さった。こんな風に、全身全霊で自分の夢を追いかけている人が、今、世界に何人いるだろう?愛してやまないモノを、自分の歩くべき道を、なんの迷いもなく突き進む意志を、そんな当たり前の様で、とても大切なを持っている人――……。


私は、その滉惺の瞳から絶え間なく流れる涙に、もう一度、花火に目をやった。滉惺の瞳の煌きを見てから、花火を観ると、全然違うものに見えたんだ。


私は、愛を捨てた。夢を捨てた。意志を捨てた。生きる事を……拒絶していたんだ。それが、どんなに愚かな事だったか、滉惺の涙を見て、滉惺の愛するモノを見て、滉惺の意志を感じて、滉惺の――……、を目の当たりにして……。


私は、その瞬間、滉惺に恋をした。


――……気が付くと、私の瞳からは、次々と涙が流れていた。『本当に泣いてるの?』なんて、伊柳君に聞いていたくせに、こんな簡単に人は愛を知るんだ――……。


一瞬で、に変わった。


「滉惺……、私と……空を飛んでくれない?」


一瞬、躊躇ったような顔をしたけれど、滉惺はすぐにその意味を理解した。


「……うん。良いよ。夏愛さん」


「紫雨でいい。紫雨って呼んで」


「うん。紫雨……」


私は、花火の夜空を飛び回った。大丈夫。怖くない。綺麗な空に浮かんで『天空の城ラピュタ』みたいに、『パズー』と『シータ』の様に、滉惺が私の手を取って、空中を舞う――……。その滉惺の顔は満面の笑みで……、伊柳君は、私と滉惺の空中浮遊を……幻想を……、愛おしそうに見ていた。



私は……この人がいれば大丈夫……。愛を……きっと信じられるはず。



「滉惺」


「なに?」


「必ず……、滉惺の花火、観せてよね……」


「うん! 紫雨、俺、世界中の人感動させて、!!」



私は、今まで読んだ本のどんな一説より、その言葉は印象深かった――……。

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夜空と紫雨を照らしたファンタジー @m-amiya

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