Le Temps des Cerises

壱単位

Le Temps des Cerises


 硝煙はすぐにおさまったが、有毒性のガスがひくまでには時間がかかる。


 だが、ライターの火が引火する恐れはないはずだった。


 ごとりと、八連装のリボルバーを置く。


 ゆっくり置く必要はないのだ。連射の加熱により、もう、二度とその凶悪な実力を発揮することはないのだから。


 が、たがいにいのちを終えようとするいま、長年の相棒を粗略にあつかう気にはならなかった。


 滅殺装置バーサーカーはすでに機能を停止している。俺は、そのむくろの上で横たわり、懐からしわくちゃになったマルボロと、ジッポを取り出した。ジッポは、戦闘の衝撃で蓋がばかになっていた。


 火をつけようとする。点かない。なんども擦るが、火花がとばない。


 みかねて、さっきのガキが、機械をよじのぼって手を伸ばしてきた。


 「……すまねえな」


 「……ねえ、なんであのおねえちゃん、たすけたの。おじちゃん、ころそうとしてたんだよ」


 空はいつものように、薄汚れて赤茶けた、きたねえ雲に覆われている。


 それでも俺は、満足していた。見る価値もないような空を見上げながら、機械の凹凸に背中をあずけて、煙をゆっくり吐き出した。


 「……さあな」


 ガキが俺の腕を握る。放っておいてほしいんだがな。


 「血が、たくさん、でてる。とめないと、しんじゃう……」


 その頭を、がっ、と掴む。ひるみ、泣きそうになるガキ。


 「……なあ、頼みがある」


 「……なに」


 「あそこに、茶色い建物、見えるだろう。あそこはな、俺と……あいつが、むかし通っていた店なんだ。割れた窓の向こうに、たぶん、さくらんぼの印が描いてあるマッチが、転がってるはずだ。このライター、だめになっちまったからな。ちょっとそれ、とってきてくれねえか」


 ガキはすこしのあいだ、困ったような顔をしていたが、やがて、うんと頷き、走り出した。


 もうひとつ、煙を吐く。


 いい日、だな。


 目を閉じる。


 あいつと最後に飲んだ、名前も思い出せない毒々しい色のカクテルが浮かんだが、すぐに消えた。


 



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