人生近道クーポン券

大隅 スミヲ

人生近道クーポン券

 夜寝る時、私はテレビをつけっぱなしにしながら寝る癖があった。

 結婚していた頃は妻に何度もそのことで文句を言われたりもしたが、独り身となったいまは誰にもとがめられることなく、テレビをつけっぱなしにして寝ていた。


 その日も私はベッドに横になるとテレビの画面を見つめながら、ウトウトとしはじめていた。画面の中では最近バラエティ番組などで姿を見なくなったお笑い芸人と年を取った元アイドルが飲むだけで痩せるという飲料水について語っている。他の番組では見ることもない、大根役者の大げさなリアクション。テレビショッピングではこういったリアクションを見せる方がウケがいいというのだから不思議なものだ。

 夢なのか、現実なのか、テレビの画面を見つめながらまどろむ。この瞬間が最高に気持ちいい。だから、テレビをつけっぱなしで寝るのがやめられないのだ。


「人生近道クーポン券ってあるじゃないですか」

「いやいや、あるじゃないですかって、みんなが知っているかのように言うなよ。誰も、そんなもの知らないって」

「え、そうなんですか」

「そうだよ。知らないよ。そもそも、なんだよ人生近道クーポン券って」


 テレビ画面の中で、あまり見たことのないお笑い芸人が漫才をしている。

 派手なスーツの男と地味なスーツの男のコンビだ。


 人生近道クーポン券。そんなものあるわけないだろ。私はまどろみながら、テレビにツッコミを入れた。


「例えばですよ、どうしても入りたい大学があるとするじゃないですか」

「まあ、そうだね。東大とか京大とか、名門大学には入ってみたいね」

「そんな時に使うのが人生近道クーポン券ですよ」

「え? どういうこと?」


 ツッコミの方が驚いた様子で聞く。


「大学受験とかしたくないじゃないですか。そのために勉強を毎日何時間もやって」

「いやいや、大学に入るためには勉強しなきゃダメでしょ」

「それが大丈夫なんですよ」


 漫才師のボケ担当が声を潜めて言う。


「え、なになに?」

「大きな声じゃ言えないんですけれど……」

「なんだよ、教えてくれよ」


 ツッコミ担当が小声で話すボケ担当に顔を近づける。


「人生近道クーポン券です!」


 突然の大きな声。

 ツッコミ担当がその大きな声に驚いて、ボケ担当の頭を叩く。


「声でかいわ。耳キーンってなったわ」


 会場が笑い声に包まれる。

 テレビの画面をぼうっと見つめる私には何が面白いのか全然理解ができなかった。


「人生近道クーポン券を使えば、人生の近道が出来てしまうんです」

「なにそれ?」

「だから、大学受験もしないで入れるんですよ」

「え、それってすごくない?」

「でしょ」

「どういう仕組みなの?」

「クーポン券を使うと、代わりに自分の名前で大学受験を受けてくれるんですよ」

「それって、ただの替え玉じゃねーかよ!」


 漫才はそこで終わった。


 私はウトウトとしながらも、人生近道クーポン券って何だろうかと考えていた。

 もしも、人生近道クーポン券が本当に存在しているのであれば、私は何に使うだろうか。

 人生の近道って何だろうか。義務教育を終えて、高校を卒業し、一浪して大学に入り、就職をした。大学の頃から付き合っていた彼女と結婚し、子どもが生まれ、そして離婚した。私の人生では、どこで近道をすれば良かったのだろう。


 人生近道クーポン券。それは私には必要のないものかもしれない。

 そんなことを思いながら、私は眠りに落ちていった。

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