第30話 魔の力

「“魔”が付く言葉は、魔族が関わるものとされている。魔術、魔力、魔法ってのもそうだ。この世界では、言わねぇ方が良い」

 ジェイドが教えてくれた。

「この世界における不思議な力ってのは、全てガイヤの力だ。その中でも強力なのが、五大精霊の力」

「五大、精霊……」

 なんだかとてもすごそうだと、イオリは続きを待った。

「ガイヤが最初に作り出した命が、五つの精霊と言われている。木、火、土、金、水。それらの強大な力の源である五つの柱が、世界の五カ所に立っていてな。ガイヤが生きる為に必要なエネルギーを生み出し、世界中に循環させている。その柱を守護しているのが、五大精霊だ」

 心地良い風が、二人の間を吹き抜けていく。土の香りが風に乗り、二人の髪を揺らした。

「風の力は木の柱がつかさどっている。俺が使ったのが、風の力。普段は使わねぇが、まぁ、隠し玉ってヤツだ。普通の武器が通用しねぇ相手には、風の力で対抗してる。この世の不思議な力ってモンは、ガイヤの柱によるものが大半だ。決して魔の力じゃねぇ」


(ガイヤの柱……。柱……)


 はっと思い出した。

「あの、その柱って、六角形のクリスタルみたいな柱ですか?」

「……見た事あんのか?」

「えっと、実際にはないですが……夢で見た事が……」

「夢?」

 ジェイドが眉を寄せた。イオリは恥ずかしかったが、話して聞かせた。向こうの世界にいた時、小さい頃から不思議な世界の夢を見続けて来た事を。色々な時代の空を飛び、山の中で柱を見た事や、ドラゴンを見た事。人々の会話も聞いていた事を。


「なるほど。こっちの世界の事を多少なりとも夢の形で見ていたって事か。ヒアリングが完璧なくせに、読み書きが出来ないのも納得だ」

 ジェイドは腕を組んで、頷いていた。ただ、ジェイドの事も見ていたとは、どうしても言えなかった。彼の夢を見た日は、ウキウキだった。恥ずかしすぎる。

「前に話した事を覚えてるか? 事情通な人物に心当たりがあるから、聞きに行くって話」

「あ、はい」

 イオリがこちらに飛ばされてきた時、船の中で、ジェイドも状況把握が困難なので、このような事情に詳しい人物がいるから話を聞きに行くと言っていた。

「私も連れて行って欲しいと言いました」

「ああ。時間が取れ次第、行こうと思う。日時を決めたら連絡する」

「分かりました」

 イオリも頷いた。

「もう聞きたい事はないか?」

「そうですねぇー……」


 イオリは膝の上の手元を見る。文字の練習用ノートに、ジェイドから聞いたガイヤの話をメモしていたのだ。まとめていないので、あちこちに走り書きがあるが、もうページいっぱいになっている。

「とりあえず、今日はもう十分です。また何かあれば、まとめておきます」

「そうか」

 ジェイドがそのノートを見た。

「面白ぇ字だな。向こうで使ってた文字か」

「はい。基本、一文字で一つの発音なので、単純と言えば単純ですね。“は”と“わ”、“え”と“へ”は言い方に変則的な所もありますが」

「ふぅん」

 ノートをじっと見て、ジェイドは一つ、提案をした。

「この文字、一覧にしてくれねぇか?」

「え、いいですけど。今ですか?」

「すぐ終わるなら、頼む」


 イオリは新しいページに五十音順で文字を書いていく。“がぎぐ”の濁音、“ぱぴぷ”の半濁音、“きゃきゅきょ”や“りゃりゅりょ”等、一通り書き、発音を聞かせた。


「これで全部かと」

 ふぅ、と息を吐く。ページをやぶり、ジェイドに渡した。

「へぇ。興味深い。ありがとな。もらっておく」

 そう言うと、ポケットに入れた。自分が書いたものが、ジェイドのポケットに入ると言う事に、少しドキドキしたイオリ。


(なんか、嬉しいかも)


 顔がにやけそうだった。


「にやけてねぇで、ちゃんとこっちの世界の文字も覚えろよ」

「あ、はーい」

「じゃあな」

「お仕事頑張ってください」

「おー」

 もう既ににやけていたらしい。ジェイドは、くっと口の端を緩めて笑うと、立ち上がり仕事に戻って行った。イオリは彼の姿が小さくなるまで見送る。少しでも隣に座り、話をする事が出来て、とても嬉しい気持ちでいっぱいだ。


「今日は良い事あった♪」


 気持ちも新たに、本と向き合ったイオリだった。

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異世界帰還した女子大生のNOスローライフ うた @aozora-sakura

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