第29話 聞きたい事

「聞きたい事は山ほどあるだろうがな。何から聞きたい?」

 ジェイドが訪ねてくれた。

「えぇーと……」

 聞く事はある。確かにある。たくさんある。しかし、いざ改まって質問できるとなると、どれから聞けば良いのか分からなくなってしまう。

「じゃあ、まずは、この世界について教えてください」

「世界……。ガイヤの事か?」

「はい。ウルヴ様から聞いた話で、気になった事があったので」

 イオリは、船でウルヴと話した事を思い出していた。


「“ガイヤに与えられた役目がある”って……。この世界の名前がガイヤですよね? でも、ウルヴ様がガイヤに役目を与えられたとか、力をもらったとか言っていたはずで……。誰かガイヤって言う、別の人もいるのかなって」

 イオリが疑問を口にする。彼女には、ガイヤと言う名の世界のトップ的存在が、全てに指示を出しているように聞こえていたのだ。ジェイドはそれを聞いて、「あー、そうかそうか」とつぶやいた。

「イオリの世界には名前がないのか?」

「私達が生きてる星の名前は“地球”ですけど。それが世界の名前にもなるのかな?」

 自分で言いつつ、首をひねる。

「ふぅん。じゃあ、地球は意思を持ってねぇって事か?」

「意思? 地球が私達に直接何かをするって言うのは、ないですね」

 イオリは不思議そうな顔をした。



「この世界は、意思を持ってる」



「え?」

 ジェイドの言葉を聞き間違えたかと思ったイオリ。

「世界の名前はガイヤ。母なる大地とか、大地の神とか言われている。ガイヤは確かに意思を持ってるんだ。この世の生き物全てに、何らかの役目を与えている」

「役目……」

 ウルヴが言っていた事が繋がっていく。

「あのウルヴは、お前を迎えに行く役目を与えられたと言っていたな。世界を渡り、意思疎通の為の言語能力もガイヤからもらったと」

「はい」

 イオリは地面を見た。今、自分が足をつけているこの地がガイヤだ。意思を持っているなど、信じられない。

「不思議な事だが、本当の事だ。だからガイヤは神だと言われている。人間の理解を超える力をもって、自分を守っているんだ」

「自分を、守る――?」

 ジェイドは頷いた。

「さっき言ったろ。この世全ての生き物に、役目を与えてるって」

「はい」

「この世界で、命はガイヤが生み出すものだ。動物、植物、命ある者は全てな。ガイヤは魂一つ一つに役目を与えて、母親の元へ送る。まぁ、役目と言っても、自覚しない者の方が多いようだ。無自覚で与えられた役目をまっとうする者もいれば、全く気付かず役目を果たす事なく一生を終える者もいる」

「気付かない人もいるんですね」

「魂が器を得てこの地に誕生すれば、ガイヤはもう基本的に干渉しない。後は見守るだけだそうだ。悪人になっても、ガイヤ自身が更生させる事はない。そいつの人生はそいつのモンだ。良いも悪いも、自分が選択した道を後悔なく生きろって事だ」

 苦しい人生をガイヤのせいには出来ない。してはいけない。


(ガイヤに救いを求められないって事か。ある意味、スパルタな感じ……。でも、地球で生まれた私達も同じか。神様が全員の困難を救ってくれてるわけじゃないもんね)

 全員を救っていたら、大切なものを失って、傷付いて泣く人はいないだろう。


 さぁ、と風が頬をなでた。とても心地良い。

「だがまれに、その役目の内容をはっきり自覚する者がいる。そいつらは、ガイヤを守る為に生み出された特別な者なんだと。ガイヤは自分の危機を察知すると、その脅威に対抗する者を生み出すらしい」

「脅威?」

「この世界の裏側には、魔族の世界がある」

「魔族……」

 小説や漫画でしか聞かない単語だ。

「本当にいるんですか?」

「ああ。ガイヤは過去に何度も魔族に襲撃されている。その度に、魔族と戦う力を持った者が現れ、世界を救っている」

 イオリは、はっと気付いた。

「ウルヴ様が、私を襲って来たあの人から、魔力を感じたって言ってましたよね」

「よく覚えていたな」

 ジェイドは感心している。

「聞き間違いかと思ってましたけど、間違いじゃなかったんだ……」

「ああ。厄介な事になりそうだ」


「……」


 静寂が二人を包む。イオリはどう返事をすれば良いのか分からなかった。


「あっ、あの! ジェイドさんも、その役目を自覚してるんですか?」

「ん? あぁ、まぁな」

「どんな役目か、聞いても大丈夫ですか?」

 ジェイドはひざひじを付き、手にあごを乗せて、スッと視線を逸らした。

「“異界から来た奴の面倒をみろ”。そんな所だ」

「異界から来た奴って……私ですか!?」

「お前しかいねぇだろ。だから、お前が目の前に現れた時は正直驚いた。役目はコレかってな」


(うそ、やばい! ちょっと、いや、かなり嬉しいかも……)


 心臓がばくばくとうるさい。頬も熱を持ち出した。ずっと憧れていたジェイドの役目に、自分が関わっていたのだ。テンションが急激に上昇する。

「ジェイドさんは、特別な人なんですね」

「そんな大層なモンじゃねぇよ。少し、変わった力が使えるくらいだ」

「変わった力……。船で戦った時に、不思議な風をまとってた事ですか?」

「……よく見てたな」

 敵と対峙するジェイドを見た時、風が彼の周りに漂い、髪の毛を揺らしていたのだ。その風は、流れる事なくジェイドの側に留まり続けていたので、単純に不思議だと感じていた。

「あれは、魔法のようなものですか?」

「魔法?」

 ジェイドが眉を寄せた。少し怪訝そうな表情をしたので、イオリはまずい事を言ってしまったのかとギクリとする。

「お前の世界には、その魔法ってモンがあんのか?」

「いえ。本の物語の中だけです。不思議な力を使って、人を助けたり、敵と戦ったりするのを、私達は魔法って言います」

「魔族もいないのか?」

「はい。もちろん」

「ふぅん……」

 ジェイドは何やら考え込んでいる。

「あの、気分を不快にさせたのなら、謝ります……」

「いや、謝らなくていい。世界によって、とらえ方は様々なんだと痛感してただけだ」

「はあ……」

 どういう事かと疑問符が浮かぶ。すると、ジェイドははっきりと言った。



「この世界に、“魔法”というものはない」



「え?」

 イオリは目を丸くした。

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