第10話 由里とキンジが遭遇する

ヴィトーと文太ぶんたは、由里ゆりの夫である卓也たくやから、治療を受けていた。


文太ぶんたは治療中の俺を見て、挑発してきた。

「俺の方が強いだろう!信雄のぶおちゃん。」

このくそジジイ、息の根、止めてやろうか。

信雄のぶおと言っていいのは、この家族だけだ。次、信雄のぶおって言ったら、殺すぞ。」

由里ゆり達以外には、信雄のぶおとは呼ばれたくなかった。ヴィトーという名前が気に入っているという事もあるが、信雄のぶおの名は、由里ゆり達がつけてくれた大事な絆だ。他の者が、そう呼ぶのは、勘弁ならなかった。


自分と文太ぶんたの治療が終えた頃、二人の猫が敷地内に入ってきた。

「親分、ヴィトーさん、お客です。」

文太ぶんたの子分と一緒に来たのは、キンジだった。

有名な猫のキンジを知っているのか、卓也たくや由里ゆりに話している。

「ヴィトーも文太ぶんたも、何してんだよ?」

「このガキが、ケンカを売ってきただけだ。」

「・・・」

呆れた目で俺らを見るキンジだった。


その時、急に由里ゆりが叫んだ。


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卓也たくやは、叫んだ由里ゆりへ駆け出した。


由里ゆり!どうした!」

「・・・私・・・私・・・また精神科が必要になったかも。」

由里ゆり落ち着いて。」


俺は、小刻みに震える由里ゆりの手を優しく握った。


「今、別の猫が二匹来たでしょ。」

「ああ、米山よねやまさんのキンジともう一匹だけど。それが?」

「その内の一匹から、声が・・・声が聞こえるのよ。ねえ、これって幻聴でしょ!」

「猫から声・・・」


猫達の方を見ると、キンジじゃない方の猫は妻の声で逃げ出した様で、残っている三匹は、その場に動かず、こちらを見ていた。


妻は、事件後、しばらくは精神科へ通っていた。最近は、ようやく立ち直ってきたのに。

妻の顔に優しく触れる。


由里ゆり、大丈夫だから、落ち着いて。今度、先生に相談しよう。」

「・・・うん。」

「それで、何て言ってたんだ?」

「・・・【ヴィトー】【文太ぶんた】【何した】みたいな言葉が。」


キンジが、由里ゆりに近寄ってきた。


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由里ゆりとか言う人間は、俺の言葉が通じている。秋子あきこの時と同じだった。

由里ゆりに近づこうとすると、ヴィトーに止められた。

「おい、キンジ。」

「いや・・・ヴィトー。確かめさせてくれ、頼む。」


由里ゆりが、自分の声を聞いて、狼狽え、夫にしがみついていた。


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由里ゆり卓也たくやにしがみついた。


俺は、そんな狼狽えている由里ゆりを支えた。

「あなた、どうしよ、また声が聞こえるの。」

端から見て分かった。キンジが鳴くと由里ゆりには、声が聞こえる幻聴が起こっている。キンジを追い払おう思ったが、由里ゆりの締め付けが強く、動けなかった。

「【ヴィトー】【確かめる】って、何なの?」

「ニャー。」

「え!」

由里ゆりが猫と会話をしている様だった。本格的にやばい!俺は、キンジに向かって「おい!」と怒鳴りつけようとすると、由里ゆりから「ちょっと黙って!」と声が返ってきた。

由里ゆり・・・大丈夫なのか?」

「ねぇ。私、おかしくなった。・・・でもね・・・信じられない事、言っていい?」


正直、聞きたくはなかったが。


「どうした?」

「その猫が【俺の声】【聞こえるか?】って。」


俺の目には、キンジという猫が恐ろしい生物に映った。

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