……会えたら。

原田楓香

  ……会えたら。

 春が来た。

 光が透き通るようにまぶしい。緑は鮮やかに光を受けて煌めいている。


「よし。決めた」

 サナは、クローゼットを開けて、紙袋に入った荷物を取り出す。


 あちこちのお寺や博物館などの入場券やリーフレットなどが入っている。2つずつ。

 サナは、この一年、ずっとそれを、大事にとっておいた。


 先輩と一緒にどこかへ遊びに行くと、必ず、先輩は、入場料や拝観料を払ってくれた。そして、当たり前のように、受け取った入場券やリーフレットを、サナに渡した。自分の分も一緒に。

 始め、サナは、自分はカバンを持っているけど、先輩は持っていないから、入れておく場所がないからだと思っていた、だから、預かっているつもりだった。


 でも、半年間、ずっと、そうだった。

2人で行った場所が増えるにつれて、サナの手もとには、2つずつ、それらがたまっていく。

 先輩が、それを持って帰ることはない。

 そういうモノを取っておきたくないタイプなのか?

 それとも?


 あるとき、一緒にドライブ中、高速道路で、先輩がETCを使わなかったときに、サナは確信した。 先輩は、サナと出かけたことの痕跡を、自分の側には、残したくないのだ、と。

 

 バカだなあと思いながら、サナは、誘われると、ついつい出かけてしまう。

 ほんとにバカだなあと思いながら、渡された入場券やリーフレットを、大事に取っておいてしまう。2人分。

 

 人の少ない場所を、2人で手をつないで歩くのが嬉しくて。

 先輩が、笑いかけてくれると心から幸せで。

 彼からかかってきた電話をなかなか切れなくて。

 彼の話してくれた言葉を、何度も何度も反芻して。


 でも、この間、サナは、見てしまった。

 めずらしく、先輩から誘いのなかった日曜日、サナは、1人で出かけた映画館で、先輩と女性が並んで歩く姿を。

 2人は、額を寄せ合うようにして、スマホをのぞきこんでいた。そして、やがて、チケットを購入すると、映画館の通路を進んでいった。立ちすくんでいるサナには気づきもしないで。


 次の日、サナは、先輩と職場で顔を合わせて、いつものように、挨拶を交わした。

 すると、サナが何も言っていないのに、

「昨日は、ちょっと、昔の友人たちと会ってたんだ」

 言い訳するように彼は言った。

「よかったですね。素敵な時間だったでしょう?」

「うん。楽しかったよ」

 

 それ以上の会話はなかった。

 その日の帰り、先輩は、サナを夕食に誘った。


「君のことは、とても大事なんだ」

 彼はサナにそう言った。


 そのとき、サナは、あらためて、確信した。

 もう、彼の心の中に、私はいない。

 

 「大事」って言葉は、便利な言葉だ。

 好きでも何でもなくても、大事と言えば、なんとなく、相手を尊重しているように聞こえるから。

 

 そんなごまかしなんかいらない。

 好きじゃなくなったんなら、そんな、『大事』なんて言葉で、卑怯にごまかすなよ。

 はっきり言えよ。

 もう好きじゃないって。

 嫌いなんだって。


 サナは、心の中で、つぶやく。


 でも、先輩には、それを言えなかった。


 その日から、サナは、土日の、先輩からの誘いをはっきり断るようにした。

 プライドの高い彼は、3回断られた時点で、もう、サナに声をかけてこなくなった。


 サナの土日は、自由になった。

 あてもなく、先輩からの電話を待っていた日々から解放された。

 行きたいときに行きたいところに出かけていける。

 

 それでも、相変わらず、職場では、優しくてカッコよくて、頼もしい先輩は、みんなに人気があって、ついついサナも彼を目で追ってしまったりした。そして、楽しかった思い出を、サナは捨てきることが出来なくて、紙袋に入れた2人分の入場券やリーフレットは、ずっとクローゼットの中にあった。



 でも、今日、眩しい春の陽差しを浴びたとき、ふいに思った。

 捨てよう。

 もうすっきり、切り替えよう。

 そう思えた。


 そして、いつか、私のことを、

 「大好きだ」って言ってくれる人に、出会えたら。


 大事とかって言葉でごまかさずに、

 素直に、『大好きだ』って言ってくれる人に、……会えたら。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

……会えたら。 原田楓香 @harada_f

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画