短冊には書かないけれど

CHOPI

短冊には書かないけれど

「つかれたー……」

 仕事終わり。家にたどり着くなり、フローリングの上にそのままうつ伏せに倒れ込んだ。少しでもひんやりとした床を想像していたのに、残念ながらここ最近は部屋の中まで蒸し暑くなっているのが常なので、全くひんやりしない。じっとりと噴き出た汗が、おでこから床へ垂れていく。


 連日の蒸し暑さで削られていく体力。もとから体は丈夫な方で夏バテ知らずだけれど、そうは言ったところでダメージが無い、わけじゃない。倒れないし元気はあるけど、どうしたって疲れは溜まる。それに反比例して、色々なことに対してのやる気はなくなっていく一方で。


「あっちー……」

 夕飯作らなきゃ、と思うけど。全然身体が動かない。

「だめだー、このまま溶けてなくなるー……」

「んなわけないでしょ」

 背後から聞こえた低い声。私の一番、安心できる声。

「あ、おかえりー。ごめん私も今帰ってきたばっかり」

「だろうね。じゃなかったらこの部屋の籠った空気、説明つかない」

「おー、なるほど」

 感心している私を横目に、倒れている私のことを軽々とまたいだ彼は、そのままベランダに続いている大きな窓を開け放つ。目でその姿を追いかけると、帰りにスーパーによってきたんだろう、手にはビニール袋がぶら下がっている。

「まだ今日は風があるから、しばらくしたら空気も少し軽くなるでしょ」

 彼のその言葉通り、優しい外の風が流れ込んできた。カサカサとビニール袋が風に揺れる音がする。

「あー……いい風……」

「ほれ。少し休んだら、夕飯の準備しよう」


 彼と私は正反対だとつくづく思う。そう感じるのは、例えばそう、今日みたいな日。

「さーて。今日は何の日でしょう?」

「え、なんかあったっけ?」

「駅前とか、結構飾り出てなかった?」

「んー……?」

 季節の行事、小さな時間の流れ。彼はそういう物を当たり前のように大事にしている。私はと言えば、そういうことに疎い上にズボラだ。だから彼と出会うまでは四季の感じ方なんて精々『暑い』『寒い』『ちょうどいい』くらいの認識しかなかったんだけど。

「……ほんと、こういう季節の行事、疎いよな……。今日は何月何日?」

 そう問われてスマホ画面を見る。

「7月7日。……七夕?」

「いえす。ってなわけで、ちょっと暑いけど、そうめん茹でるぞー」


 大きな鍋にたっぷりの水を張る。強火で沸かしているうちに、キッチンの温度はどんどん上がっていく。彼と二人、暑い暑い言いながら、私は薬味を切って、彼は果物の缶詰を開けて、各々準備をしていく。

「ネギ、しょうが、ミョウガ……、ほんと薬味大好き。サイコーすぎ」

「そうめんっていったら、薬味ありきでしょう」

「よくわかっていらっしゃる! 流石です! ……で?そっちは何作ってるの?」

「キンキンに冷やしたサイダーでフルーツをひたひたにして、さらに冷蔵庫で冷やす。冷たさに追い打ちかけまくる」

「え、なにそれ、絶対美味しいじゃん」

「な。小学校の時にサイダー入りのフルーツポンチ好きだったなって。だけど作り方よくわかんないし、今日は手抜きしたかったし、とりあえずサイダーにフルーツ沈めたら美味しいかなって」

「神様かな」

「もっと褒めてくれて良いんだぞ」

「ごめん、褒めたいけど私の語彙力が追い付かない」

「仕方ないなー……」


 お湯が沸いたらそうめんを適当に茹でる。氷をこれでもか!というくらい入れた容器にそうめんを浸してようやく完成。

「今日は窓辺で食べよ」

「おー、いいね」

 二人しかいないし、そうめんと薬味とつけ汁、それに小さなフルーツを入れるカップくらいなので、小さなお膳を窓辺に出して準備をする。お膳を挟んで二人、窓辺に並んで座る。

「「いただきまーす」」

 彼と二人で一つの物をつつくことも、もうだいぶ慣れたな、なんてどうでも良いことが頭をよぎる。

「ミョウガ、うまー」

「しょうが、さっぱりしていいな」

 お互い聞いているんだか、いないんだか。だけどそれがちょうどいい。

「星、少ないけど見えて良かったねー」

「俺は冬の方がキレイに見えるからいいかな」

「七夕の話題、ふっておいてそういうこと言う?」

「ごめんごめん、野暮だった。忘れて」

「別にいいけど」



 来年もまた、空を見上げながら彼と二人。

 くだらないこと言いながら、一緒にいられますように。

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