"The missions to expel GAHHA" episode4 Final part
環那が何かひらめきそうな気がしたその時、急にリポーターが別の話を始めた。やたら唐突な切り替えだった。
『ところで屋楽瀬さん、思ったんですけれど』
『はい何でしようか?』
『なぜ奇構獣は、このタイミングで、しかも五体同時に現れたのでしょうか? 同じ型ですよね? 弱点もバレてるわけでしょう?』
『それはまさにバレてしまったから、ではないかと』
『と申しますと?』
『この先、GAHHAにとってイヤーンIV改は戦力にならないわけでしょう? だったら、まだ日本側の対応が鈍いうちに、せいぜい飽和攻撃狙いで、戦果を上げられるだけ上げようとしたんじゃないでしょうかね。使い捨てるつもりで』
『あ、つまり、今日やっつけられるのは覚悟の上、ということでしょうか?』
『そうですね。というより、この際不良在庫を一掃したかったのかも知れません』
『なるほど。日本側からすると、ある意味、この先の戦闘は楽勝が見えているんですが、そういう出来レース自体、もう二度とないことかも知れない、ということですね?』
『全くその通りです』
(こ、こいつらっ!)
今度はさすがに環那も気がついた。おそらく、他の関係者達も。多分、リポーターの方はとっくに気づいていて、こんな煽るようなネタをわざわざ披露した、ということか?
『あっ、今、正面口付近で新しい動きが! 玄蕃さん、確認できますか?』
そこはかとなく白々しい口調で、リポーターが実況に戻った。
『はい、現場担当のゲンバです。先ほど、Q市防衛対策事業本部長が、明日輪店長に「オークションの参加は個人でもできるのか」と尋ねまして、店長は「問題ない」と答えました。本部長はその場で参加を表明、本気で対怪獣用カートリッジの落札に参加するつもりのようです!』
『えーと、それはつまりQ市の防対事業本部が、市庁舎の防衛事務局と袂を分かつという意思表示と?』
『そうですね。市庁舎がどう出るかは分かりませんが、この状況は、上層部に見切りをつけた現場サイドが独立宣言したようなものでしょう』
『いったん元の鞘に収まりかけた市庁舎と防対事業本部ですが、どうやら再決裂ということでしょうか。でも、最低でも六百万でしょう? あれ、そう言えば本部長は「個人」って言ったんですよね? あの人って、そんなにお金持ちな方では』
『さあ、そのへんは私どもはちょっと……あ、本人がそちらへ向かったようですが』
『えっ!?』
画面が急ぎ切り替わり、リポーター達のすぐ前を歩く事業本部長を映し出す。マスコミには目もくれず、まっすぐ近寄っていったのは……キューボウの機体横に立っていた護荘大慈の元だった。大慈が顔を輝かせた。信頼しきっている親を見つめる子供のような顔で、本部長を迎え入れる。
『本部長、あざーっす。これで、また町を守れますっ』
すでにカートリッジを落札して、自分に託してくれた後みたいな言い方で大慈が礼を言った。対面する本部長は、それには答えず、
『おう……すまねえが、金、貸してくんねえか?』
『……はい?』
『ちょっと六百万には足りねんだ。貸せるだけでいい』
大慈がちらりとカメラの方向を見た。「現ナマがあるんなら自分で買う」と大見得を切ったばかりである。
『あ……はい、貸せるのは大した額じゃないっすけど』
『いくら?』
『ええっと……に、二十万ぐらいなら』
『上出来だ。感謝するぜ』
呆れたことに、その場でスマホを取り出して、二人はほんとに現金のやり取りまでやってしまった。笑みを浮かべた本部長に肩を叩かれて、大慈も口元をニヤけさせる。
『いや、自分で使う道具っすから、そんなことは当然――』
『すまねえが、そこはそうじゃねえんだ』
『はい?』
先ほどからリポーターは妙に静かだ。環那も息を詰めて、カメラが捉え続けている二人の会話に聞き入った。まさかとは思うけど、この本部長――。
『あの瓶のジャコは、俺が使う』
大慈が小さく首を傾げた。
『次の攻撃は、インターセプターでなくてもいいってこった。軽トラで運んで、車載クレーンとかでも怪獣にぶつけさえすれば』
(やっぱりぃぃぃぃぃっ)
環那は全身から汗がブワッとにじみ出るのを感じた。画面の大慈は沈黙したままだ。本部長が自分に何を頼んで、どういう意志表示をしたのか、にわかに飲み込めないままでいるようだ
だが、今や駐車場全体が大きく反応していた。
そう、とろみジャコの瓶詰めなんて代物、わざわざ邀撃機を使って投げなくてもいいのだ。
自動車でも、バイクでも、何なら走ってでも。
ただ奇構獣にぶつけさえすれば。ターゲットが頭である必要すらない。攻撃先がつま先でも効果はあるだろう。
そして、何よりも決定的なのは、こんなアホなやっつけ方は「今回限りかも知れない」ということ。
これだけの条件を理解できた人間が、実行力とそこそこの財力があった場合、起きることは何か?
『おやおや? これはどうしたことでしょう? 店長の元へ、何人もの人が寄っていってますが……玄蕃さん?』
どこまでも涼しい顔を通すリポーターに、環那は今や怒り心頭だ。この、マッチポンプの、炎上工作人めが!
『はい、ゲンバです。どうも、個人の資格でオークション参加を決心した人が、次々に名乗りを上げているようです。ちょっと話を聞いてみましょう。おや、こちら、なかなかクリエイティブな装いの方でいらっしゃいますが、失礼ですがお勤め先は?』
『あ、はい、ガーディアンQでデザイナーやってますっ』
「おいいいいいぃぃぃぃ!」
環那が泣きそうな声で突っ込んだ。
『ええ、蓄えは少々ありますんでっ。ソロで怪獣倒せるかも知れないんですよ!? ロマンでしょ! ここは参加の一択です!』
カメラに向かってびしっとサムアップサインなんぞかざしてみせる、県防関係者。何でこんな単独行動が出来てしまうのか、と疑問に思う
なんだか、ほんの数分で日本の防衛政策がどんどん崩壊していってる気がするのは何でだ?
「何を頭抱えてるの、環那ちゃん?」
リビングに寝っ転がって韓ドラを流し見てるおばちゃんのような口調で、関本が言った。
「まあ、こういう日はしょうがないんじゃない? ドン・キホーテやりたい人達に、花持たせてあげたら?」
かっと視線を上げて、テンパった口調で反論する環那。
「確かにこんなイレギュラーな事態は今日限りのはずですけど、今後の影響がどうなるか、全く見当がつきません! こんな、歩兵一人でも奇構獣と戦えるもんかも知れない、なんて世間が誤解するようになってしまったら――」
世の中バカばっかりだから、という言葉は呑み込んで、不意に気づく。まさか、GAHHAはこれが狙い?
「それに、インターセプターはやはり必要ないとか言われだしたら、各防衛機関への信用はダダ下がりになりますし、予算問題なんかでムダに混乱するようになったら――」
やはりそうだ、と胸の底が冷たくなる。全部狙ってた。GAHHAは。何考えてるの? 邀撃機を政治的工作で排除して、一方的な侵略に切り替えるつもり?
だめだ、こんなドタバタ、なんとかして抑えなきゃっ。
不意に外の風景が歪んだような気がして、環那は目を凝らした。足元は揺れていない。状況はすぐに判明した。覚元が急に動き出して、スーパーの正面口へ腕を突き出すようなモーションに入っている。仁の意図を正確に察して、環那はただちに妨害行動に入った。
「ちょっと、オダジン!」
『分かってるはずだろう、音灘君はっ』
独り言のつもりで声を出したのに、仁からは即座に返事が来た。ケータイがつなぎっぱなしだったのだ。もしかしたら、さっきのこの場の会話を聞かれていたのか。
『この状況はまずいっ。今のうちに、強引でもあのカートリッジを強奪して、このまま戦闘に向かえば!』
「いやっ、ちょっと、落ち着いてよっ。そんな無茶、オダジンらしく――」
『もうそれしかないだろう! 上もそれで納得する! 事態が切迫してるんだ、世論も支持するはずだ!』
「そうかも知れないけど、放送なんか入ってる中でそんなことしたら――」
覚元 vs 県タロス。ついに勃発したインターセプター同士の格闘戦である。だが、二機のインターセプターがマニピュレーターをぶつけ合い、火花を散らして……などという場面には全くならなかった。精密機械は衝撃に弱いのだ。環那も仁もその点はわきまえているから、実際の格闘は構えのポーズで牽制し合うだけで、衝撃などとは無縁の代物だ。
『さて、上級公務員ずがようやく重い腰を上げたようです。このままどこの馬の骨とも分からない民間人に、怪獣を撃破されてはたまらないということなのか、やっとのこと、オークション参加に前向きな……』
加えて、差し渡し十メートル近くの腕を慎重に振り回してるもんだから、格闘行為そのものが、人間の感覚ではめちゃくちゃスローな動きになる。どれぐらいスローかと言うと、共に片手パンチを繰り出し合うだけで、実況中継のトピックが一つ終わってしまうほどの。
『おやっ? そのセレブ役人グループに、さらなる動きですっ。自治省と県とQ市が? おやおや、リーダー同士、額を寄せ合ってますねー。これは談合? もはや親方日の丸の余裕もなくしたお役人たちが、昨日の敵は今日の友、連立して入札に加わろうというのでしようか? むう、こうなると窮鼠となってもやはり官製防衛軍、ダントツで落札の主役となる可能性が!? これはちょっと、当事者の声も聞いてみたいですねー。可能でしょうか?』
『はい、現場追っかけ担当の玄蕃です。えーと、こちら市立防衛軍情報調査課のエリート課長さんでいらっしゃいますが、何かひとこと――』
『じゃかぁっしゃああぁぁぁぁ!』
4L女性が振り向いたはずみに、肩だか腕だかに弾かれたらしい。画面が激しくシェイクし、遊軍記者の恐れおののいた悲鳴とともに、映像が元のレポーターに切り替わった。
『なかなかシビアな話し合いのようですね……えーと、ところで、さっきからインターセプターが妙な動きをしてますが……ありゃなんでしょうねー、日舞か、太極拳か……覚元と県タロスが対面で稽古をつけあっているような……いかがですか、屋楽瀬さん。……屋楽瀬さん?』
『……ヤラセです。こちら、入札の申し込み窓口に来ております』
『あ、取材中でした? ではそちらの――』
『こちらではここに至って、個人参加でエントリーした民間人に合従連衡の動きが出始めました。連立する構えの官製防衛軍に対し、団結してパーティーを結成してやろうということのようです。非力な民間人の手で怪獣を倒すために!』
『あ、そ、それは、エキサイティングなお話で何より――』
『そういうわけで、男、屋楽瀬熱造、ただ今より集団闘争に参加してまいります!』
『ええええええーっ!?』
さっきからスマホ画面が騒がしい。が、環那は目下の覚元の動きが気になって仕方ない。タイミングを見計らって県タロスをすり抜け、ダッシュで飛び出しそうな、でもフェイントのような。結果、こちらも全身を使った牽制行動を取らざるを得ないのだ。
何だか苦しい。気が抜けないのにモーションのスパンが恐ろしく長くて、息と集中力が続かない。ちょっと、少し、頭が……。
『ちょっと、屋楽瀬さん、まだ放送中――』
『ずっと……ずっと夢見てました。勇者となって、巨大なドラゴンと戦うことを』
『あの、すみません、戻って――』
『千載一遇のチャンスなんです! どうか止めないで! そして、みなさんも僕を応援してください!』
『いやちょっと、払った分の仕事は!?』
なんだろう、どうも駐車場全体が異様な空気だ。元々大混乱に始まって波乱続きだったのが、またステージを一つ上げたような感触。オダジンとここでこのまま小競り合い続けててても、風景の一部として普通になじみそうな……これは……
『ええっと、もう間もなく入札が始まる時刻ですが、正面口の様子はどうでしょうか? 玄蕃さん? あれ、つながらない? 他の記者も? 変だな? それにしては、やたらとカメラ持った人の数が増えてるような……あ、あんたっ、なんであんたがここに! ちょっと、ここ、あたしのシマ! 何よ、今さら!
カオスだ。鬼も羅刹も、愚者も妖怪も強者も弱者もごった煮になった、特大のカオスが来てる。なんだかほんとにぼうっとしてきた。いったい私はここに何しに来たんだっけ?
ふと見ると、駐車場の東端では、キューボウの横で大慈がなおも茫然と突っ立ったままだ。珍しくヘルメット姿で、でも誰からも見向きもされないで。その傍らから、リノ先輩一人だけが何か色々なぐさめの言葉をかけてる様子。
『あ、玄蕃君、なんでっ!? いつからこいつのクルーなんかにっ。ああっ、ここ、あたしが最初に現場入りしてここまでセッティングしていい空気に仕上げたのにっ。て、てめーらっ、来るんじゃねーっ! 儲けネタに化けそうだと見えた途端、横から集団で押しかけやがってっ! 仁義ってものを知らねーのかぁ! クズども! カスども! こ、この――』
そうか、と仁の三十秒がかりの左フックをやっとのことで避けながら、環那は納得した。私たちはすでに負けたんだ。でなければ、こんなにパイロット三人、やりきれない気分の中で、やけくそみたいな感情の中で、倒れそうな意識の中で、こんなバカな時間を過ごしていたりはしない。
誰が担当か知らないけど、多分、この後、奇構獣には勝利できる。稀に見る大戦果を上げられる。でも私たちにとって、今日のこれは敗北だ。誰に? うん、それはおそらく、このカオスの背後に何人もいて、きっとここを観ながら高笑いしている、世界の真の敵。すなわち。
『金の亡者どもがぁぁぁぁ〜〜〜〜!』
月曜午後二時、「左反田」のマネージャー室。リノは休憩に入ると称して、例によって本社へ報告を上げていた。
四日前にはさんざん理不尽な檄を飛ばしていたブライアンだったが、今日はすこぶる上機嫌だ。自分の受けたミッションが成功判定になるとは全く思えなかったリノは、目をぱちくりするばかりだった。
「ええと……いいんですか? 私、結局何も大したことは」
『カバー先の店の収支を改善せよ、というのがこちらからの指令内容だ。どこが問題なのかね?』
「いえ、でも、それってGAHHAの利益じゃありませんし……それに、私が店を立て直したわけじゃ」
『不渡りは回避したんだろう? むしろ先日のドサクサ商売で、空前絶後の利益が出たと聞いたが』
「それは、その通りですが、そういう悪辣……ええと、機に聡いセールスを手配できたのは、全部店長の功績ですから」
『だが、その前段階として少尉が奇構獣を倒さなければ、そういう話にはならなかった』
「いや、でも、あれはほんとうに……偶然……」
『鷹東司少尉』
相変わらずのヘヴィメタ仕様で対面している中佐だったが、その表情はいつになく穏やかで、いつもより数段理解のありそうな上司ぶりがにじみ出ていた。
『今回、君は立派に喫緊の懸案事項を処理できた。その事実は、上層部も十分評価している。もっと我々の判断を信用しろ。そして、自分自身も信用しろ』
「はあ……」
消されると勘違いして脱走計画を実行していたら、巡り巡ってオールラッキーになっただけなんです、とはとても説明できない。
「でも……でも、貴重な侵略兵器を六体も……それも、ボロ負けみたいな戦闘記録まで残る結果に……」
『それは君が責任を取るべきことではない。いいから、もっと胸を張れ。これまで通り、現地工作員としての職務に励みたまえ。GAHHA本社も、それを望んでいる』
「は、はい……」
なおも首を傾げつつも、リノが通信を切りかけたところで、『ああ、ところで』と何だかわざとらしく、ブライアンは引き止めた。
『明日輪さんは元気かね?』
「え、店長ですか? 元気と言えば元気だと思いますけど……あれからどういうわけかメディアから逃げ回ってるみたいで、あんまり顔を合わせる機会がなくて」
『そうか。ちゃんと礼は言ったのかね?』
「え、お礼?」
『結果的に、ボロを出しかけた少尉をかばってくれたのだろう? まあ、本人がどういうつもりであんな破天荒な行動を取ったのかは知らんが』
確かに、リノの不審な行動は店長のおかげで全部説明がついてしまい、その後だって当局から何も言われていない。けど、あのネットのフェイク記事は何だったのか。リノ自身は疑問だらけなのだが、結局偶然がうまく重なっただけということだろうか。
「あの人は、単に金稼ぎの大チャンスだと思っただけでしょう」
そこだけはいやに確信ありげに言い切るリノである。
「……まー、そうですね、確かにそのハチャメチャぶりのおかげで助かりましたから……顔を合わせられたら、ひとことぐらい言っておきます……でも、なんで中佐がうちの店長のことなんか、気にするんです?」
『ああ、まあ…………その、なんだ、なんだか私とは気が合いそうな人に思えたものでね』
「あー、それはその通りかも知れませんねー」
屈託なくカラカラとリノの笑う声が、せせこましいマネージャー室の空気を震わせた。
通信を終えると、ブライアン中佐は当てつけのように大きな大きなため息を吐き出した。
「ほんっとになんも気づいてないのかっ。まさかとは思ったが、ありゃ本物だなっ。工作員としての資質が改めて疑わしくなる――」
「でも、やってくれたじゃないですか、彼女」
中佐の隣で、一人の女性が落ち着いたコメントを返した。側近のように寄り添っている、理知的な佇まいの中年女性。たった今のリノとの通信も、存在を隠してずっと中佐の背後で見物していた様子だ。
「おかげさまで、侵略プランも進捗率三〇〇パーセント達成。何の冗談ですかって言いたいところね。ほんと、人事部のプロファイリングがここまで的中するなんて。〝先天的にカオスとミラクルを引き寄せる体質〟。――ほんとに使えるわ、あの子」
「……ま、本社がそういう判断なら、ケースオフィサーごときが口出しするところはありませんがね」
いくらか丁寧語になって中佐が頷き返す。
「確かに、これで奇構獣も新陳代謝が進みます。遊びで設定しやがった自壊機構を抱えたままのモデルを、やっとのことでスクラップにできて、しかもこちらの経費はゼロですからね。だぶついていた兵站もすっきりしそうだし、ダレ気味だった設計開発部にはいいプレッシャーになるでしょう」
「そして、日本の官僚たちも、今後は相応の緊張感を持って二十メートル級軍用ロボット開発に向き合うようになる。いいことずくめじゃありませんか?」
「そうおめでたく解釈していいんでしょうかねえ。本当に民間の防衛組織が台頭してきたらどうするんです? この前のアレ、なんとか最後は官製防衛軍が面目保ちましたけど、マジで気勢上げてるやつら、結構出てきてるって話ですよ?」
「それは潰します。官僚は自在に操れるけど、企業はただの敵にしかならない。GAHHAの邪魔よ」
こともなげに女性が言い切った。一瞬鼻白んだ中佐は、やれやれ、と肩をすぼめるアメリカ式のジェスチャーをして、天を仰ぐ。
「あんまり強引な手ばかりだと、そのうち反動が来ますよ」
「その反動すらも我が社は織り込み済みです。だてに半世紀以上、この国と付き合い続けてきたんじゃないから」
「なるほど。本部のニッポンしゃぶりつくし計画は順風満帆ということですか」
いささか皮肉っぽい語調で返して、ひと呼吸置いてから、ブライアンが女性に向き直る。
「ところで准将」
「元准将よ。何?」
「予備役扱いでも現場で仕事してるんですから、准将です。ええかげん、役割交代しません? 今回、ヘンに露出が多くなってしまったし、私、しばらく雲隠れしますんで、准将がこの店でも店長に昇格ってことで」
「副店長があんだけ頑張ってるのに、部門チーフがいきなり店長ってのは無理でしょ。それにどのみち、これからこの『左反田』も情報戦のホットスポットになっていくから、雲隠れなんて許しませんよ」
「いや、しかしですね――」
「まさかの時は先日のように、私がサポートに回ります」
立ち上がり、店長室のドアへ手をかけながら、関本は言った。
「それまで、せいぜいぐうたらな変人店長の役、しっかり勤め上げてください。ただし、今後の商品発注は、自分で責任取ってくださいね。先日は結局少尉の力で後始末できましたけど、次は知りませんよ」
売り場からのヘルプ要請にインカムで答えながら、扉の向こうへ消える関本青果部チーフ。そこはもちろんシアトルのGAHHA本社などではなく、日本国Q市のスーパー「左反田」バックヤードの一角である。
「商品発注……?」
きょとんとした顔で、中佐が視線を斜め横に向けた。自分も席を立ち、店長室から売り場に向かいつつ、三十秒ぐらい歩いてから、ようやく、ああ、と思い当たったように、
「そか、大間賀水産の……あれ? もしかして今回のこれって、全部私の責任?」
ひとりごちながら扉を開けると、そこはお客がにぎわっている売り場だ。関本が、おばちゃんA・B・Cが罪のない客に見切り品やセール品を押し付け、アルバイトの護荘大慈が色の悪い野菜を手に音灘環那とやり合っている。少し先では、疲れたような目の小鯛仁に、何が嬉しいのかやたら明るく話しかけている鷹東司リノの姿も。
世はなべてこともなし。そんなフレーズがつい口をついて出そうになる。現実はそんなもんじゃないのは分かってるが、この「左反田」の風景があるうちは、不思議と何もかも大丈夫だ、と思えてしまうのだ。彼女のような、根っからの裏世界の人間でさえ。
自然とほころんだ口元で、明日輪若美=ブライアン中佐は言った。
「ま、いいか」
――後に「GAHHA大戦」と呼ばれる地球規模のせめぎあいが日本で始まって、まだ三年とちょっと。混迷の時代を制するのはどこか。戦いに勝利するのは誰か。世界の未来は、未だ何者にも予見できないままであった。
「GAHHA撃滅作戦第四話『生ジャコと怪獣』」 完
GAHHA撃滅作戦第四話「生ジャコと怪獣」 湾多珠巳 @wonder_tamami
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