【完結】婚約破棄ですか?妹は精霊の愛し子らしいですが、私は女神ですよ?
かずき りり
第1話
それなりに平和に暮らしていた……筈だった。
数年前までは。
「やめて!それは返して!」
「やだ~お義姉様、こわ~い!良いじゃないの、これくらい~」
大切に仕舞っていた葉と蝶のモチーフとなった台座に輝いているルビーのブローチ。
それを何故か義妹のシャラが自分の身につけている。
思わず取り返そうと手が出そうになったけれど、何かあって繊細な台座が壊れるのは困るから、何とか言葉だけで懇願する。
「それは、お母様の形見で……っ!」
「何?まだあんな女の物を大事に取っておいたの?それは私に対する嫌味かしら?」
「お義母様……」
言い争う声でも聞こえたのだろうか、現れた義母は厳しい表情をしている。
嫌味……そんな事ない。けれど後妻的には前妻の物が残っているのは嫌だろうと、ずっと隠すように仕舞っておいたのだけれど……。
それでも、やはり実母の形見というのは、大事に取っておきたいのだ。
「お母様!これ私の方が似合うわよね~?もう私のものよね」
「シャラ!」
得意気に言い放つ義妹の名を呼んで牽制するも、義母はその顔を歪めて嫌そうに言葉を放った。
「むしろ捨てなさい。そんなもの」
「は~い」
「やめて!」
思わずシャラに縋ろうとした私だが、その手には問答無用で義母から扇が容赦なく振り落とされた。
「痛っ!」
「愛し子に気安く触るんじゃない」
冷たい視線。
シャラはこちらを見て、くすくすと笑っているだけだ。
……私の大事な物を何だと思っているのだろう……。
「シャラ、あなたにお似合いのブローチを買いに行きましょう。そんなものは、とっとと壊して捨てましょうね」
「ありがとう!お母様!」
……壊す。
……もう、そんな言葉を聞いても縋る気力もなく、私の心も更に壊された気がする。
一体、私を何だと思っているのだろう。
『女神様、大丈夫?』
『雨を降らせてやろう』
『恩を仇で返す、醜い女だな』
――いいの。
そう、精霊達を止める言葉をかける気力どころか、気持ちすら微塵も浮かばない。
……好きにしなさい。
優しさが、どんどん減っていくのは自分でも自覚していた。
「……愚かな……」
ポツリと呟いた声は、二人に届く事はない。
少しくらいの雨であれば恵の雨程度だ。誰も困る事はないだろう。
あんな足元にある小石程度の二人より……私は、この国が大事なんだ。だからこそ、第一王子の婚約者として、この国の未来を守るという目的がある。
◇
ここ、ミシェル王国は神に愛された国とされている。
女神が人を愛し、その男が女神と共に作った国、それがミシェル王国だ。
実際、この国に不作というものもなければ、自然災害というものもない。毎年豊作で、雨風に怯える心配なんてなく、心穏やかに豊かな暮らしをしていけるのだ。
それは、女神を慕っていた精霊達が、今もまだずっとこの国を守っているからと言われている。
この土地が欲しいと近隣の国が攻め込んできたとしても、絶対に落とされる事はない。天候がミシェル王国の味方をするから、何故か攻め込んできた兵士達は土砂に巻き込まれたり、雨で流されたりなどするからだ。
ミシェル王国に辿り着いた頃には兵力は半分以下、しかも皆疲弊している状態だったりする。
その為、人々は皆、精霊に祈り感謝をし、日々暮らし生きている。
そんなミシェル王国は、初代国王と女神との間に二子をもうけたとされている。
第一子である男児は、次期国王として王族の血を繋ぎ、第二子である女児は、この国唯一の公爵の位を貰った。
唯一の公爵家は、王家と共に代々続く女神の血筋。それが、我がターナー公爵家なのだ。
そんな我が公爵家と王家との間で婚約が結ばれたのは、側室に王子が生まれた事に焦った正妻である王妃が、自分の子どもが立太子する基盤を固めようと無理に押し通して、第一王子であるアーロン・ミッチェルと私、リタ・ターナーとの婚約を私が五歳の時に決めた。
……私は、それでも良かった。
政治の発言力とか、権力の傾きとか、そんなのはどうでも良い。
……ただ、愛する人と作った国の……愛すべき子孫達が、豊かに暮らしていけるのであれば……それだけで良かった筈なのに。
「あーもう最悪!雨が降ってくるなんて!」
「今度からは商人を邸に呼びましょう」
買い物から帰ってきただろう二人の不愉快な声が聞こえる。
『ざまぁみろだ』
『女神様を蔑ろにするからだ』
手のひらサイズの人型に羽が生えた姿をしている精霊達は、私の周りを楽しそうに飛んでいるが、人の目に見える事はない。
私が精霊を認識する事が出来るのは……私が女神の生まれ変わりだからだ。
「二人共、大丈夫か?今日はゆっくり家族団らんで食事でもしよう」
父の声が聞こえてくる。
今日は早く仕事を終えたのだろうか。
「あなた、リタはまたシャラをいじめたのよ。罰として呼ばなくて良いわ」
「そうか」
義母がそう言えば、父はそれ以上言う事もなく、私も呼ばれる事はない。
『腐ったな、ターナー公爵家も』
『女神様の血筋を何だと思ってるんだ』
『それでも女神様の家族だから大事にしていたのに』
私以上に憤りを感じている精霊達が、更に雨を降らせ、雷を鳴らせる。
「……国を……民を困らせるような事はしないでね」
私の言葉に、精霊達は返事をする事はないが、不満そうな顔をしながらも雨を弱らせていく。
恩恵程度の雨ならば必要だけれど、それ以上は必要ないのだ。
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