第7話
私が人間の元へ行くと決めた時、父は悲しそうだが……愛おしいといった目で私を見つめ、放った言葉だ。
……今も、まだ尚、私の幸せを願ってくれている……。
嬉しさに涙が溢れそうになった。
幸せを願ってくれている人が……こんなに愛してくれる人がいるのに、私は私をぞんざいに扱う人達に慣れていた……。
私が私自身を大事にしていなかったのだ……。
「……リタ……?」
テオの手を取り、その顔を見つめる。
テオと、居たい……。
「……守ってくれる?」
「勿論」
即答するテオに安堵を覚える。
言葉にしなくても、テオは守ってくれると信頼出来る。それは、周囲が敵でも私を守ってくれた今の現状が証拠となる。
『この国以外に行け』
ぶっきらぼうに神が言い、その言葉にテオは頷く。
『もうこの国に精霊の祝福はない』
キッパリと言い放った神の言葉に、周囲の人間が悲鳴を上げ、発狂する。
「何故リタ嬢を大事にしなかった!?」
「お前らのせいだ!」
また、責任転嫁の声が響く。
……まぁ、家族を大事に出来なかったというのは事実でもあるけれど。
ターナー家のせいにする声。
王家のせいにする声。
王家は王家で怒鳴り合い、ターナー家はターナー家で修羅場のように喧嘩をしている。
その隙に私はテオに手を引かれて走り出す。
気が付いた人達に引き留められ、懇願され、泣きつかれそうになりながらも、それを精霊達は守ってくれた。
『……また』
私達が協会の扉があっただろう場所から外に出る瞬間、神はそれだけ言って消えた。
――神の魂は消えない――
――また、会おう――
人の間に転生する事となっても……私と父の間に種族の差が生まれたとしても……父は前もそう言ってくれた。
また、会える。
会いにきてくれる。
……私が私をぞんざいに扱ってはいけない。
心新たに、私は前を見る。
そして走り出す。
どこか自己犠牲に酔いしれ、皆を守るという事に固執していたと思える。
そこに自分の幸せを見出していたのだろうかと、振り返ってみると疑問すら浮かんでくる。
でも今は……テオの背を見つめながら思う。きちんと、自分で選び掴み取ったと胸を張って言えると。
◇
テオに言われ、隣国へやってきた。
……やってきたまでは良かったと思う。
慣れない野宿もあったけれど、ロクな貴族生活とも呼べなかった私としては苦にもならなかったし、何よりテオが不自由しないようにと色々準備したりしてくれたのもある。
そして、火を起こしたり水を汲んだりなんて事は精霊達が喜んで手を貸してくれたのだ。
問題はそこじゃない。隣国の王都につき……まさかの事実に私は驚いている。
人間に対し、何も考えない愚か者、なんて言える立場にないのではないかとまで思えている。
「殿下!」
「おーい!殿下が返ってきたぞー!」
「殿下ー!やっと帰ってきましたかー!」
「隣の女性は奥様ですかー!?」
確かに深くは聞かなかった。
それに貴族ではあるだろうと思っていた。だってミシェル王国第一王子の護衛騎士をやってたわけだから……と言っても、どこの誰が隣国の王子を使うと思う!?
王子が王子を護衛に置くなんて……国際問題に発展してもおかしくないのに!?
というか、どうして民がこんなに慣れ親しんでいるのだろう。
衝撃の事実と疑問符が私の頭を埋め尽くす。
「いや、俺放浪してたから」
なるほど?
だから貴族らしくなくて、こうやって民と仲が良いと?
どんな王族ですか?
人間に混じった女神が言うものではないと思うけれど……?
『女神様に似てる~』
『身分差とか関係ないの~』
からかうように精霊達が口々に言い出す。
人から言われると恥ずかしいのだけれど……。
「まぁ……放浪してたから民に顔は知れ渡ってんなぁ……王子ってガラでもないけど」
そう言いながら、テオ自身が持つと言う邸へ向かうと、執事や侍女たちは涙を流し歓迎していた。
静かに後ろを付いて行き、サロンへ入ると私はさっそく口を開いた。
「……どういう事?」
「あー……」
流石に何の理由もなく、国際問題になりかねない他国の王子へ仕えるなんて事はしないだろう。
実際、私が居る間に隣国と揉めたなんて事は一切ないのだ。
「実は俺、第三王子ってやつでさ……」
ポツリポツリとテオが話始める。
第三王子、つまり微妙な位置だろう。
順当に行けば第一王子が王位継承第一位。第二王子はスペアと言ったところだ。余程、優秀だとか力量に差があるとかでなければ、特に意味を持たない微妙な位置づけ。
「どうせ3番目だしって事で、自由に生きようと思って王位継承権を放棄して放浪しようとしたら行き倒れたんだよね。……そこをリタに助けられたんだけど」
「……七歳で放浪……?」
「むしろ七歳だからこそ、そんな無謀な事を考えた上に実行するんじゃね?」
テオはあっけらかんと言うけれど、こちらは驚きしかない。
いくら王位継承権を放棄したと言っても、王子が七歳で放浪出来るなんて……。
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