第6話

「殺せ……殺せ殺せ殺せ!この魔女が!悪魔が!!」

「人ではないわ!女神像を壊したのも、お義姉様ね!!」


 私の豹変に対し、狂ったように叫ぶ殿下と、全ての罪を私になすりつけようとするシャラ。

 本当に醜い。人間はここまで醜くなってしまったのか。

 そう思っている私の視界に、手を震わせ怒りを抑えているテオが見えた。


 ――たった一人。

 そう、たった一人だけだった。

 勇ましく立ち向かい、その身一つで必死に守り生きた、あの人。

 その人の影を、テオに被せてしまう。


 ビュオオオッ!!!!


 いきなり突風が吹き荒れ、屋根がなくなった協会には雨までも降り注ぐ。

 育ちの良い貴族方は皆、悲鳴をあげて逃げ惑う中、いきなり光が舞い、徐々にそれは精霊の形となる。


「これは……精霊?」

「俺達にも精霊が見える!?」

「精霊様!!」

「でも……表情が険しい……?」


 人々は、精霊の怒っている表情に戸惑いながら……低く威圧感ある声が響いた。


『この愚かな人間どもめ――』


 人々は声の主を探そうとしていると、暗雲が立ち込め、それは徐々に人の顔になった。

 その顔は……神、と呼ばれる者として書物に描かれている人と同じ顔。

 精霊達は神の顔を模ったものの周囲に集まり、飛び交う。そんな神秘的な光景に、皆口を開く事が出来ないようだ。

 思わずといった感じで神官達は跪くも、神はそれを見る事もしないどころか、その視線は私に向けられる。


「っ!?」


 テオが反射的に私の前へ出て庇うよう立ちふさがってくれる……大丈夫なのに。なんて思いながら、胸が熱くなる。

 こうやって大切にされたのは本当に……どれくらいぶりだろう。

 どれだけ私の心は傷ついてきたのだろう……。


『戻ってこい、我が娘、女神よ……今は……リタ、か?』


 バッと、その場に居た者達の視線が、一斉にこちらへ向けられ、恐る恐ると言った感じで神官達も顔を上げて私の様子を伺っている。

 表情や瞳には戸惑いが見える。まさか、とでも言いたいのだろう。後ずさる者や、首を振る者も居る。

 テオに至っては、一瞬ビクリと身体が揺れたが、まだ警戒するよう私を背中に隠したままだ。


「……そうね」


 私の返す言葉に、テオは視線をこちらに向けて、驚いたよう目を見開かせている。

 周囲は膝から崩れ落ちる者、天を仰ぎながら涙を流す者、ただただ頭を地面に擦り付ける者、そして……。


「誰が精霊の愛し子だ!」

「嘘つきやがって!」

「リタ嬢を殺すなんて事を言いやがって!」


 見事な責任転嫁。詰め寄られる殿下とシャラ。

 ここに居る皆が……というか、テオ以外全ての人間は、誰も止めなかったのに。


『そうだ……私の娘を供物という名の生贄にしようとは、どういう事だ!』


 神の怒鳴り声に、皆威圧され怯える。


『ターナー!娘を預けた家の者が、何故間違える!』


 名指しにされた父は震えあがり、周囲は睨むよう父へ視線を向けた。

 義母に関しては、私は関係ないと言わんばかりに父から数歩距離を取った。


『しかも、わけのわからぬ娘が愛し子だと?ターナーの血筋がない、どこの馬の骨ともわからぬ娘に、どうしてそう思えた!』

「あ……」

「そういえば……」


 そこで初めて気が付いたと言わんばかりに、周囲は呆気にとられる。

 義母の連れ子。つまりターナーの血を継いではいない。


「お許し下さい!ターナー家の名前が強すぎて!」

「九死に一生を得たものですから!」

『女神様の家族だから守っただけ!』

『女神様が家族大事にするって言ったから守っただけ!』


 反論する声に精霊が怒って言う。その声も聞こえたのだろう、皆は涙目になってこちらを向いたが、私はその視線に答える気すらなかった。

 全ては、もう今更なのだ。


「……家族を大事に、そんな当たり前の事を出来なかった奴等だな」


 テオがポツリと、悔しそうに呟いた。

 ――家族だから、守った。

 ――家族なのに、貶めるような事をした。

 差があるとすれば、そこだろう。


『それに……王家と呼ばれる存在は、既に女神の血筋が途絶えているしな』


 ザワリ、と。先ほど以上に皆が狼狽えた。

 ……そうなのだ。王家に残された女神の血筋は、いつの間にか奪われ、途絶えている。

 所詮、人間のくだらない権力争いというものだろう。……未来にこんな事が起こるなんて思ってもいなかった愚か者が、自分の欲望で動いた結果とも言えるだろうが。


「どういう事だ!?」

「王族が女神様の血筋じゃないなんて……!」

「私達を騙していたのか!?」


 先ほど以上に混乱する人々。

 女神を称え、女神の血筋を信じて、自ら考える事を放棄した人間は、ここまで愚かなのか。


『もう守る子孫は居ないだろう』

「そうね」


 神の声にそう返し、私は一歩踏み出した。


「……戻る……のか?」


 皆が女神の血筋という一点だけを見つめ、責任転嫁をしている中でテオはポツリと呟いた。


「……いなくなる……?」


 弱々しく呟くテオの顔を見ると、とても悲しそうな表情をしていた。

 思わず胸が締め付けられ、神の元へ向かおうとしていた足が止まる。

 精霊達も、テオの表情に気が付いたのか、ショボンと肩を落としている。

 無意識に私は、一歩テオの方へ踏み出していた。


『……お前は変わらないな』


 神の言葉にハッとする。

 溜息をついた神……父は、それでも私を慈愛の目で見つめている。


 ――お前の幸せを願っている――



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