第5話

『もういいよね』


 ――ガラガラガラッ!!


『自分が信じたいものだけ信じるなんて』

『信じるべきは女神様だろう』


 怒った精霊達は、協会の屋根を吹き飛ばし、周囲の壁を崩していく。


 キャァアアアアアアッ!

 どういう事だ!?

 何が起こった!?


 ――まさか、女神様がお怒りなのでは!?


 誰が叫んだか分からないが、その言葉に皆ピタリと立ち尽くし、シャラの方を見る。


「そんな事ないわ!だって皆が私を精霊の愛し子だと!」

「……精霊を見た事は……?」


 疑問が疑問を呼ぶ中、そんな言葉が返される。

 そんな当然の事を、どうして今の今まで気が付かないのだろう。


「シャラは!九死に一生を得たではありませんか!」

「しかし!女神像が反応しないどころか、協会が崩れたんだぞ!」


 義母まで参戦して、言い争いが起こる中、シャラが現実を認めたくないと言わんばかりに叫んだ。


「私は!精霊の愛し子です!」

『トドメだ。もう知らない』

『女神像の前で、女神様を愚弄するな』

『所詮これは作り物』


 そう言った精霊達は、女神像を――壊した。


「キャァアアアアアアアアッ!!」


 発狂したかのようなシャラの叫び声が響く。


「どういう事だ!?俺は次期国王なのに!民意が!後ろ盾が!シャラ!お前は愛し子じゃないのか!?」

「知らない知らない知らない!!」


 王太子までも発狂したように叫ぶ。

 とんだ茶番でしかない。

 シャラを無条件に持ち上げていた周囲でさえ、手のひらを返したように距離を取る。

 何を信じて良いのか分からないと言った様子で困惑している様は、まさに知能を失った生物にしか見えない。


「お義姉様のせいよ!」


 呆れ、ただ周囲を眺めていただけの私に、シャラの声が届いた。

 また、何てふざけた事を……そう思い顔を上げると、こちらへ詰め寄ってくる殿下が見える。


「お前が生きているからか!」

「……意味が分かりませんわ」


 本当に、意味がわからない。

 私が生きている事と、女神の祝福を受けられず、女神像が壊れた事に、どんな関係があると言うのだ。

 いったいそれは、どんなこじつけだ。


「そうよ!愛し子をいじめるようなあんたが居るから、女神様は怒ったのよ!」


 義母の言葉に、周囲が更に騒めきだす。


 ――確かに。愛し子様を散々いじめていたという。

 ――稀代の悪女と言われていると聞いたが。

 ――あの娘がいるから、女神像は壊れたのか?


 悪意に囲まれる。

 愛した子ども達は、私に悪意を持っている……。


「供物をささげよう!」

「女神様に供物を!」

「これで怒りをおさめてください!」

「この悪女を供物に!」

『女神様への供物を女神様にするって!?』


 誰が言い出したか、私を供物にすると周囲は喚く。

 シャラは安心した表情で、義母は醜くこちらを見つめている。

 怒り狂う精霊達を横目に、全てを諦めようとした私の耳には届いたのは……。


「何を言ってるんだ!!」


 テオの罵声。


「ふざけんな!自分らが今何を言ってんのか、わかってんのか!!」

「リタを捕らえろ!」


 テオが周囲に怒鳴り散らす中、関係ないとばかりに殿下は近衛騎士団に命令を下す。


「リタ!」


 その声を聞いて、いち早く私の元へ駆けつけてくれたのは……テオ。

 捕らえようとしてくる近衛騎士達を、全て薙ぎ払ってくれる。


「何をしてるんだ!テオ!」

「テメェこそ何考えてんだ!!」


 殿下に対しテオは、あからさまに軽蔑したと言わんばかりに返す。

 不敬が……なんて思う心が私に芽生えるも、それを止める気は毛頭ない。

 むしろ……ありがとう。

 周囲が全て敵の中、自分の命すら軽く見られている中で、テオだけは私の味方でいてくれる。守ってくれている。


『女神様ぁ……』


 精霊達も、そのたった一人に感動し、涙していた。


「えぇい!テオごと葬ってしまえ!」

「!」


 テオをかいくぐって私を捕獲する事を諦めた殿下は、近衛騎士にそんな命令を更に下した。

 ……葬る……?

 こんな多勢に無勢で……そもそも、意味の分からない理屈で、テオまでも殺すというのか。


 ――私が、守ってきたもの……は?

 ――本当ニ守ル価値ガ、アルノカ?

 ――わたしが、まもりたかった もの は?


 ……愛しい人。


「やめなさい!!」


 私は声を張り上げると、周囲に居たテオ以外の者を吹き飛ばした。


「……リタ?」


 テオが驚き私の名を呼ぶ。

 遠巻きに見ていただけの者達は、ただその瞳を大きく開き、声も出ないようだ。


 ……愛する人を守りたかった。

 その人が居なくなったから、繋がりを残す為に守ってきた。

 ……けれど。

 それは、ただ過去に固執する私の意地だ。

 今この瞬間を生きる者達には関係のない事だ。

 ……そして、私にも。

 ――だって、ここに、繋がりを示せる者など……私以外居ないのだから。

 途絶えてしまっているのだから。


「……私が居るだけで、国は守られたのにね」

「おい、それはどういう……」

「もう要らないよね」


 殿下の声を遮り、睨みつけながら言う。

 私の迫力に驚いた殿下は、ビクリを身をすくませただけだ。

 国が私を要らないと結論づけたなら、私だって愛する人の居ないこの国など不要だ。

 愛した人との子孫が居ない国など、何の意味もない。だけれど、何かに縋り付いていたかっただけの自分に気が付いた。

 シャラは、義母の連れ子だ。

 ターナーの血は入っていない。

 そんな事にも気が付けない愚か者ども……そして王家も……。

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