第4話

 そんなテオに感謝の気持ちを持ちつつも自分の職務を全うするよう伝えると、眉間に少し皺を寄せて、嫌そうに言いながら口を尖らせた。

 ……もう18になるというのに。

 テオの幼さに思わず笑みがこぼれると、テオは少しだけ安心したように息を吐いた。


「冗談だって。またな」

「またね……」


 婚約者が出来て、疎遠になっていたテオの、またという言葉が胸に広がる。

 ほとんど会っていなかったのに……こうして来てくれるなんて……。

 

『女神様、良かったね』


 精霊達の声を聞きながら、またも私は笑みをこぼした。




 ◇




「お、これ美味いぞ!」

「……それ、私への手土産では……?」

「堅苦しいこと言うなって!」


 あれからテオは頻繁に我が邸へ出入りするようになった。

 大丈夫か?なんて言葉は聞かないけれど、心配してくれているのだろう……と、思う。

 こうやって見事に自分で買ってきたお菓子を自分で食べているわけだけど……。


「……仕事は?」

「大丈夫、暇だから」


 お茶を出しながら問いかけると、そんな言葉が返ってきた。

 暇なんて事あるのだろうか。

 仮にも殿下の護衛騎士という肩書があるのに……と思うけれど、聞いた所で暇だという言葉が返ってくるだけだろうと予想し、私もお菓子に手を伸ばす。

 ……正直、テオの事は何も知らない。

 護衛騎士になれたのならば、身辺調査で身元が判明している人物。というか、どこかの貴族である事は確定だ。

 怪しい人を王族の護衛騎士になんて出来ないから。

 だけれど、それを教えてもらってはいないし、こちらから聞くなんて無粋なこともしていない。

 ……それにしても……テオは貴族らしくない。


「しっかり食えよ~」

「お菓子ばかり食べてもね……」

「じゃあ肉か?」

「あのね……野菜も必要でしょう」


 言葉使いは荒いし、食べ方だって綺麗だというわけでもない。

 崩した荒っぽい姿勢からは貴族らしさは皆無だ。

 ……だけど、凄く自然体だからこそ、こちらも楽だ。


「……今日も雨だな……」


 窓の外を見てテオは呟いた。

 婚約破棄をされ、精霊達が怒ったあの日から、雨が止む事はない。


「……どっかの誰かは、自分が殿下の婚約者じゃない事が悲しくて天候が安定しないのです~なんて言ってたクセにな」


 テオが嘲笑うかのように、そんな事を口にした。

 シャラはそんな事を言っていたのか。思わず私も眉間に皺を寄せてしまう。


「じゃあ、この雨は何だろうな?」

「……」

「嫉妬に狂った義姉から虐められて~とか言ってんだぜ?聞いてられると思うか?」


 テオは既に理解しているのだろう。

 私が自らお茶を入れている……どころか、侍女なんて私の部屋には居ない。

 隅の方には埃が積もっている事から、普段も居ない事が伺える。

 不愉快そうに言うテオは、いつも殿下の傍でそんな事を聞いているのだろうか。というか、そんな話をされているのか……。

 思わず手を握り締めれば、怒った精霊達が更に雨を強めた。


「もうすぐ、祝福の儀式だな」

「……そうね」

「立太子できるんだろうかねぇ。あんな性悪が精霊に愛されてるなんて思えねぇ」


 鼻で笑いながら言うテオの言葉に、精霊達は思いっきり頷き、そうだと言わんばかりに雨脚が弱まった。

 既に国中でシャラの愛し子が確定とばかりにお祝いムードになっている。


 ――ありえないのに。


 そんな愚かな子とも言える国民達に、私はため息をついた。




 ◇




 精霊の祝福。その儀式が行われる今日、王都はお祭り状態だった。

 既にシャラが精霊の愛し子だと確定する日なのだと、民だけではなく協会や王族までもが信じている。

 それ程、ターナー公爵家の娘が九死に一生を得たという奇跡が強い。

 お祭りムードが占めている中、私は一人馬車に乗り協会へ向かう。

 父や義母は、シャラをめかし込ませた上、三人で共に協会へ向かったからだ。


『許せない』

『女神様だって自分の子どもだろう!』


 私の代わりに怒りを言葉にしてくれる精霊達。


『僕たちの姿が見えないのに、何が愛し子だ』

『性悪は所詮性悪なんだ』

『成長しても性悪なんだ』

『むしろ性悪も成長した』


 言いたい放題の精霊達は、今にも地面を揺らしそうだ。


「……まだよ……」


 そう、まだ――。


 止める私に、精霊達も意をくんだよう頷く。






 協会へ着けば、最後に儀式を受けるだろうと思っていたシャラが、最前列で殿下と並び座っている。

 どういう事かと思えば、そこは目立ちたがり屋のシャラ。自分が最初に儀式で確定させ、殿下は王太子となり民衆パレードを行うというのだ。

 ……どこから、そんな自信が現れるというのか。

 溜息をつきながらも、私は端の席へ座る。

 時間になり、いつもは神殿の奥へと隠されている女神像の前へ堂々と立つシャラ。

 愛し子であれば、女神像へ手をかざすとされている。そんな女神像に何かあってはいけないと、いつもならば奥深くで保管されており、この日だけ外へと出されるのだ。


「私が愛し子よ」


 そんな言葉を放ちながら、女神像へ手をかざすシャラ。

 しかし、女神像が光る事はない。


「え?あれ?」


 何度も手をかざすシャラだが、一向に何も起こらない。

 周囲からも、どういう事だと騒めきだす。


「……女神像の保管に問題があったのでは?」

「かもしれませんね」


 殿下がそんな事を言えば、周囲は頷く言葉を返す。

 ……心底、呆れかえる。

 私が守ってきたものは何だったのかと。

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