第3話
「祝福で愛し子だとされる事が確実なシャラの方が俺の婚約者にふさわしいのは分かるよな」
「ごめんなさい、お義姉さまぁ。王室の教育頑張っていたのは知ってるけれど~」
その謝罪に一体どんな価値があると言うのか。
思わず怒りが込み上げそうになったが、それ以上に今は殿下の言葉を阻止したい。きっと、そんな事に意味はないのだと理解していても、私はそれにしか縋りつけない。
「殿下!それは……」
「リタ。お前との婚約を破棄する」
――破棄する。
脳内で、その言葉が繰り返し響く。
お互い、愛情はなかった。利を考えられての婚約で……それが民衆の声でシャラに代わるのも納得はいくけれど……でも……。
「もうすぐ祝福もあるしな。……嫉妬に狂うなよ、リタ」
「お義姉様、怖いです……」
「既に狂っているのか」
蔑んだ瞳で私を見るも、すぐにシャラの方へ身体を向け、慰めるように抱きしめる。
その光景に愛情はなくとも、惨めさだけは募った。
政略結婚とは言え、私は優しくされた事もなく、家族からもここ数年ずっと虐げられているのだ。
この国を愛して……いた。
この国を守り……たかった。
「あぁ、そうだ。これはもう決定事項だからな。陛下も納得済みだ。精霊の愛し子をいじめるようなお前に居場所なんてないと思え」
そう言い捨て、笑いながら部屋を出て行く二人を前に、私は感情が消えていくかのような感覚に襲われていた。
……そもそも、感情なんてあるのかすらも思い出せない程に。
この国に対する思いも、全て過去形になる程。
私の気持ちや……声は届かないのか。
私の存在は一体何だと言うのか。
『女神様~……』
『女神様の五年間を何だと思ってんだ!』
『女神様の家族って言ったって、もう無理だ!』
五年……そう、婚約して五年だ。
私も15歳となった。
ずっと国の為にと教育と勉強を重ねた結果が、これか。
好きでもない相手と婚約をし、それでも国の為という、愛しい人と作った国を末永く守りたいと願った結果が、これなのか。
国の為に、民の為にと、愛しい子孫達と思っていたが、こうなるのか。
ゴロゴロッ!
空は光り、雷の音が響いたと同時に叩きつけるような雨が降り注ぐ。
『女神様、もう無理だよ!』
『僕たちだって我慢の限界がある!』
――精霊の愛し子。
それに一体何の価値があると言うのだろうか。
そんな事まで思えてしまう。
確かに愛情から、豊かさや平和さを与えた。
困らないようにと思ってやった事が……ここまで自分で考えるという思考を奪わせ、盲目的に見えない物を信じるようになるのか。
……私が間違っていたのだろうか。
「もう……途絶えてしまうのね」
ポツリと呟いた私の声に、精霊達は皆俯いた。
その意味を瞬時に理解したのだろう。
きっと、他の誰が聞いても、今は全く理解できないだろうけれど……私達は違うから。
◇
「リタ!どういう事だ!?」
「……テオ?」
翌朝、いきなり部屋へ乗り込んできたのは幼馴染である、テオ・ローウィックだった。
久方ぶりに会うテオの表情は怒っているようにも見える。
「婚約破棄とは、一体何があった!?大丈夫か!?」
心配したような問いかけに、そんな優しさを久しぶりに与えられた私は、思わず涙ぐみそうになった。
テオ・ローウィック。
まだ家族仲良かった、4歳の頃に行き倒れていたテオを助けた事がきっかけだった。
当時7歳のテオが何故行き倒れていたのかは分からないし、テオもそれに関しては口を閉ざしていた。
それをきっかけとして遊ぶようになったとき知ったのは、剣を持たせてみれば、剣術に関しては大人顔負けという事だけだ。
それならと当時の私は王国騎士団へ推薦する事にした。テオも面白そうだと受けて、見事に受かった。
それが今では第一王子アーロンの護衛騎士にまでなっているのだが……それで婚約破棄も知ったのだろう。
「仕事は大丈夫なの?」
「そんな事はどうでも良い!」
そんな事って……言いそうになりながらも、ここまで人に心配してもらえたのは、いつぶりだろうか。
「リタ。何があった?」
テオの真剣な瞳に、私は口を開いて、そのまま言われた事を告げた。
シャラが精霊の愛し子だから。
所詮ただの政略結婚だから。
第一王子が立太子する為の婚約だったから。
私には何もないから。
「……ふざけるな……どういう事だ!?そのふざけた理由は!」
「もう、いいの」
真剣に怒ってくれるテオには申し訳ないが、。国を守っていく支えを失った私には、本当にもうどうでも良い。
ただ、この優しさが……少し心地いいと思えるのは、やはり人間として今を生きているんだなと思う。
「……アーロン殿下に怒鳴り込んでくる」
「やめて!」
そうなったらテオがどうなるか。
所詮ただの婚約破棄なのだ。
婚約者がターナーの姉から妹に代わっただけなのだ。
こんな事でテオの一生を棒に振るってしまうわけにはいかない。
「でも!」
「いいの!!」
私の声に驚いたテオは、一瞬怯んだ。
「……もういいの……」
「……そうか……」
本当にもう、何もかもどうでも良くなってきたの。
そんな言葉が心に浮かんだ時、頭に軽く重みがかかる。それがテオに撫でられている事だと理解するのには少し時間がかかった。
「……大丈夫だから、ちゃんと仕事してね?ちゃんと護衛騎士として」
「おう、我慢する」
顔を上げると、心配そうに微笑んでいるテオが目に入った。
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