第2話
『……昔は女神様の事も、ちゃんと大事にしてくれていたのに』
『……僕たちのせいだ……』
「そんな事ないわよ」
落ち込む精霊達に、そう声をかける。
……そう、変わってしまった過去を思い出しながら。
母が死んで直ぐ、父は新しい妻を迎えいれたのは私が三歳くらいの時だったろうか。二歳の娘を連れていれ、私に義母と義妹が出来た。
唯一の公爵家という事もあってか、すぐに羨ましいという義妹は何かと自己主張が激しく、目立ちたがり屋で手を焼いた覚えもあるが、跡継ぎは私という事で少しずつ教育をしていこうと言っていたのを覚えている。
精霊達も、血は繋がっていなくとも私の家族である二人を迎えいれ病気にならぬよう祈り、お転婆なシャラが怪我をしようものならば直ぐ治るようにしてくれていた。
『女神様の家族だから』
精霊達がそう言って、尽くしてくれる事が嬉しくて感謝したのを今でもよく覚えている。
しかし、それなりに仲良く平和に暮らしていたのが変わったのは、私が十歳の頃だ。
シャラが王都で遊んでいる時、護衛を振り切って馬車に轢かれたのだ。
死んだ。
皆、そう思ったそうだけれど、精霊達が守ってくれたおかげでシャラは傷1つない状態だった。
貴族の娘として、傷なんてあっては今後の婚姻に響いてしまう。それは精霊達も理解していて、皆必死になってくれた。
……だけれど、それは全く別の方向に動いてしまった。
――ターナー公爵家の娘が九死に一生を得た!
――精霊の愛し子じゃないか?
――むしろ先祖返りの女神様かもしれない!
――女神様だ!
見ていた民達から貴族へ、そして国中の人達に噂が広まり、言い出すにはそう時間はかからなかった。
「私は精霊に守られているのよ!」
周囲の声が自分の耳に入ったシャラは、目立ちたがり屋の性格を存分に発揮し、そんな事を周囲に言いふらしていた。
実際、あの状況で無傷なんて奇跡以外の何物でもないのだ。
それから調子にのったシャラは、自分は精霊の愛し子だ!女神なんだ!と私の物を奪い、義母に至っても私を虐めるようになった。
精霊の愛し子。
国を守ってくれる精霊の愛し子は、極稀に生まれる事がある。それは魂が美しく、神に近しい存在として。
祝福と呼ばれる儀式にて、それは明らかになるのだけれど、その儀式が行われるのは十年に一度で、国中の人間が協会の元で受ける。
女神を大事に、精霊を大事に。だからこそ愛し子を大切に。
「……祝福は、まだなのにね」
『その時になって思い知っても知らないよ』
『人間の醜さよ』
『こら!女神様が愛してる国よ!』
精霊達の喧嘩が始まったけれど、それをクスッと微笑んで眺める。
「その時になればわかるわ……」
とても大切な人だった。
女神と人間であっても惹かれ合ってしまった。
だからこそ……守りたいという信念だけで私は今もここに立っている。
◇
今日も朝から小雨が降り続いている。
晴天の日々が続く……なんて事は、もうここ五年程ないのではないだろうか。
今日も朝からシャラにドレスを奪われ、雷が鳴り。
義母に扇子で殴られ、強風が吹き荒れた。
部屋で一人食事を言いつけられれば、瞬間的な豪雨まで起こった。
シャラが愛し子だと自慢をすれば、怒った精霊が地面を揺らす事までもある。
……どれも、民には……畑に与える影響は少ないと安堵していたが、そんな事が起きていても誰もシャラが愛し子である事を疑いもしない。
自分で考えるという事を捨て去ってしまったのかと嘆き溜息をついていると、大声と大きな足音が私の部屋に向かってくるのが聞こえた。
『むっ』
『何だ、あいつら』
誰が来たのか分かった精霊達は一斉に不愉快な顔をする。
と、同時にノックの音もなく扉が大きな音を立てて開かれた。
「リタ・ターナー!話がある!」
「あ~ん!待ってよ~、アーロン!」
顔が見えると同時に声を上げたのは、私の婚約者であり第一王子のアーロン・ミッチェルで、何故かその後ろには義妹のシャラ・ターナーが甘い声を出してついてきている。
「……シャラ、殿下を呼び捨ては……」
「話があると言っているのが聞こえていないのか?」
殿下に対して礼儀を言う前に、身内へ対して注意を行えば、殿下が牽制するような声で遮ってきた。
「ノックもなしに無礼ではありませんか?」
「はっ。何も出来ない奴が礼儀を問うか」
ならばと殿下に対しても注意をすれば、殿下は鼻で笑い、すすめてもいないのにソファへドカリと座った。
その隣へ寄り添うようにシャラまでも座る。思わず眉を顰めてしまうが、もう口を開くだけ不愉快さが増すだけだと私も静かに対面のソファへ腰かけた。
「リタ・ターナー。お前は何が出来る?」
「……と、言いますと?」
いきなりの問いかけに、意図が読めず、思わずこちらも質問で返してしまう。
「シャラは精霊の愛し子で、女神とも言われている程だ。しかし、お前には一体何がある?」
その言葉に、思わず血の気が引きそうになる。
この国の為、愛する国の為にと、私はそれだけを支えに生きていたようなものだ。だけれど……この婚約は、立太子をより確実なものへする為に結ばれていただけで……。
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