熟成の秘密 〜少女たちのカレー奮闘記〜

kou

熟成の秘密 〜少女たちのカレー奮闘記〜

 放課後の教室に、2人の少女が残っていた。

 一人は雛人形のような少女・桜木さくらぎ美月みづきと言った。

 もう一人は、少し派手目なスタイルの良いモデル体型の少女・葛原くずはら加代かよと言った。

「学校の予算削減により、文化部の活動費が減額だって……」

 深刻そうな顔でそう言ったのは、加代だ。

 彼女は、演劇部に所属していた。

 そして、彼女が所属している演劇部は、部員不足から存続の危機に立たされていた。

「予算か。どんなことでも先立つものがないと何もできないのね。中学生には厳しいわ」

 美月は、ため息交じりに言う。

 彼女もまた、美術部に所属していた。

 しかし、彼女の所属する美術部も、部員数が少なく、学校から与えられる予算もわずかしかなかった。

 そのため、画材やキャンバスを買うお金がなく、油絵の制作を断念せざるを得なくなったのだ。

「これじゃあ、今度の文化祭はしょぼい展示物だけになっちゃうよ。部員が少ないなりにでも、せっかく、みんな頑張ってきたのにさ……」

 そう言って、加代は気だるそうに頭の後で腕を組む。

 そんな彼女を見て、美月は優しく声をかける。

 彼女の表情は、まるで妹を見る姉のようだった。

 実際、二人は姉妹のように仲が良かった。

「……なら、低予算なりに別の方法で、お客さんに喜んでもらうってのはどう?」

 それを聞いた加代は、訊き返す。

「別って、どんな?」

 美月は、自分のアイデアを口にした。

「桜木家の秘伝。三日後の誘惑よ」

 当初、加代は本気で耳を傾けた様子はなかったが、次第にその口元が緩んでいく。

 やがて、彼女はニヤリと笑った。

 それは、悪戯っ子のような笑みだった。

 それを見た美月もまた、同じ笑みを返した。

「いいじゃん。それならアタシにもできそう!」

 加代はそう言って、ガッツポーズをした。

「決まりね。じゃあ、早速買い物にいきましょう」

 美月と加代は、カバンを手にして教室を出た。


 ◆


 それから数日後、二人が通う中学校で文化祭が開かれる日になった。

 会場では生徒達による露店が立ち並び、お祭りムード一色となっていた。

 普段は静かな校舎内も、今は大勢の生徒で賑わっている。

 そんな中で、一際注目を浴びているのは、美術部・演劇部共同でのカレーショップだった。

 看板には、こう書かれていた。


《究極の完熟カレーあります》


 これが、美月のアイデアだった。

 このお店は、普通のカレーとは一味違うという触れ込みだ。

 ただし、その詳細は謎に包まれている。

 その正体を知るためには、実際に食べてみるしかないという訳だ。市販のカレールウをベースに更に香辛料を加えることで濃厚な香りを演出し、香りに誘われるように多くの客が押し寄せ、長蛇の列を作っていた。

 行列には、男子生徒の姿が多くあったのは、客寄せに美月が浴衣を着ての看板娘を行ったためだろう。

 日本風美人の美月には制服よりも、和服の方が似合っていると評判だ。

(加代ってば、私を客寄せに使ったわね……)

 そんな文句を心の中で呟きながら、美月は明るい笑顔を周囲に振りまいていた。

 一方、隣の屋台でのカレーの味の方はというと、一口食べただけで驚くような旨味を併せ持った味わいだ。


「このカレー少し煮崩れているけど、すごく美味しい」

「俺おかわりしたいから、もう一回並ぶぜ」


 生徒達は口々に感想を述べながら、次々に売れていくカレーに舌鼓を打っていた。

 そして、あっという間に出店のカレーは完売したのだった。

「やったわね美月! 大繁盛じゃない!」

 加代の喜ぶ声が、美月の耳に届く。

 彼女もまた、満面の笑みを浮かべていた。

「カレーは2日目が美味しいって聞いてたけど、3日目になるともっと美味しくなるなんてね。もちろん、美月のレシピがあってだけどね」

 満足げな表情で、加代は言った。

「ウェルシュ菌が繁殖する可能性があるから2日目の時点で冷凍して保存する手間がかかるけど、その代わり熟成させたコクのある深い味わいになるのよ」

 美月は得意げに説明する。

 二人は打ち上げように残しておいたカレーを小皿で食べた。

 スプーンですくった瞬間、そのとろりとしたテクスチャーが目に映った。見た目からも濃厚さが伝わってくる。

 一口、口に運ぶと、口の中に広がるその味わいはまさに絶妙だ。

 最初に舌に触れるのは、まろやかなコクとスパイスの奥深さ。

 じっくりと煮込まれた具材の旨味が舌の上で広がり、食べるたびに新たな風味が現れる。辛さも程よく、後からじんわりと広がってくる。

 カルダモンの爽やかさや、クミンの芳醇な香り、シナモンのほんのりとした甘さなど、それぞれのスパイスが絶妙なバランスで調和し、3日間寝かせたことによって、スパイスの風味が一層深まっていた。

 時間をかけてじっくりと熟成させることで、食材の旨味が溶けルウと絡み合い、カレーに深みと豊かな味わいを与えていたのだ。

 美月も加代も幸せそうに食べ終えると、ごちそうさまでした、と言って手を合わせる。

 二人の表情は、とても満ち足りており、文化祭の成功をハイタッチで祝った。

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