最終話 ンィーガ視点

〜ンィーガ視点〜



 集落から少し離れた、小高い丘のそばの、湿った柔らかい地面を持つ草原。そこにザルバドはいた。

 ザルバドは焦点の定まらない瞳に揺らめく炎を宿し、逃げ惑うサウザンド族の子供の背を諸刃もろはの剣で串刺しにする。


 肺をつらぬかれた小さな子供は声にならない声を上げ、鮮血を噴き出して絶命した。

 ザルバドの肌に返り血が飛ぶ。

 ザルバドはそれを嬉しそうに体へ塗りたくった。その体はすでに赤黒い色に染まっている。


 ザルバドは同じようにうつろな目を燃やす男たちを引き連れていた。男たちは槍で、石斧で、黒曜石のナイフで、同じサウザンド族の人々を殺戮さつりくし、バラバラに解体して遊んだ。


 逃れようと走るのは女や幼い子供ばかりで、男たちは全員ザルバドと同じものにみ込まれていた。

 のどかな夜の平原は、死屍累累ししるいるいの地獄と化していた。


「ザルバド!」


 透き通った声が響き渡り、ンィーガが姿を現す。ンィーガは手にした槍と拳で襲いくる男たちを跳ねけ、ザルバドのもとへ迫った。


「ィーガか」


 振り返るザルバド。血に染まったその横顔に、ンィーガは息を呑んだ。


「なぜこんなことをする!? お前はサウザードの英雄じゃなかったのか!」


「口答えするなっ! 俺に逆らうものは愚かだ。愚かなことは悪だ。悪は滅ぼさなければならない!」


 容赦ようしゃ無く剣で斬りかかるザルバド。ンィーガは咄嗟とっさに槍を横にしてそれを受け止める。


「目を覚ませザルバド!」


 ンィーガは槍を横薙ぎに振るって剣を跳ね除けた。しかしよろけたザルバドは地を踏みつけて体勢を立て直し、再び襲いかかってくる。


 薄暗闇の中、激しい剣戟けんげきが展開される。


 諸刃の剣を出鱈目でたらめに振り回すザルバド。黒曜石の刃で跳ね返すンィーガ。

 ンィーガはザルバドに反撃することができない。重量を持つ剣の一方的な応酬が続き、ついにンィーガの槍が半ばから折れる。


 槍を取り落とすンィーガ。


「終わりだぁぁぁーーーーーーーーーーっっ!!」


 頭上に振り上げられた剣が、勢い良く振り下ろされる。


 刹那せつな


 地平線から朝日が昇り、差し込んだ日の光が無意識に目をかばったンィーガの左手の紋様に反射してきらめく。


 ロウロがンィーガの手に塗り込んだヌケニンの加護には、光り輝く鉱石、雲母うんもが含まれていたのだ。


「!?」


 その光に一瞬気を取られたザルバド。

 剣の軌道がわずかに逸れ、虚空こくうを切る。

 ンィーガはそのわずかな隙に折れた槍を拾い上げ、黒曜石の刃でザルバドの胸を突いた。


「うっ」


 うめき声とともに、ザルバドは血を吐いて倒れた。



〜グーグス視点〜



 同時刻。深い森の中にも、日の光が差し始める。


「朝か」


 ぽつりと呟くグーグス。

 その足元には大賢者の死体が散乱している。


 《ハザード》から逃れるため、グーグスは集落を抜け出して主のいなくなった森に身を隠していたのだった。


『愚かなる呪術師よ』


 突然、グーグスの心臓を声が震わせる。それはグーグスにとってあってはならないことだった。蒼白そうはくするグーグス。


「誰だ!?」


 天に向かって叫ぶと、周囲を取り囲む木の幹の影から大賢者が姿を現す。

 一頭や二頭ではない。グーグスは完全に包囲されていた。


「あ、あり得ない! お前たちは、ザルバドたちが根絶やしにしたはず」


『我々は不滅だ』


 大賢者たちは、一歩一歩その距離を詰める。


「こ、降参だ。降参する! この通り、この通りだ! 許してくれ」


 グーグスは死臭の漂う地面に無様に平伏し、命乞いをした。


『同胞のかたきを、我々がみすみす見逃すと思うか?』


 大賢者たちが目と鼻の先まで迫る。

 グーグスの悲鳴が、深い森の中に響いた。



〜ンィーガ視点〜



 倒れ伏すザルバドにはまだ息があったが、ンィーガはどうすることもできずに、その場で呆然と立ち尽くしていた。


 やがて気づいた男たちが殺戮をやめ、ンィーガとザルバドを取り囲んではやし立て始める。

 それは言葉ではなかったが、やがて同一のかけ声となる。


 ンィーガには、その意味がわかっていた。


 ンィーガの脳裏を過ぎるのは、七年前。

 ザルバドと初めて行った狩りのことだった。かつてザルバドは、フクロオオカミからンィーガを救ってくれた。あのときの借りは、まだ返せていない。


 洞窟の中でフーが耳元でささやいた言葉を思い出す。


『ザルバドを殺せ』


 フーはそう言った。できるはずがなかった。

 しかし、ンィーガにはわかっていた。《ハザード》を止めるすべは、もう他に残されていない。


 ンィーガは震える手でザルバドの剣を取った。仰向あおむけのまま浅い息をするザルバド。目があった気がした。

 ンィーガはザルバドの喉に刃を突き立て、その首を切断した。


 周囲を囲む男たちが声を上げる。あまりの大声に、頭がおかしくなりそうだった。


 ンィーガはザルバドの首を天高くかかげる。とめどなく涙があふれた。巻き起こる男たちの歓声が重なって入り混じる。


                     


 そして、ンィーガの絶叫だけが、朝焼けとなってマーミアの空を焦がした。 


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裏話


最後までお読みいただきありがとうございます。

実は今作は羽川が一晩のうちに見た夢の世界をほぼそのまま採用したものでして。

自分でもなぜこんな夢を見たのかよくわからないのですが、一部の方に刺さっているようなのでうれしいです。


お気づきかもしれませんが、夢の時点ではホウキョクグマはホッキョクグマという名前で登場していましたが、見た目が完全にヒグマだったので一文字変えました。

いじったのと言えばそのくらいでしょうか?


剣を持った英雄や、未来を視る鹿、大賢者についても夢の通りです。

ですので、構想にはあまり時間がかかりませんでしたね。

こうゆう夢はたまに見るので、また書くことがあるかもしれません。

それでは。

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サウザード 羽川明 @zensyu

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