EP1
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―――そろそろ帰って来る頃だな。
…………。
……。
”ガチャガチャ……、ガチャ”
―――ほら玄関のドアが開く音だ。
”カッカッ”
「んしょ。」
―――ヒールの音。よせば良いのに、高いんだよなぁ。ご主人様は低身長がコンプレックスだからなぁ。
”トントン”
「ふぃー……。」
―――疲れてるのに靴は毎回そろえるんだよ。そういうとこ無駄に細かいんだ。
”トテッ、……トテ、トテトテ”
―――あ~フラフラだ。今日も本当に疲れたんだろうなぁ。
”ガチャ”
―――あっ部屋のドアが開いた。……そろそろ来るぞ。
”ドタドタドタドタ”
”ぎゅうぅ~”
「うーたん……、ただいまぁ……。
今日も疲れたよぉ……。」
―――うんうん。ご主人様お帰り。
ご主人さまと呼ばれる女の子は、小さな不動産会社の新入社員だ。
仕事もある程度覚え始めた4か月目。
”ぎゅうぅ~”と抱きしめられたうーたんと呼ばれるものは、ベッドの枕元に置かれた、ウルトラマンのぬいぐるみ。
女の子は、小さい時から特撮が大好きで、ヒーローになりたかった。
しかし、非凡な才能もない少女に何者かなどなれるはずがない。
中くらい高校へ行き、中くらいの大学へ……。
そして身の丈に合った小さな不動産会社に就職した。
―――今日も、事務に雑務に目一杯こき使われたんだね。
グテングテンになって帰って来た午後10時。
女の子は、大切にしているぬいぐるみを抱きしめて、その耳元でささやく。
「……うーたん、うーたん……。
ぎゅぅ〜う。
はぁやっぱりウータンの傍が1番落ち着く……。
ねぇ……。
聞いてよぉ……。
僕はもう……、とっても疲れたんだ……。」
―――うんうん。ご主人様今日もお疲れ様。
僕っ子の彼女が小さな時に、親に買ってもらったウルトラマンのビックサイズのぬいぐるみ。
当時、まだ言葉もたどたどしく、「うーたん、うーたん」と呼んでいた。
いつしかそれが定着し、ぬいぐるみの名前に。
それからずっと大事にしていて、今年で出会って20年目を迎える。
黒くてさっぱりとしたショートヘアをぐりぐりとうーたんに押し付けて、女の子は呟く。
「……今日もさぁ、机の上でパソコンとにらめっこ。
売れたマンションとか、買ってくれた人とかの事をさ、エクセル打ち込んで行くんだけどね……。
全然終わらないんだよ……。いつまで経っても僕の机にみんなドカドカ書類を置いてくんだ。」
―――いつも愚痴から入るんだよなぁ。ほら先にその窮屈そうなスーツを脱いでおいでよ。
「しかも、無言でだよ……。
お願いの一言も、僕の名前も呼ぶことだってない……。」
女の子はウータンを抱きしめながら言う。
―――うんうん。せっかく可愛い名前がついてるのにね、ご主人様。
「……でさぁ、毎回僕がみんなにお茶を入れて回るわけ。
それって僕じゃなくても良くない?
さも当たり前みたいにコップを出して注がして、僕の顔も見ないんだよ……?
ありがとうのひとつも無いんだよ?」
―――それは確かにちょっと時代錯誤だよね。
「誰にでも出来る仕事をさ、誰に言われずとも決まってるみたいにやってさ。
……僕、いる意味あるのかなぁって……。ロボットでもいいんじゃんかって……。」
女の子のうーたんを抱きしめる力が一層強くなる。
「……うーたん。
僕は君みたいなカッコいいヒーローになりたかったんだよ……。
なんでかなぁ……。
誰かの助けになりたかったはずなのになぁ。」
―――大丈夫だよ。少なくとも僕にとって君はただ一人のヒーローだよ。
「……。
……。
……。
……はぁーっ。」
女の子は4すじ程の涙をこぼした後、うーたんの耳元で溜息をする。
―――ほら、今日は昨日より、1すじ涙が少ない。偉いね。強くなってるよ。
”ぐぅ~~っ”
―――お腹鳴ってるよ。ご飯の準備しな。
「うーたん……。
ご飯食べよっか。」
そう言うと、女の子は、窮屈な黒いジャケットとスカートを脱いだ。
「ふぃー……。
ちょっと楽になったぁ……。」
…………。
……。
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