エピローグ


           *


「呆れた」


 警視庁捜査一課のオフィスで、吉原は調書を眺めながら、つぶやく。


「文句言うなよ。キチンと逮捕したんだから」


 あの後、すぐに死体の捜索が行われたが、数時間ほどで見つかった。


「この始末書の山を見ても、そんなこと言えますか?」


 束になり置かれた書類は、天高く積み上がっていた。


「仕方ないだろう? 遠藤栞子に、イカれたヤツだと思わせなきゃダメだったんだから」

「全部計算してやってたってことですか?」


 相沢が、栗羊羹をモグモグと食べながら尋ねる。


「当たり前だ。あれが素だったら、どれだけヤバいヤツだよ俺は」

「でも、彼女が自己保身を選択したらどうしたんですか?」

「選ばないよ。人を殺してまで手に入れた永遠の愛だぞ? 何が何でも守ろうとするさ」 

「……それって、愛って言うんですかね?」

「はいはい。これから、取り調べやってもらうから、聞いてくれば?」


 吉原は、手の甲をプラプラと揺らして、追い立てる。


「じゃ……行くか」

「はい」

「っと、その前に」


 松下は、席を立って、塞ぎ込んでる中里の机に向かう。


「あれ? まだ、いたんですか。デスクが片付いてる様子がないですけど」

「……」


 中里は、何も言わない。あの後、この人はずっと目を下にして、誰にも話しかけず、逃げるようにデスクワークに勤しんでいる。


「も、もうやめてあげたらどうですか?」


 見かねた相沢が、助け舟を出す。


「刑事生命懸けたんだから、いいじゃん。こっちも負けたら、辞めさせられてた訳だし」

「……」

「いや、ヌルーい捜査してるなって思ってたんですよ。みんな、中里さん中里さんって、慕われてる熱血刑事演じて。楽しかったですか?」

「……」

「刑事は嫌われてナンボでしょ? 犯人の心をナイフで抉り取るような仕事ですよ。じゃなきゃ、殺された人が報われない」

「……」

「ああ、そう言えば。もう1つの約束、覚えてます?」


 松下は、首を下げて中里の顔に近づく。


「5年前。あんたみたいな、無能を遣わしたの、誰?」

「……」

「まあ、いいや。刑事やめるか、教えてくれるか、どっちかにしてくださいよ」


 そう言って、その場から去る。


「か、可哀想くないですか?」

「被害者のが可哀想だよ。海斗さんも皐月さんも、犯人が幸せだったら、浮かばれないだろうが」


 そう答えながら松下は取り調べ室へと入った。


 中には、すでに栞子がいた。化粧はしてないが、顔はやはり綺麗だった。あれから、彼女は一言も話さない。


「……」

「死体も見つかりましたんで、これ、持ってきました」


 松下は紙袋から、腕のパーツを取り出す。それを見ると、パァっと栞子の瞳が輝く。


「早く……早く……海斗くん……海斗くん……」

「わかってますよ、約束ですから」

「か、海斗くん……早く! 早く渡しなさいよ! ほら、早く!」

「もちろん。約束しましたから」


 そう言いながら。


 バキッ。


 思い切り膝で、腕のパーツを叩き割る。


「あああああああああああああああああああああ! あああああああああああああああああ! ひあああああああああああああ!」


 栞子が絶叫する。


「っと、すいません。足が滑りました」

「あああああああああああああああああ! 海斗くん海斗くんがああああああ!」

「愛してたんですよね? いや、すいません」


 松下は、ヘコヘコと謝る。


「なんでええええええええええ! なんで! なんでなんでなんでえええええええ! 約束したじゃない! くれるって、約束を!」

「しましたね」

「それなのに、なんで……それなのに、なんでええええええええ!?」

「……なんで? わからないですか?」


 そう笑い。


 松下は、栞子の目を見て笑う。


「あんたは、俺の友達か? 守る訳ねーだろ、犯罪者との約束なんて」

「……っ、ううううううううううううううううっ。ふううううううううううううううううううううううう」























 栞子は、その場に突っ伏して、いつまでも、泣き続けていた。


                END







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【ミステリー 年間ランキング1位】猟奇犯罪特別捜査係 松下 花音小坂(旧ペンネーム はな) @hatatai

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