人質


「はっ?」


 栞子は耳を疑った。いったい、この男は何を言っているのだ。


「何を言ってるんですか? 全然、意味がわからないんですけど」

「じゃ、端的に話しますね。皐月さんの死体、どこですか? 言わなきゃ、この腕、引き裂きます」

「……何言ってるの! あんたああああああああ!?」


 栞子は目を開き叫ぶ。


 こいつ、頭おかしい。


「あんた刑事でしょ!? こんなことしていいと思ってんの!」

「いや、本当はダメですけど」

「誰か! 止めなさいよ、この異常者を!」


 栞子は、周囲の刑事たちに向かって叫ぶが誰も反応しない。なんとかしようともがくが、この女刑事が、頑として動かせない。


「な、中里さん! あんた、黙ってないで、なんとかしなさいよ! 使えないクソ短足豚が! 早くしなさい!」

「……栞子ちゃん」

「あんたが無能だから、こんなに舐められるんでしょ! 早く捕まえて、この男を……一刻も早く射殺してええええええええええ!」


 叫び、もがき、全力で動き回るが、動けない。


「あーあ……取り乱しちゃって」


 松下は、せせら笑う。


「さっさと教えてもらえません? それとも、言わないんですか?」

「言うわけないでしょ! 早く……早く……海斗くんを……海斗くんを離してええええええええええええ! えええええええええええええええ!」

「……なるほど、

「はっ!?」


 こいつは、何を……いったい、何を言っているんだ。


「結局、。ああ、可哀想だな……内藤皐月さんも。愛してもいない女に、海斗さんを奪われて」

「愛してる! 愛してるに決まってる! 私は、あんな女よりも、海斗さんのことを愛してる!」

「口だけですよね?」

「……っ、違うって言ってんだろおがああああっ!」


 そう。あの女なんかよりもずっと……なのに、海斗くんはなぜ、あの女の身体を抱くの? あの女の頭に腕を添えるの? あの、どうしようもない……どうしようもなかったクリスマス・イブに、私に傘を貸してくれたのに。


 だから、海斗くんを永遠にしたんだ。


「本当に愛してます? 今にも、海斗さんの腕に血が出そうですけど」

「……いやああああああああああ、やめてええええええええええ」


 こいつは頭がおかしい。このままじゃ、私の海斗くんが……あの綺麗な腕が……引き裂かれる。


 守らなきゃ。


 海斗くんを、あの異常者サイコパスから。


「内藤皐月は! 〇〇市の〇〇山のふもとに埋めたわ! だから、早く海斗くんを返して! 私のスマホに地図がある! 私の……私の海斗くんを返してええええええええええええええ!」

「……なるほど。でも、それ、本当ですか?」

「嘘なんか、つかない! 私は海斗さんを愛してる! だから、嘘なんか……嘘なんかつかない!」


 守るんだ。私が海斗さんを守る。このイカれた刑事から、絶対に守ってみせる。たとえ、自分を犠牲にしたっていい。海斗くんが無事なら、それで。


 私は、海斗くんを愛してるから。


「……相沢、手錠」

「は、はい!」

「早く! 離して! 海斗くんを離してええええええ! 早く……早く……早く……」

「もちろん、約束は守りますよ。でも、死体が見つかってからですね」

「そんな! 約束が違う! 違う! すぐに離して! 嘘なんてつかない……ついてないいいいい」

「信用できませんね。あなた、女優で犯罪者だから。息を吐くように嘘をつくでしょ? それに、今すぐって言ってないはずですよ。でも、私は刑事ですから、彼方と違って約束は守ります」

「嘘なんて……嘘なんてつかないいいいいいい! 愛してる……愛してるの……」


 栞子は、手錠をつけられても、何度も何度もつぶやく。


「……はぁ。なるほど。わかりましたよ、あなたの愛は。約束です。内藤皐月の死体が見つかれば、刑務所であなたに差し入れします」

「ほ、本当?」

「ええ、必ず。刑務所で、海斗さんと仲良く暮らしてください」

「……ひぐっ……ありが……とう」


 海斗くんがいれば、私は他に何もいらない……いらない……いらない……


「でもね……一つだけ覚えておいてください。愛するだけじゃだめなんですよ? 愛すると同じくらい、愛されなきゃ。じゃなきゃ、人は幸せになんてなれない」

「……」

「ああ……でも、こりゃ、無理だな」


 松下は、手錠で繋がれた栞子の腕を見てため息をつく。




























「あなたの手、汚すぎるもん」


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