腕
松下が持っているのは、腕のパーツだった。肌感や色合いが、かなり精緻に作られている。
「これが、証拠です」
「……お前、何を言ってるんだ?」
中里が唖然としながら、尋ねる。
「……そうですよ、何を言ってるんですか、松下さん?」
栞子も尋ねる。
「あれ? でも、なーんか、顔色悪くないですか?」
「……」
松下が、漆黒の瞳で覗き込む。
「これですよね? あなたが、隠したかったものは?」
「違いますよ、何を言ってるんですか?」
「あれ、違いました? なら、壊していいですか?」
「やめてください! 1つ1つが、思い出のある道具です」
「でも、他の小道具は止めなかったですよね? なんで、これだけ、そんなに拒絶するんですか?」
「……」
「わかりますよ、栞子さん。あなたの、感じてること、ぜーんぶ」
「……」
松下は彼女を見下ろしながら、笑顔を浮かべる。
「ま、松下さん。私、何がなんだか」
「離すなよ、相沢。根性入れろ。隙、狙ってるぞ」
「……はい」
相沢はギュッと栞子の身体を抱きしめる。今度は、半信半疑じゃない。さっきから、彼女の表情が尋常じゃない。
「栞子さん、腕ですよね?」
「……腕?」
相沢が尋ねる。
「ああ。遠藤栞子さんは、腕に異常な性的嗜好を持ってるんだ」
「……何を言ってるのか、まったくわからないです。何を根拠に?」
「ちなみに僕の腕ってどうですか? 割と長めですけど、どうなんですかね?」
「わかりませんよ。興味もないです」
「そうですか? でも、僕の腕のこと、あなたは覚えてましたよね?」
「……何のことですか?」
「言いましたよね。僕と相沢がマンションに来た時、『松下さん』て。なんで、わかったんですか?」
「それが何か? あなたが見えたから、呼んだだけです」
「いえ。あそこだと、僕の顔は視覚になってます。腕だけしか見えないはずですから。来る前に何度も確認しましたから、間違えないです」
「……」
「でも、凄いですよね。腕だけで、人って、見分けられるんですね。俺には、同じにしか見えないんですけど」
松下は、手に持った腕のパーツを興味深そうに眺める。
「決めつけないでください。知らないって言ってるじゃないですか」
「いや、なんでかなって思って。海斗さんの左腕だけ、なんで切断したのかって。だって、右腕でもいい訳じゃないですか」
「……」
「なんでですか、松下さん?」
相沢が尋ねる。
「傘だよ、傘」
「……」
「なんでかも、わかりますよ。あなたが話してくれましたもんね? 雨だった日に、傘を差してくれたんですねよね? その手が左手だったんでしょう? ロマンチックですねー」
「……」
「できれば、剥製にでもしたかったんでしょうけど、そうすると、毎日会えないですもんね。ずっと一緒にいたかったんですよね? 備品庫なら、ずっと、こーしてあの時の思い出を満喫できるから」
「……」
松下が笑顔でつぶやく。
「だから、見てください。これ、左腕だけ異様に綺麗。露骨過ぎますよね、あまりにも。この左腕だけが、本当に大切にされてるってわかる」
松下はその左腕をみんなに見せる。確かに、相沢から見ても、綺麗に手入れされているような気はする。他の用具とはクオリティが違うようにも見える。
そして。
松下は栞子に瞳を向け、ボソッとつぶやく。
「一番大切なものが、目の前にあるのに気づかない、マヌケな刑事……そう思って笑ってましたか?」
「……」
「見ていて、気持ちよかったですか? 見つからなくて、自暴自棄になって暴れてるとでも思いました?」
「……」
「案内してくれると思ってましたよ。あなたのコンプレックスを見抜いて指摘しようとすれば、必死になって、『早く追い出したい』って思うはずだって」
「……」
松下は、栞子の瞳の奥を覗き込みながら笑う。
「栞子さん快楽犯はね……自らの欲望に逆らえない。あなたは、俺を直接懲戒免職に追い込みたかった。大事な大事な海斗さんの腕があるここで。決定的なものがあるのに、まったく的はずれなものを探している、俺を貶めたかった……ですよね?」
だが。
栞子は、落ち着いた様子でつぶやく。
「それが、証拠になりますか?」
「どうでしょう。写真と見比べることはできると思いますけどね。かなーり、似てると思いますよ」
「あの、刑事さん」
栞子は呆れたように言う。
「そんなことして、何の意味があるんですか? 仮に私が彼の腕に似せて作ったとして、それが、なんの証拠になるんですか?」
「なりませんね」
「それこそ、私が彼を想って造ったのかもしれない。でも、それって犯罪ですか?」
「いえ」
「そうですよね。愛する人の一番大切なものを再現したいと思うのは当たり前ですよね? 海斗さんの腕に抱きしめられたいって思うのは自然じゃないですか?」
「ですね」
そう答えると、栞子は勝ち誇ったように話し出す。
「ですよね? 私は、確かに海斗さんの腕が一番好きでした。だから、彼の腕を再現した。ずっと、前に作ったんです。思い出しました」
「まあ、そう言う言い訳も通りますね」
「別に彼の腕を切断して計測した訳じゃない。前から作ってたんです」
「うーん。まあ、それも苦しいと思いますが、成り立ちはしますかね」
「だったら、私が犯人と言うことには絶対になりませんよね」
「違うんです」
「何が違うんですか!」
初めて、栞子は声を荒げる。その声は、これまでとは違い低く重い声だった。
「栞子さん、すいません。俺、嘘つきました」
「……何を言ってるんですか? 嘘ってどう言うことですか?」
「証拠じゃないんです。俺が探してたのは、あなたの最も愛してるものだ」
「えっ?」
松下は満面の笑みで。
ナイフを腕の模型にかざす。
「栞子さん……どっちを選びます?」
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