90 鶴巻中亭二〇二号室(完)

〔天〕「サーセン、加奈さんが中々起きなくて」

 寝ぐせが爆発した天河てんがが、見た目年齢四十代の顔を赤らめながら味の芝浜ののれんをくぐる。

〔加〕「仕方なくない。昨日うちら山に行ってえ、滝とかでいやされてえ、それから民宿でお泊りだったからあ♡」

 加奈がフナムシのごとく天河てんがのたくましい二の腕に絡みつく。



〔餌〕「天河てんが君に暴君エロカナの押し付けミッションは予想以上にうまくいったようですが。それにしてもこれはヒドイ画だ」

〔飛〕「そもそも天河てんがさんこの前試合でハムストリングをやったばかりじゃないですか。何でこんなにピンピンしてるの」

〔下〕「ただひたすらに暑苦しいっす」

 下野しもつけえさに加勢する。


〔加〕「良いじゃん。彦龍ひこりゅうってもちもちクッションみたいで触り心地が良いんだよ」

〔天〕「加奈さん、恥ずかしいって」

 大きなガタイに似合わぬ優し気な手つきで加奈の手を離そうとするも、加奈はますます天河てんがにしがみつく。


〔仏〕「暑い時に暑苦しいもの見せんなって」

〔松〕「美しさが微塵みじんも感じられません」

〔加〕「野獣は黙ってゴーにゃんの腹毛をもふっとけ。ゴーにゃんがかまちょモードだぞ」

〔仏〕「かまちょじゃねえんだよ。それに『ゴーにゃん』って何だ」

 ゴーギャンの亜流ありゅうではと、置物と化していた仮新入部員の長津田ながつだがぼそりとつぶやく。


〔加〕「だってミルクティー色のオスネコにしか見えん」

〔仏〕「だからネコじゃねえって言ってんだろこのシーサーがっ」

〔天〕「加奈さんは可愛いよ」

 天河がすかさず加奈に声を掛けた。


〔加〕「だよねっ。さすが彦龍ひこりゅうは良く分かってるよ。この江戸加奈えどかな様の魅力が分からないガキどもは、勝手にイキってな」

 一息で言い切った加奈は仁王立ちすると、手近なジョッキを取って一気にあおる。


〔シ〕「あああっ。俺のビワの葉茶があああ」

 シャモのビワの葉茶を飲み干した加奈はぷはあっと天井に向かって息を吐くと、一瞬動きを止めて爆笑した。


〔加〕「あれ超マジ受ける。みのちゃんがSNSブロックされた『藤巻ふじまきしほり』ってこのババアの事?! マジストライクゾーン広すぎなんですけどおおお」

 バシャバシャとスマホで竜田川千早改め『吾輩は昌華feat.藤巻しほり』のポスターを撮影する加奈。


〔シ〕「は、ちょっと待て。藤巻しほりって加奈ちゃんの同級生でしょ。【みのちゃんねる】のビーチサッカー回の収録で藤巻しほりちゃんを連れてきて俺に紹介してさあ。あの後大変だったんだけど」

 シャモが食いつかんがばかりに加奈に詰め寄る。


〔加〕「喪男もおとこマジ必死だなくそワロス。藤巻ふじまきしほりってこのババアだろ。何でうちがみのちゃんに女紹介する義理があるんだよ」

 竜田川千早たつたがわちはや改め藤巻しほりのポスターを指さす加奈の発言に、落研メンバーが互いを目で探る。


〔加〕「それにしてもくされパンダに礼を言うぞ。彦龍ひこりゅうと出会ってから、うちの人生はバラ色」

 土留どどめ色の間違いでしょと悪態あくたいをつく餌に構わず、加奈はうっとりと味の芝浜の古びた天井を見上げる。


〔加〕「うち、生きながらにして違う人生に飛んだみたいだわ。ね、彦龍♡」

 加奈さんは可愛いよと、天河は『みそうどんぐちゅぐちゅ』もまっ茶色な溶けぶりである。


 山、民宿、お泊り。

 そして怪我をしたはずの天河てんがのピンピンぶりと、元々は仏像狙いだったはずの加奈の溶けっぷり――。

〔シ〕「その民宿の名前ってさ」

 シャモと仏像が目を合わせると、勢いよく味の芝浜の引き戸が開いた。



〔長〕「お前らヒドいって。何で俺を起こしてくれなかったんだよお」

 これまた足首の怪我が無かったようにピンピンの長門の両手には、大山阿夫利神社おおやまあふりじんじゃの破魔矢やお札が入った袋にお土産袋の山。

 そして――。



〔長〕「だからあの宿はぼろすぎてヤバいっつったろ。隣の部屋でお前らの声が丸聞こえでいたたまれなかったんだよ。お前らのアリバイ作りのためだけに連れていかれたあげくにアレはひどいって。マジで二度と嫌だ」


〔仏〕「天河てんが君たちが泊ったのって、鶴巻中亭つるまきあたりてい二〇二号室か」

〔加〕「ゴーにゃんすっごーい。正解っ。まさかうちの事が好きすぎて盗聴器とうちょうきをしかけたとか」

 誰がだよマジありえねえと吐き捨てつつ、仏像はちらりとシャモを見る。

 その様を松尾が感情の無い顔でじっと見つめていた。



※※※



〔三〕「では、仕切り直して」

 三元は、えへんとせきばらいをするとビワの葉茶の入ったジョッキを高々と上げた。

〔三〕「俺とシャモは、ここに部活引退と、各々の役割を二年生に引き継ぐ事を誓います。餌、仏像、頼んだぞ。それから服部君」

 服部が一歩前に出た。


〔三〕「草サッカー同好会部門は、君が引っ張ってくれ。来年からは二つの部活に分かれるが、それまでは同じ『落研』の一部門だ。よろしく頼む」

〔下〕「まじっすか。マジで来年から『草サッカー同好会』が正式発足っすか」


〔服〕「いや、来年度からは『一並ひとなみ高校ビーチサッカー部』として活動する予定だ。監督は平和十三ぴんふじゅうそう学園の粟島あわしま監督が紹介してくれるって。多良橋たらはし先生経由で荒屋敷あらやしき監督にも話は通してある」


 後の高校ビーチサッカー界の強豪にのし上がる『一並ひとなみ高校ビーチサッカー部』の初代キャプテンとなる服部は、引き締まった面持ちで下野しもつけを見つめた。


〔三〕「で、シャモ締めて」

〔シ〕「え、俺が。えっと、だな。まあ色々あったけど、高三の夏休みまでに普通の彼女と水着デートの野望は果たせなかったけど。多分普通の彼女とキャッキャウフフじゃなくって、春夏秋冬お前らとバカやってるのが俺の本当に本当の望みだったんかなって。ま、そんな感じ。二学期から俺ら三年は一応引退するけど」


 シャモは一瞬天井を見上げる。

 竜田川千早たつたがわちはやあらため『吾輩わがはい昌華まさかfeat.藤巻しほり』のポスターと目が合ったシャモは、ぶっと噴き出した。


〔シ〕「まあ、ちょくちょく部活にも顔出すわ」

〔三〕「締まらねえあいさつだなあ。それでもチャンネル登録者数十万人越えの人気配信者かよ」

〔シ〕「と言う訳で、【みのちゃんねる】チャンネル登録よろしくお願いします。メンバーシップは月額六百円。登録しろよっ!」

 結局金の話かよと大ブーイングをしつつ、下級生たちはクラッカーをバンバンと鳴らした。



※※※



 そして迎えた二学期の始業式――。


~~~



一並ひとなみ高校生徒表彰 上半期】


〇団体の部

管弦楽部 全国大会金賞

弓道部 団体戦全国大会出場


〇個人の部(順不同)

松田松尾まつだまつお 全日本音楽コンペティション ピアノ総合部門 第一位

飛島純とびしまじゅん 県青少年芸術祭 ピアノ高校の部 金賞

麺棒眼鏡めんぼうめがね(ロトエイト) ペン回し日本選手権個人フリースタイル優勝 およびペン回しワールドカップ(十一月開催予定 於モナコ) 日本代表



~~~



〔三〕「個人の部は全員知り合いじゃねえか。情けねえなあ、俺」

 推薦入試の面接対策で学校に残ったシャモを置いて、三元さんげんは一人電車に乗る。

〔み〕「ほらとっとと着替えて夜の仕込みを習いな」

 調理師学校に進んで『味の芝浜』を継ぐと決めた三元は、みつるにどやされながら板場いたばに入った。



〔三〕「卵ってこんなに剥きにくかったっけ」

 氷水にさらされた大量のゆで卵を何十個と剥く間に、三元のぷっくりした指が赤く染まる。

〔板〕「この量なら五分でけるようにならんとなあ」

 二度と卵なんて食べるかと三元がうんざりし始めた頃、味の芝浜の扉ががらりと開く。



〔餌〕「三元さんげんさん、どうしましょおおおおおっ」

 味の芝浜に駆け込んで来たえさの甲高い声が、板場まで鳴り響いた。

                              (続編に続く)

https://kakuyomu.jp/works/16818023213029248935/episodes/16818023213042247051(続編です)


※本作はいかなる実在の団体個人とも一切関係の無いフィクションです。


この後の原稿も八割がた出来ておりますが、余りに長くなりweb上では読みづらいと思われるので、ここで『落研ファイブっ』は一旦完結扱いとします。

餌&仏像に代替わり後の続編では恋愛&コメディ色が強まる予定です。

ここまでで回収していない伏線的なものは続編で回収されますので、今後ともお付き合い頂ければ幸いです。


また、ここまでお付き合い頂いた上で少しでも面白いと思われたら、ぜひ☆で評価を頂けますとありがたいです(すでに入れてくださった方には篤く御礼申し上げます)。


改めまして、閲覧誠にありがとうございました。

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『落研ファイブっ―何で俺らがサッカーを?!』 モモチカケル @momochikakeru

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