第20話 さぁいざゆかん 2
母を殺した……県犬養姫璐は母である県犬養桔梗の連れ子で正真正銘の血の繋がった肉親、むしろ排他されそうなのは再婚した父親の方ではなかろうか……
「母親とはなにか禍根があったのか……でも実母を殺すなんて、生半可な殺意じゃできませんよ」
夕日は我関せずで、どこから取り出したのか、せんべいをバリバリむしゃむしゃ食べている。今日は和菓子の気分なのか? イリスさんは夕日には目もくれず話し出す。
「一連は、『当該事件の責任は全て私と、娘にあります。私も娘も、もはや取り返しのつかない過ちを犯してしまった……死を待って償いたい』だそうだ。ふっ、一体いつの時代の人間と喋っているかわからなくなったよ、それに随分と憔悴しきっていてね、事件解決後に自殺でもされたら困るから眠らせておいたよ」
「……」
「母親の県犬養桔梗に関しては事故に見せかけた他殺だそうだ——娘の殺意の立証としては、姫璐、桔梗、一連は爛れた三角関係にあり、その関係が半年ほど続き独占欲に歯止めが効かなくなった姫璐による綿密に計画された殺人である可能性が高い」
「……でも、そこまでわかっていて何故、県犬養姫璐は逮捕されないんですか?」
くつくつと笑い出すイリスさんは人の不幸も酒の肴にできるタイプらしい。
「まぁ、そこが肝かもしれないね。県犬養一連はクローン技術を長足の進歩させた界隈の重鎮、そんな大人物、どこぞの週刊誌に目をつけらていてもおかしくないだろう? ——撮られていたのさ、実の娘が母親を車道に突き飛ばす瞬間をね」
くくっと笑いを堪えるイリスさんとの距離を感じつつ。笑えない事情に困惑しかできないのだが……県犬養姫璐、そこまでして、母が憎かったのか? でもそれはきっと今に始まった事ではなく、もっと前から歪んでいたのだろう。最初は些細な歪みが波紋のように広がり気付けば大海の津波のような取り返しのつかない大きさになってしまったんだ……憎しみや憎悪なんて、きっかけ一つで殺意に上書きされ、人を人と思えなくなる、例え一番近しい他人である親でもそれは関係のない事だ。理由はわからない県犬養姫璐が殺人に及んだ動機なんて本当のところは僕にはわからないし、どんな理由でも理解し難い。だけど憎しみ合う定めのように他人を恨む事だってある、ならそれがたまたま、親だっただけかもしれない。相反する魂の両者であればこの結果は予定調和でしかないのかもしれない。
「……理由はわかりました(大方パパラッチにゆすられたのだろう、ばら撒かれたくなければうんたらかんたらと)娘の過ちに自責の念が駆られたってところですか?」
「そうだとも言えるし、そうとも言えない」
? 何だ? さらに不敵に笑っているようだ。
「県犬養一連には犬神の残穢かあったといっただろう——一体誰が犬神の術者なんだろうねぇ」
「…………え? 本気で言ってますそれ?」
暗に答えるまでもない。
「ああ、犬神って言うのはね言わば思念体を媒介にした霊障、それにはね、術者へと帰る帰属本能がそなわっているんだ。県犬養一連は明らかに犬神に取り憑かれた痕跡があった、それは霊体の残り滓であり犬神の一部、それはゆっくりではあるが本体である術者に帰っていく——後は単純、痕跡を辿れば行き着く先は一つだったよ」
「県犬養姫璐……」
「御明察」
御明察っていうより答えの書かれた迷路をなぞっただけなのだが……優しさ溢れる推察ありがとうございます。
状況を鑑みれば、今するべきことは一つか……夕日を見遣る。ぺろぺろと自分の指を舐め意気揚々と立ち上がる。
「まぁ斥候はあたしが勤める。つか敵情視察だけじゃおわんねーってのが見解だわな」
岡目八目でみても、今の県犬養家に行けば戦闘になりかねないことは目に見えている、ましてや——
「命が出会ったという狼少女との関係性は薄いだろうが——警戒は怠らない方がいいだろう。下手をすれば犬神、霊奇、狼人間、狂犬の四つ巴の乱闘になりかねんからな」
「狂犬?」
「ああうちの駄犬だ」
そう言い夕日を指差す。この状況下で、そんな事になれば次こそ僕の命は消え去るだろう跡形もなく……。
「だぁれが駄犬だ! せめてポメラニアンくらいにしてくれよ!」
犬はいいのかよ……どうも夕日に任せると緊張感に欠ける節があるけど、狼少女の時にも披露したとおり夕日の戦闘力は桁違いだ余人をもって替え難いの事実だろう、後は託すしかないこのヒロイン犬(件)主人公に!
「夕日全部片付いたら僕たち結婚しよう」
「……気持ち悪いうえに死亡フラグ立たせてんじゃねーよ殺したいのかあたしを?」
ナイフをチラつかせる夕日は苦虫噛み潰したような顔だ、良かったいつも通りの本調子で。
「すまない少しでも緊張をほぐそうと思ってつい……気を付けて行ってくれよ、たいして心配してないけど」
「いやしろよ、こちとら乙女だぞ」
もはや乙女とはどれくらい非力であったか測りかねるところではあるが、心配というより僕が言いたいのは、
「心配ってより、信頼してるし信用してる、お前は誰にも負けない。俺が保証してやるよ最強はお前だ」
乙女を褒めるセリフじゃねーよとそっぽを向いてしまった。そんなこと言いつつ嬉しそうじゃんしかし褒めそやすと調子に乗りかねないのでこの辺にしておこう。それにこうやってじゃれている間にも県犬養家では時々刻々と状況が悪化しているかもしれない。
「今何時ですかイリスさん?」
左腕の腕時計を確認する。
「二十一時五十分になるところだ」
もうそんな時間か……随分と眠っていたようだな。県犬養家には県犬養姫璐が今は一人で居るはずだ一連はこちらで保護しているが故に、ならば危険度は上がるはずだ。
「……」
「『落葉』準備はできただろう。現場での判断はお前に任せる。最優先は県犬養姫璐の保護だが贅沢はいうまい——県犬養家に巣食うインガミ、霊奇を殲滅してこい」
「ああ、腹ごなしもすんだし異能じゃんじゃか使っても問題ない——あたしはこれくらい単純な仕事が一番だね」
やれやれと、夕日の影を使う異能は途轍もなく疲れるそうで、かなりの体力を消耗するらしく必然腹も空くらしい。そんな単純に異能使えるってどんな体してるんだか……
「んじゃま、行ってくる。ほい、ライト」
「ん、ああ」
そう言うと夕日は手に持っていた小型のLED懐中電灯を僕に渡して来た。確かにこれなら夕日はすぐにでも県犬養家に着くだろう。今からする事は夕日の十八番である『影渡り』だ。
「県犬養姫璐の影は覚えてるのか?」
「ああ、ちゃんとマーキングしといたからモーマンタイ。ただ少し距離があるから、一発じゃキツいかな」
夕日はコツコツと僕の前を通り過ぎ歩いていく。その歩みは戦場に赴く戦士とは思えないほどの軽快さだった。ある程度僕との距離があいたことを確認し、夕日に向かってライトを点ける、するとライトにより夕日の正面には自身の影が伸びていく、そのままコツコツと歩き、階段でも降りていくように体は影の中に沈んでいった。体の半分が沈んだあたりで歩みを止めこちらを一瞥し、
「アイルビーバック!」
そのまま親指を立て影の中へと沈んでいった……
「ターミネーターにかぶれてるんですかね」
「さぁな」
一抹の不安がよぎる……いや信用しよう、自分で言ったじゃないか……。
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