第3話 深淵に眠るナニカって


 「はぁ概ね、予想通りか……」


 わかってはいたけど腰が重い、パイプ椅子が恋しくなるくらいには立ち上がりたくなくなる、パイプ椅子の背もたれに勢いよく寄りかかり天を仰ぐ、ギシッと椅子も泣いていやがる。

 

 「まぁそんなに気ぃ張るなって、今回の依頼は片手間でこなせちゃうくらいイージーな仕事だからさ」


 つまらなさそうにナイフをペン回しの様にクルクル回している。夕日のナイフ捌きならこちらに飛んでくることはないだろう。


 「ふーん、その片手間でこなせるイージーな仕事って何なんだよ?」


 間髪入れずに夕日は答える。


 「ん、迷子探し」

 

 「迷子探し? 夕日に頼むにしては大したことのない依頼だけど……」


 「そうだよ! そーなんだよぉ! アタシは血湧き肉躍る戦いがしたいのにさー、はぁつまんないよなぁ」


 何もない空間をナイフで優しくなぞりながらクレームをぼやく戦闘狂が1人、その眼差しは先ほどのパフェにお熱だった人物とは別人の様な眼光をしている、ナイフの側面に反射した僕の顔は一瞬強張って見えた。淑やかしとやかにナイフを眺めていた夕日の眼光が僕に切り替わる。


 「で! なんだけど命くん! ここは一つ頼まれてくれないかな!?」


 バンっと机を叩き身を乗り出す、同時にナイフを勢いよく上から振り下ろす。ナイフは僕の鼻先数ミリの所でピタリと止まる。

ハラハラと癖毛が愛嬌の前髪が中空を彷徨う。


 「オイ、夕日これは頼み事じゃなくて脅しになってるぞ、もう血糖値下がったのか? それに我らがは僕とお前でこなせって言ってんだろ?」


 こんな事は日常茶飯事だ、もはや僕からしたら指を刺されているのと何ら変わりはない、最初の頃はハンカチの代わりに下着をポケットに入れていたけどね。


 「むぅ、流石に慣れてきてるなぁ……。いいのいいの大概バレなきゃ無罪放免ってのが世の理だからね——報酬は半々でいいからダメ?」


 ナイフを下げ、ソファーにどさりと座る。


 「はぁ、頼むから良心の呵責かしゃくに苛まれてくれ……しかも仕事を肩代わりした僕とどうしたら報酬半々になるんだよ、たく。まぁ内容によっちゃ考えもなくはないけど、脳足りんの僕に優しく依頼内容教えていただけるかな」


 あぁまた始まったよ夕日の駄々が、興味のない依頼に対してはいつもこれだよ、きっと前世は野良が付く猫に違いないにゃん。

しかしここで頭ごなしに否定すると逆上して生傷を作る事になりかねない、夕日が事を起こすとパワハラではなく殺ハラになりかねないからな、慎重にいこう。


 「ちっ、粗◯ン野郎が」


 あれれー舌打ちとおよそ美女から発する言葉とは思えない暴言が聞こえた気がするけど気のせいだよね、言ってたら流石の僕も傷つくぞ。


 そして少し不機嫌そうな顰めっ面をして概要を説明し始める。


 「……迷子って言っても人じゃなくて迷子犬、何でもこの町の有権者が飼ってる犬らしいんだけど、2日前から行方不明。ちなみに依頼主はそこの一人娘【県犬養姫璐あがたいぬかいひいろ】高校生、何でも散歩中行方をくらましたんだと」


 「また珍妙な名前だなアガタイヌカイ? 初めて聞く名字だ」


 「なかなか格式高い家柄みたいだぞ何でも犬を絶やすべからずって家訓があるくらい犬煩悩だとか」


 「ふむふむ犬大好き家族の迷子犬探しって言うのはわかった。うんそれはそれは夕日さんつまらねーですな」


 夕日は少しニヤリとこちらを見つめて続ける。


 「……でもまぁここから少し面白くなるんだなぁ、何と娘の父親がクローン産業を飛躍的成長させた立役者【県犬養一連いちれん】らしいんだ」


 「ん? 一連? 一連って言えば麻人市にある工場じゃなかったか? まさか、そこの社長令嬢が来たってこと!?」


 クローン生産工場【一連】工場らしく一連作業からとった名前なのかと思ったんだが、もっと安直に社長の名前だったとは、何とも自己肯定感が強い父親じゃあないですか。


 【県犬養一連】死亡率の高い体細胞クローン技術で寸分違わない個体を作り上げ、食用としての安全性、個体差の寿命と言った課題もオールクリア、さらにこのクローン個体は解体保存された後も鮮度を全く損なわず保存期間がとても長い、長期保存を目的とした非常食などにも重宝している、その為長期の輸出でも品質を損なわないため貿易関係でも大活躍、この国の経済までも支えているときた、今では仮親となる個体も必要としないバイオ装置の開発にも成功し効率化にも成功している、まさに非凡な才能の持ち主だ。


 ただ光があれば影が生まれる黒い噂によればあの工場では【神の領域】を犯しているという都市伝説的な話もある、ま、すでに充分、生命倫理には抵触してるけどね。


 「まぁそのまさかだ、後はボンボンでは有りがちだけど、ここの犬は【本物】らしい、そりゃ必死になって探すよなって話、中々に上玉の依頼主なんだけど如何せんただの犬探しだからなぁ」


 【本物】と言うのは前述の通り飛躍的進化を遂げたクローン技術の余波によりペット産業にも大きな変化をもたらした、ペットブリーダーは衰退しクローンペット産業へと姿を変えた、そしてクローン技術で大量生産されたペットは貧困層に安価で売られ、本物思考の富裕層へは【本物】を高値で販売するのだ。


 「まぁ確かに夕日さんは、探すというより無くす派だし直すと言うより壊す派だしな」


 は?と言う口元でこちらを睨みつけてくる。辛辣な言葉を吐かれる前に切り返す。


 「……で依頼はいくらで受けたんだ?」


 依頼額次第では1人でやっても良さそうかな?


 「200だ」


 「そうか200か悩ましいなぁ……て、えっ?? ……どこの通貨単位で話してる?」


 夕日は待たしてもニヤリと笑う今度は少々の不敵を織り交ぜて。


 「いんや200万だ、どう? アタシは情報も提供したし依頼主の接待もやった、半々でもかなりの額だほれほれどうする?」


 くっ急に図に乗りやがって、まず情報はともかくとして、お前がおもてなしなんて事できるわけないだろ、しかしうますぎる話しだ、いくらうちの依頼料が価格変動性だからって犬見つけるだけで200万だと? 一体どんな犬ならそんな値段詰めるんだよ……。


 「まてまて犬探すだけで200万って、流石に富裕層だからってそれはやりすぎだろ……だいたい夕日、どんな請求したらそんな額になるんだよ、しかも200万もあったら新しい……」


 夕日は、僕が言い終わる前に話し出す。


 「お前はわかってないなぁ、金持ちってのは時間こそ有限って考え方なんだよ、1日、2日で父親は警察に捜索願いをだして娘はこんなアングラまで足を運んで依頼しに来てる、こいつらは時間の浪費を1番嫌うんだよ、200万なんて金は端金にすぎないってことだろ、アタシ達の尺度じゃ測れねーよ、ましてこの金額は向こうさんが提示してきたんだしな——。それにだ、この犬は変えがきかない、【県犬養一連】は【本物】の金持ちだ、揺るぎない信念、積み重ねた自負それ故の理想郷がそこにある、そこに犬絶やすべからず、極め付けが1年前に嫁さんが交通事故で死んでる、夫婦仲は良好だったし愛する娘に愛する犬、それが1年そこらで1人と1匹を失うってなったらそりゃ執着に火がついちゃうよなぁ」


 執着は身を滅ぼす事を理解しているからこそ夕日は大胆不敵に笑みをこぼす。


 「んー経緯は分かったけど、イリスさんは何て言ってんだよ? 雇用されてる身なんだし200万まるっと僕達の取り分ってわけにはいかないだろ?」


 「大丈夫大丈夫、そこに関しては今回イリスは関与しないそうだ、ただ一言『見聞して得た知識は重要だ蒐集しゅうしゅうし生の糧にしておけ』だってさ」


 タバコを吸うフリをしている、きっと真似て喋っているんだろう。


 「さんらしい物言いだけどこの額に目もくれないってのが、らしからない」


 「そんな疑心暗鬼になるなって、イリスは本業が捗ってんだよ、このご時世のおかげでイリスの信憑性が出てきたみたいだしな聖痕刻むのに忙しいんだよ、それにそう言ったツテからアタシたちに仕事が回ってくるってのも事実だ、ま、今回の依頼はボーナスだと思えよ」


 楽観的なのもいいけどなんだろう小骨が刺さっているような感覚、何か引っかかる、でも僕の頭では原因究明するのは困難だな。


 「ん〜まぁ背に腹はかえられぬ精神だな、いいよ僕が引き受けるよ」


 すると両手で机を叩き歓喜する夕日。


 「本当!? さっすが命くん! 話がわかって大変よろしいではないか! なっはっはは! これで撮り溜めしてあったアニメが観れるぞぉ!!」


 全くこいつはアニメが観たいが為に僕になすりつけてきたのか、さっきまで血湧き肉躍るとか言ってたくせに、何ともあざとい交渉だ、僕も金に目が眩んでついOKしてしまったんだが。


 夕日は急に立ち上がる。


 「こうしちゃおれまい! 時間は有限! アタシは更に有限! 帰る! と、その前に命! あ•り•が•と•な! ババン!」


 すると何を思ったのかスカートを自分で捲り上げ中身を見せつけてきた「オイ! 夕日お前何を!!」


 「ハッハッハ! 残念至極! 中はスパッツ履いてんだよ!」


 「……夕日ありがとうスパッツはご褒美だよごちそうさま」


 そう、夕日はアホだ、僕はパンツも好きだしスパッツは当社比2倍で好きだ、残念だったな、ありがとう、今日の労力が徒労に終わらずに済んだよ。


 みるみる顔が赤くなる夕日、彼女は見られた見られないに羞恥が働くのでなく、相手がどう感じたかで羞恥が変わるのだ、僕の方が一枚上手だったな、バァカめ!。


 「ちっ! ℃変態マゾヒスト野郎!! 歪んでんだよお前!! もうっ! 帰る! ワンコロが見つかったら連絡しろよ!」


 最後の最後にしてやったりでご満悦だ。

そうだ一つ聞いておきたい事があったんだ。


 「そー言えば、夕日、何で【太極の狭間】を【底】っていったんだ?」


 出入り口のビニールシートに手をかけながら夕日は答える。


 「あん? 闇は『底知れぬ』って言うだろ」


 そう言うとじゃあなと手を振り去っていく。

いやいやイケメンかよ、しかし上手いこと言いやがりますな。だが聞く事を間違えたと今更気づく。


 「……あっ犬の特徴なんにも聞いてねーじゃん……はぁ後で連絡すればいいか」


 食べ終わったパフェグラスに付いている水滴が滴り虚しく木製テーブルの染みになっている。


 もちろんその後連絡しても音信不通だったのは言うまでもない。

          ◇◇

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