第2話 底底いい感じ
九月六日 午後十三時頃
ギィーっと耳障りの悪い音が鳴り響く、重厚感のある錆た鉄扉を開ける。ここは麻人市の工業団地の外れにある、使われなくなった工場をリメイクして造られたカフェ【ルイン★】星マークでは誤魔化しきれない
工業団地ってだけで立地は最悪なのに何故、元屠畜場にカフェを開こうと思ったんだ? それにこの市に屠畜場があったと言う事実もなかなかに不気味、ここのオーナーはどうかしてる、まぁこんな所に造ってくれたおかげで(皮肉)ここはアングラ住人の巣窟となってるんだけど。
扉を抜けて先に進む、通路は狭く人が並んで歩けるかどうかの広さ、灯りは通路の両端下に2メートル間隔で橙色の電灯が怪しげに足元を照らしている、これだけの電灯では通路は満足に照らさられるわけもなく薄暗さと意味深な壁の黒ずんだシミが不気味さに拍車をかける。
長い通路を歩くと、突き当たりに半透明のビニールカーテン、工場の私物をリサイクルして使っているのだろう……触りたくないな、僕は潔癖ではないのだが……ここの成り立ちを知っているとなぁ……はぁ。
溜息一つと引き換えにビニールカーテンを潜る。
閉鎖感からようやく解放と思いたい所だがこのカフェにそんな安堵は許されない、ビニールカーテンの先は一寸先は闇を具現化したような空間、何も無い——何処までも続く闇、光がない故に部屋の奥行きは全くわからない。自身の鼓動が耳障りになりそうな程の静寂、きっと歩き出せば終わらない闇を追う羽目になるのだろう。しかしこの奥には一体何があるのか? 深淵? ただのがらんどう? はたまた異世界? それとも地獄? この世の闇を掻き集めてもこれ程の闇は産まれるものだろうか? 闇が艶めかしく微笑んでいるように感じる。
ダメだこのまま闇を視続けるのは……でも僕のなけなしの好奇心が鼓動する、闇の先に待つものは何なのか? このカリギュラ効果に抗う術がない今、闇の叡智を深め沈み、闇の真理を知見する者に、僕は———
「おい、あまり底を見るな」
ハッと我に帰る、正に鶴の一声僕はあと一歩で自身の眼球を抉り取るところだった。
改めて声の主の方に振り向くと、闇の片隅、多分壁際だろう所だけ光と闇が拮抗しお互いを遮断するようにスポットライトが照らされていた。アンティーク調の牛革で作られた渋いブラウンカラーのソファーに声の主であり、僕をここに呼び出した張本人がアームレストに頬杖をつき足を組みこちらを眺めている。
「お前はここに来る度にその調子だな」
呆れた物言いで言い放つ。
「僕は
精一杯の悪態をつきながらソファーに近づきスポットライト内に入る。
「【太極の狭間】特に麻人市の作り出す狭間を覗くと深淵に取り残されかねない、以前にも言わなかったか? ボンクラ」
「あー知ってるよ、悪い、助かった、ありがとう命の恩人感謝永遠に」
助かったとは言え適当に感謝の言葉を並べてしまうのは待ち合わせ場所が悪すぎるからだ。
「深淵を覗く時深淵もこちらを覗いている、厨二病だから好きだろこのセリフ?」
ニタニタ笑いながら喋りやがる、だが好きだそのセリフ、もし『厨二男子! グッ!!とくるセリフランキング!!』があれば上位ランカー間違いなしだ。もちろんグッときた。
唇を噛み締めながら染み染みしていると、僕が悲しんでいると思ったのか「泣いてるのか? そんなに傷付いたの? そんな露骨に悲しそうな顔するなよな確かにもう少し待ってお前の眼球着脱ショーを観たいと思った事は謝るけど、厨二病は事実でしょ?」
「……別に悲しんでなんかいないし、僕の眼球は便利な着脱式では断じて無い。厨二病に関しては寧ろ誇りにすら思ってるよ」
だよなと満足げな表情を浮かべている彼女の名は【
それに反して容姿は抜群だ、肌は白く髪は腰くらいまであり、絹糸の様に一本一本の髪に艶やかさがある、髪色は練り色、わずかに黄色がかった白、肩から垂れ落ちてくる髪はまるでシルクが滑り落ちてくる様だ悔しいが
そんな純潔を思わせる髪とは正反対に夕日の瞳の色は真紅、暗い部屋の中だからだろうか夕日の瞳は煌々と輝いて見えるこれではまるで紅く染まった月、ストロベリームーンだ。
「そんな見詰めんなよ穴が空きそうだ」
そう言うと視線を逸らし、そっぽを向いてしまった、しかし組んでいる足は小さく上下に跳ねて、尻尾を振る狗のようだ。
だが僕には分かるぞこの素朴で当たり前のような素振りこそ男を惑わす魔性、こんな俗世からかけ離れた仙姿玉質な存在が既視感を感じる仕草をすれば男なんて『あれ……こんなに可愛いのになんてピュアなんだ、トゥンク』とか思って小さな天使ちゃんが弓を弾く事になる、矢が本物なら夕日のケツの下には死体の山が出来上がっているだろう、まさに
「ところでいつまで突っ立ってるつもり? 待ちくたびれたんだけど」
そうそう、そうやって高嶺の花を演じてなさい。
「座りたいところだが生憎椅子が見当たらないようだが……」
「大変お待たせ致しました」
背後から急にやってきたウェイトレスにぶったまげる。「ヒャっ!」と女々しい悲鳴をあげてしまいニヤニヤが止まらない夕日さん。
背がすらっと高く180センチ以上あるのではないだろうか(ちなみに夕日は150センチ前後の
ただ目につく特徴が一つこの人、両目に刃物による切り傷があり瞼と切り傷が癒着している、きっと閉じた目は開く事はないだろう。
僕の横を通る時にっこり微笑み、折りたたみ式のパイプ椅子と夕日が頼んでいたであろうパフェを運んできてくれた。
何だよちゃんと、僕の椅子用意してくれてたんじゃないかありがとう、パイプ椅子なのは目をつぶるよ。
ギシッと悲鳴をあげるパイプ椅子に腰掛ける。
「待ちくたびれたとか言っておきながらしっかりパフェ頼んでるじゃないか」
背景に花びらが見えるほど嬉しそうにパフェを視つめる夕日。
「仕方ないだろ今日から新作が出るって聞いたからには来るしかないだろ? ここのパフェは絶品なんだからよ。そして今回の新作のタイトルは『羊たちの沈黙』らしいぞ! 意味はわからんがふわふわがたくさん乗ってて可愛いが大渋滞してるぅ〜キャワ」
ギャルにかぶれてるのかこいつは?
「……トマス•ハリスか、そのフワフワは物言わぬ従順な人間って事か、可愛らしさとは裏腹に強烈アイロニーだこと」
皮肉を口にする僕に対し夕日は独自の持論を返す。
「まぁそんな示唆や黙示はアタシには至極どうでもいいよ、神は甘味に在り、世は事もなしだからね。アンタもそう思うでしょ命?」
そんな神が居てくれれば世の中もう少し和平的だろよ。因みに命とは僕の事だここでさらっと自己紹介しとくよ、性は【
パフェについて考えるのはもうやめておこう、無邪気にパフェを頬張る夕日を横目に話を切り出す。
「てか、パフェ食ってないでここに呼び出した要件さっさといいやがれなんですけど」
僕はこんな気味の悪いところおさらばしたいのだよ。
と言っている間にパフェを平らげてしまったようだ。いくらなんでも疾すぎるぜ夕日さん、貴女の胃こそ深淵なのでは?
「くうぅ甘味最高! なかなかに美味じゃあないかね! しかしこのふわふわは一体何でできてるんだ!?」
「おーい夕日さんパフェから帰ってきてください」
少し頬を赤く染めて恥ずかしそうにこちらを見つめてくる。
「やめろ! 無差別に頬を染めるな! お前がすると無差別殺人と一緒だぞ! もう少し兵器としての心得を持て!!」
「はぁ? お前の頭の中はコマ小蝿でも飛び回ってるのか? 日に日に独り言が増えてるぞ、ボケか、認知か? ——まぁいい」
そう言うと改めて足を組み直し、また上下に
足を揺らして上機嫌の様だ。しかしそう足をパタつかされると夕日の服装では危険なんだよ、何故かわからないが夕日は、10年くらい前に廃止になったセーラー服というもの着ている。世に言う制服ってやつか、上下黒色で袖まで真っ黒、首元には瞳と同じ色、真紅の大き目なスカーフをしている、スカートは膝上20センチくらい、靴は膝より少し下くらいまであるバックルが無数についたゴツいブーツを履いている、これのおかげで身長は誤魔化せているようだ。
「オイ今度はスカートに穴を開ける気か?」
「あーすまんスカートの中の深淵が気になってしまった、許してくれここまで来たご褒美があってもいいと思っての犯行だ可愛いもんだろ?」
両手を上げて降参を示す。
ゴンっ背後から何かにどつかれたようだ、「いってぇ」振り返っても誰もいない代わりに
目の前に刃渡り30センチくらいあるサバイバルナイフを握る夕日、あーなるほどそれで殴ったのね、般若みたいな顔して怒ってらっしゃる。
「たくっ油断も隙もないやつ、しかも話を逸らしてるのはお前じゃないか、たく、話を進めるぞ端的に言えば依頼の話だ良かったな久しぶりの金稼ぎだ———」
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