【短編】巫女さんが神さまの依頼で、神社のご神体をユーチューバーにする話

千月さかき

巫女さんが神さまの依頼で、神社のご神体をユーチューバーにする話

巫女みこよ。我をユーチューバーにするがよい』


 ある日、眠ってたら神託しんたくがあった。


 ……いやいや、待って。

 うちの神さまなに言ってるの?




 最初に説明しておくと、うちは神社です。

 といっても、元日に行列ができるほどじゃない、小さなお社。

 参拝客も少ない方です。


 しょうがないよね。山の中だもんね。

 1年で一番参拝客が見込めるお正月には、道が雪で閉ざされるんだから。

 普段は2車線の山道が、積み上がった雪のせいで1車線半になる場所に来たいと思う人は多くない。だからうちの神社もさびれるわけ。


 そんな神社のご神体は、大型車くらいのサイズがある岩です。

 神さまがこの岩の上でお酒を飲んだという伝説があります。


 岩をご神体として神社が作られたのが数百年前。

 その後は先祖代々、ご神体を護ってきました。昔は、ふもとの町にも人がいたからね。

 だけど徐々に人は減り、今では子どもも、私を含めて十数人。

 参拝客も減ってしまって、神さまがさみしい思いをしているのも無理はないわけで……。


「だからってユーチューバーはないよね」


 そもそも、あの夢が神託とは限らないし。

 うん。忘れよう。

 高校に進学したばかりで疲れてただけだよね……。




『巫女よ。我をユーチューバーにするがよい』




 かんべんしてください神さま。

 一週間も同じ夢を見せ続けるのはひどいです。

 わかりました。もう、わかりましたから。


 でも、神主は私じゃないからね。

 お父さんに、ご神体の動画をアップしていいか聞いてみよう。






「お父さんお父さん」

「……すまない。うちは美大は無理なんだ」

「中学生時代に言ったことを引っ張るのはやめてね」


 中学時代の私の駄々がはね返ってきました。


 私は小さいころから絵が好きでした。

 中学時代には「将来、絵師になりたい」とか考えていたわけです。でもって「絵師になるには絵の勉強を」「絵の勉強は美大」となり、「お父さん美大に行きたい!!」という結論に達したわけです。


 中が時代の私、駄々をこねたことを謝れ。

 父子家庭で私を育ててくれたお父さんに謝りなさい。


「もう、美大に行きたいとか言わないから」

「そうかい? でも公立ならなんとか。ああ、一人暮らしの費用がいるのか」

「ごめん。黒歴史を引っ張り出すのやめて」


 あなたの娘は、自分に才能がないことを知ってます。

 絵のことはいいから話を聞いてください。


「夢にご神体が出てきて『ユーチューバーになりたい』と言ったの。巫女として、そのお願いを叶えてあげようと思って」

「権利関係は大丈夫かな?」

「神主はお父さんだからいいんじゃない?」

「だけど高校生がそういうことをするとトラブルの元だからね。お父さんのアカウントで登録しよう。手続きはお父さんに任せなさい」


 意外とあっさり許可が出ました。

 え? バズれば参拝客が増えるかも? なるほど。


 残念だけどお父さん。ネットの世界ってそんなに甘くないんだよ?

 私のSNSの絵描きアカウントもフォロワーは一桁……あ、なんだか辛くなってきた。


 まぁいいや。

 とりあえずご神体をスマホで撮って、アップすればいいよね。

 それでユーチューバーデビューってことにしましょう。


 私はスマホを手に、神社の裏手に向かいます。

 木々に囲まれた場所にあるのは、大きな岩。これがうちの神社のご神体。

 夜露に濡れた姿。

 岩を飾る、くたびれた……いえ、年季の入った注連縄しめなわ


 まぁ、迫力はあるかな。

 スマホを持って……岩のまわりを一回りすると……撮影時間1分。

 しばらく同じ場所で撮影して、適当な時間になったらアップしよう。


 神さま。私にできるのはこのくらいです。

 これで勘弁してください。

 神託が来ると飛び起きちゃうから寝不足なんですよ。本当に。


 そして、翌日。




 バズった。




『なぜか感動する』

『神々しい気配を感じる』

『癒される。落ち着く』

『見ていると時間を忘れる。ありがとう!』



 再生数6桁で、大量のコメントがついてる。

 なにこれ。

 ご神体の岩をスマホで撮っただけだよ? どうしてこうなったの?


 でも……これはチャンスかも。

 ご神体にカリスマがあるなら、神社の宣伝をしてみよう。

 参拝客が増えれば父さんも喜ぶし、うちの家計も私の学費もげふんげふん!


 とにかく、次の動画を作ろう。

 巫女服を着て、顔が映らないようにして、ご神体の由来や神社の歴史を伝えれば──




『巫女いらない』

『解説が邪魔』

『静かに見ていたいのに、雑音を流さないでください』

『登録解除しました』

『手ぶれがひどい。解説よりも撮影を重視するべき』




 はいはいそうですか!! わかりましたよ!!

 いいですよ。もう口は出しません。巫女は静かにしてますよ。


『ユーチューバーになりたい』が神さまの希望ですからね。

 巫女はそのサポートに徹します。

 で、なんですか? 手ぶれがひどい? そうだね。歩きながら撮ってるからね。固定カメラにしますよ。


 百均で自撮り棒を買ってきて、雪囲い用の縄で樹に縛り付けて、固定完了。

 これでいいよね。文句ないよね。


 それじゃ視聴者さま。静かにご神体の姿をお楽しみください。




『構図が残念。せっかくのご神体がかわいそう』




 ああああああああ、もおおおおおおおぉぉぉぉ!!


 頭を抱えましたよ。私は。

 弱点をざっくりえぐられた気分です。


 というか、昔も言われたことがあるのです。

 私が一方的に、ライバルだと思ってた人に。


 子どもの頃。といっても数年前ですけどね。

 当時は、自分は絵がうまいと思ってたんですよ。

 発想のひらめきと、感性。

 そういうものにあふれていて、自分は特別だと思ってました。


 今考えると、頭がどうにかしてたんでしょうね。子どもなんてそんなもんですが。

 当時の私は「自分には才能がある。それだけで完璧」だって思ってたんです。

 技術なんて後から勝手について来るって。


 まー、あれですよ。

 ちびっこの才能なんて、成長すれば消えるもんです。

 技術をみがかずに、才能だけでやってきた人の末路はひどいよ。

 才能が信じられなくなった瞬間に、全部、ガラガラと崩れていくんですから。


 で、ちびっこだった頃の私には、ライバル視してた人がいました。

『構図』とか『デッサンの勉強をした方が』と言ってたのは彼です。


 当時は、負け惜しみだと思ってました。

 クラスの中で「絵が上手い」と言われてたのは、私の方でしたから。

 まぁ、私が、自分を知らなかっただけなんですけどね。


 中学校に入ってすぐに、現実を見せつけられました。

 生徒玄関に張ってあった、彼の絵を見たときです。

 幼なじみの彼が、本格的に絵を勉強して、はじめて描いた絵でした。


 絵で頭を殴られた経験ってありますか?

 私はあります。もちろん、物理的にじゃなかったですけど。

 見た瞬間に、衝撃が走ったんです。


 なんかの受賞作だって札が張ってありましたけど、目に入りませんでした。

 それほどのものだったんです。その絵は。

 私が『絵がうまくなりたい。美大に入る!』って、父さんに駄々をこねたのは、その日の夜でした。ええ、よく覚えてます。黒歴史ですから。


 今は、身の程をわきまえてます。私は彼のようにはなれません。


 だから、うまい絵を描こうとしなくなりました。

 たまに簡単なイラストを描くだけです。それで十分、満足してます。

 今の私は、神さまユーチューバーの補助役ですから。


「でも、構図かー」


 放置してると、またご神託が来るかもしれませんね。

 対策を立てましょう。





 次の日。

 私は市の図書館で、絵の構図の本を借りてきました。


 ちなみに、司書のお姉さんは顔見知りです。

 久しぶりに絵の本を借りたら「がんばってね。未来の絵描きさん」って言われました。

 お姉さんは、言葉が人を傷つけることを知った方がいいです。


 そもそも当時は構図の本なんか読んでなかったですからね。

 上手い絵をたくさん見れば、自然と上手くなるもんだと思ってましたから。

 絵のオーラが自分に移るとか言ってましたからね。中二病ですか。


「三角法。S字……なるほど」


 借りた本を読み込みながら、ひとつひとつ試していきます。

 結果はすぐに出ました。動画のアクセス数は急上昇しましたから。


 でも……わかりません。

 コメントには『神々しい気配』とか『見ていると癒やされる』とかありますけど。

 視聴者さんには、一体なにが見えているんでしょう。

 どうして私には見えないんでしょう?


 そういえば、小学校の図工の先生に「もっと被写体を見なさい」と言われたことがありましたね。

 当時の私は、将棋の飛車ひしゃを描いてやりました。『飛車体ひしゃたい』と言いたかったようです。

 タイムマシンがあったら殴りに行きたいです。当時の私を。


「被写体を見ろって言われても……」


 私には、ご神体の岩しか見えません。


 視聴者さんにはなにが見えているんでしょう?

 どうして、私には見えないんでしょう。

 巫女ですよ。私。がんばって毎日動画を投稿してますよ。

 私になにも見えないなんて、不公平じゃないですか。


「……イーゼルって、ありましたっけ」


 子どものころの私は、形から入るタイプでした。

 というか、道具さえそろえればうまくいくと思っていたんですね。

 だからありますよ。イーゼルも、スケッチブックも。

 

 ご神体の側に椅子を置いて、イーゼルを立てると……おぉ、絵描きっぽいです。

 ふたたび絵描きの道を選ぶときが来たようです。


 ……ごめんなさい。嘘です。

 私は、みんなに見えるものが見えないのが、悔しいだけです。


「じっくり見てあげようじゃないですか。隅から隅まで」


 鉛筆で、ご神体のかたちを取っていきます。

 しっかり見ます。

 少しずつ、陰影をつけていきます。


 こうして私とご神体の戦いは始まったのでした。


 あと。動画の再生数は右肩上がりです。

 コメントも増えています。えっと──



『もっと映えるライティングの方が』



 いい加減にしてください。







 それから、しばらく経ちました。

『ご神体チャンネル』は、相変わらず好評です。

 投げ銭スパチャも来てるみたいです。私は管理してないですけど。

 アカウントは父さんのものですからね。


 神さまの願いは叶ったんでしょうか。

 そろそろいいかな、とも思うのですが、やめるタイミングがわかりません。


 私の絵も、やめるタイミングが見つかりません。

 描きまくったご神体の絵が増えていってます。

 嫌になって破ったものを含めると、もっと多いですけど。


 私が勝手にライバル視してる彼は、今も絶好調みたいです。

 登校すると、生徒玄関に絵が飾られてました。

 また賞を取ったみたいです。こういう人が美大とかに行くんでしょうね。


 そんなことを考えながら絵を見てたら、彼に会いました。

 なんとなく、声をかけることにしました。

 ご近所付き合いは大切です。田舎町で、子どもの数も少ないですからね。


「あー。すごいですね。絵」

 

 語彙力。


「きれい。受賞。どこの絵?」

「全然だめ。最近、スランプで」


 彼が言いました。ざらついた声でした。

 声変わりしてたんですね。どうして今まで気づかなかったんでしょう?

 もしかして……私、彼を避けてましたか?


「いや、あんたの絵はすごいよ。賞も取ってるし」

「全然だめだよ」

「そう?」

「最近は描く数も減ってる。動画を見るのが、唯一の楽しみかな」

「どんなの?」

「お前んちのご神体」

「はいはいはい! 父さんがやってるやつね。父さんがね!!」

「癒やされる」

「よかったね! 父さんに言っておくね!!」

「構図とライティングも少しずつ良くなってる」


 あのコメントはお前か! お前だったのか!

 あ、でも、投げ銭スパチャありがとね。






 まさか『ご神体チャンネル』を、彼が見ていたとは。

 ……どうしてくれよう。

 チャンネルの運営は父さんがやっていることにしたけれど、油断はできません。


 彼んちは、意外とご近所なのです。

 私が撮影しているところを見られる可能性もあります。

 絵の天才の観察力で、私が運営者だと見抜かれるおそれもあるのです。


 彼のことは、小さいころからよく見ています。

 幼なじみで、ライバルですから。

『ライバル』の方は、私が勝手に思ってるだけですけど。


 とにかく。

 もう、撮影に妥協はできないということです。


 機材はあるものを使うしかありません。

 これは私が始めたことですから、父さんを頼るわけにもいきません。

 父さんは芸術関係が苦手です。写真を撮れば必ず手ぶれする人ですからね。父さんには、アカウントの管理に専念してもらいましょう。


 機材はこのまま、スマホだけ。

 あとは私が技術を学んで、カバーすることにします。

 大切なのは構図とライティング、それに観察です。


 問題は視聴者がなにに感動しているのか、わからないことです。

 巫女なのに、私にはご神体の本質が見えていないんです。

 ほんと、みんななにを見てるんでしょうか。狐耳の神さまでもいるんでしょうか。うちの神さまは稲荷神じゃないんですけどね。


 ……悔しいです。

 絵で、彼に追いつけなかったのも悔しいですし、みんなに見えているものが見えないのも、悔しいです。

 だから──


「こうなったら、とことんやってやろうじゃないですか」


 みんなが見ているものが見えてくるまで、撮影を続けます。

 観察力を高めるために、絵を描き続けてやりますよ。


 被写体をしっかり見ればいいんですよね? そうですよね。小学校の図工の先生。

 これでなにも見えないままだったら、文句を言いに……は行きませんけど、ご神体の前で愚痴ってやります。


 視聴者さんが、ご神体に飽きるのが先か。

 私に、みんなが見えているものが見えるのが先か。


 勝負です。






 私は、ご神体の絵を描き続けました。

 カンカン照りで、ご神体の陰影が強くなる日も。

 小雨が降り、いい感じの水滴が、ご神体の表面を伝う日も。

 積もった雪の反射光が、不思議な影を作り出す日も。


 それでも、特に変わったものは見えてきません。

 ケンカ売ってるんですか、神さま。


 そうしているうちに時は過ぎて、私は高校3年生になりました。

 受験生です。


 相変わらず彼の絵は、生徒玄関の前に飾られています。

 賞をいくつ取れば気が済むんでしょう。

 美大に推薦で入るといううわさも聞こえてきます。いいですね。才能のある人は。


 いえ、これはあくまで受験生としての感想です。

 彼を、絵のライバルだとは思っていません。

 だって、私にはなにも見えてこないんですから。


 神さまはいじわるです。心からそう思います。


 絵のことだけじゃありません。

 3年になってクラス替えがあるなんて、思ってもみませんでした。

 まさか彼と同じクラスになるなんて。


 普通、高3でクラス替えってしませんよね?

 え? 子どもの数が減ったから?

 あー、このあたりは過疎ですからね。

 どうりでうちの神社のお賽銭も減っているわけです。


 でも、困りました。

 私は彼と別のクラスだったから、選択で美術を取ったんです。

 彼と比べられずに絵を描きたかったからです。

 彼と同じクラスになることは、想定していませんでした。


 仕方ありません。覚悟を決めましょう。

 1年くらい、天才とともに勉強するのもいいでしょう。


 そうして臨んだ美術の授業の課題は、隣の人の肖像画を描くことでした。



「よろしく」

「……なんてことだ」



 私の隣の席にいたのは、彼でした。


 神さま、この仕打ちはないでしょう。

『ユーチューバー』にしてあげたじゃないですか。

 願いを叶えてあげた巫女に、こういうことしますか。神さま。

 今日の動画にダークなBGMをつけますよ? それともラップがいいですか?


 もういいです……覚悟はもう、決まっています。

 彼に勝てないことは、わかってるんです。

 私は凡人です。凡人なりに、あがいてみようじゃないですか。


 そうして私と彼は、順番に、おたがいの絵を描き始めました。


 久しぶりに、彼の顔をちゃんと見た気がします。

 思ったより、まつげが長いんですね。

 あごの下に、そり残しの髭があります。

 耳のかたちは、私と違うんですね。耳たぶが少し長いです。


 あれ? ちょっと。

 どうして顔をそむけるんですか。肖像画を描いてるんですから、動かないでください。


 ……え、なんですか?

「お前が絵を描いてるところを、久しぶりに見た」ですか。

 そりゃそうでしょう。

 私の絵なんて、人に見せられるレベルじゃないんですから。

 天才がそういうことを言うと、嫌味にしか聞こえませんよ。



「……俺は、ずっと、お前がうらやましかった」



 べきっ。



 あら。鉛筆が折れてしまいましたね。

 変な力を入れたからでしょうか。

 え? 怒ってませんよ。怒る理由なんてないですから。


 私は深呼吸をして、また、絵に向かい合います。

 怒る理由なんて、ひとつもありません。

 私が彼を、勝手にライバル視してただけです。


 きっと天才も大変なのでしょう。みんなの期待とか、ありますからね。

 期待されない者の方が、楽なのかもしれません。


 せっかくの機会です。

 彼のその、天才の苦しみみたいなものを、この絵にこめてみましょう。

 神社のご神体からはなにも感じ取れない私ですけど、これは授業ですからね。

 少しくらい、自由にやらせてもらいましょう。



 それから私は、『被写体をしっかり見る』ことにしました。

 最後の機会かもしれませんからね。

 彼が都会の美大に行ったら、会えなくなるんですから。



 今週は私が彼の絵を描く番。

 そして来週は、彼が私の絵を描く番でした。


 椅子に座った私を見ながら、彼が鉛筆を走らせています。

 できあがった絵は、私も見ることになるでしょう。

 比べられる覚悟はできました。どんとこい。



 そうして一週間おきに、繰り返し、繰り返し。

 私と彼は、おたがいの絵を描き続けます。


 肖像画の授業は、4月だけ。

 未完成でも提出して、それで終わりになる……はずでした。



「ふたりとも、もう少し描き進めてみたらどうかな?」



 ──私と彼の絵を見た美術の先生が、変なことを言わなければ。


「わかりました」

「はい。先生 (なんてことだ!!)」


 内心を押し殺して、私はうなずきました。

 もう、やけです。どうでもいいです。


 描けと言われれば描きます。色を塗れと言われれば、塗りましょう。

 背景? はいはい。わかりましたよ。

 被写体をしっかり見ればいいんでしょう? ご神体を描くのと似たようなもんです。小雨の森でも雪景色でも、描いてやろうじゃないですか。ええ。

 高校生活の記念に、天才と比べられるのもいいでしょう。


 彼は相変わらず『ご神体チャンネル』の視聴者みたいですし。

 ときどき、スパチャもくれますからね。

 恩返しのつもりで、天才の姿を描いてみせましょう。

 もちろん『ご神体チャンネル』の更新も忘れずに。



 それから1ヶ月が過ぎて、私たちの絵は完成しました。

 2枚の絵を受け取った美術の先生は、ほくほく顔でした。

 彼の絵を手に入れたのだから当然でしょう。

 よかったですね。



 それから、さらに数ヶ月後の、夏休み前。

 私は美術の先生に呼びだされました。


「美大を目指してみないか」


 ……先生、なにを言ってるんですか?


「ん? 生徒玄関前の掲示を見ていないのか?」


 生徒玄関前? 見てますよ。

 なんか絵が飾ってありましたね。きっと彼の絵でしょう?

 人物画でした。私を描いた絵が、また賞を取ったんでしょうね。

 どうりでクラスメイトたちが、こっちを見ていたはずです。


「私の肖像画があるんですよね?」

「君の肖像画があるんだ」

「彼の絵ですよね?」

「君の絵だよ?」

「私は、自分の絵をじっくり見る趣味はありません」

「自分の絵なんだから、ちゃんと見た方がいいんじゃないか?」


 感性で話をされても困ります。


 しょうがないですね。

 私は美術室を出て、生徒玄関に向かいます。


 すると、彼がいました。

 掲示されている絵を、じっと見ています。

 私は足音をさせないように、その後ろを通り過ぎます。ちらりと絵を見ます。

 うん。私の絵……あれ?


 彼の絵でした。いえ、私の絵なんですけど。

 私の絵ですけど、彼の絵でもあります?


 ショックで言葉がおかしくなっていますね。


 生徒玄関前に掲示されているのは、県の大きな賞を取った、肖像画しょうぞうが

 私が描いたものでした。


 ちなみに、彼も賞を取ったことが、その隣に書かれています。

 生徒玄関前のスペースが足りないせいで、絵の展示はないですけど、

 彼も私の肖像画を描いて、しっかり賞を取ったようです。

 さすが天才です。抜け目がないです。


「…………なんてことだ」


 予想外でした。

 高校生活も終盤に来て、こんなサプライズがあるとは。

 神さまでも予想できなかったことでしょう。


「……俺は、ずっと、お前がうらやましかった」


 彼の後ろで息を殺していると、ふと、彼がつぶやくのが聞こえました。

 え? 私の存在に気づいてたんですか。

 忍び足で歩いてたはずなんですが。


「お前の絵って、自由だから」


 そんなこと言われても。


「自由な発想のお前の絵が、すごく好きだった」

「え?」

「だってお前、才能だけで描いてたから。それだけで人をきつけられるものが描けるのはすごいよ。そのお前が技術を身につけたら絶対に敵わないって、そう思ってた」


 ──才能だけで描いてた。

 ──お前が技術を身につけたら、絶対に敵わない。


 彼はそんなことを言ったのでした。


 ……いや、買いかぶりすぎでしょ。

 私、もう高3だよ。あなたの言葉を鵜呑みにするほど素直じゃないよ?

 でも──


「そういうことはもっと早く言って」

「え?」

「いやごめんなんでもない忘れて」


 私が勝手にライバル視して、避けてただけだもんね。

 あなたはなんにも悪くないよね。ごめんね。


「美術の先生に、美大を目指してみないかって言われた」


 思わず、私はそんなことを口にしてました。

 すると彼は、


「同じ大学に行けるといいな」


 おいこら。なんだなんだ。

 突然なにを言い出すんだ天才。

 私が自由だとか言ってたけど、そっちの方がよっぽど自由じゃないか。


「君の絵だって、賞を取ってるじゃない」

「よく書けたから」

「私の肖像画だよね」

「だから、がんばった」

「君は私のことが好きなの?」


 なに言ってる私!?

 言ってる言葉が自由すぎないか私!


 いや、待て。なんで黙るんだ君は。

 え? 今うなずいたか? それとも気のせい? すごく困るんだけど。

 私が一方的にライバル視してたんじゃないのか? 君も私を意識してたのか?

 いまさらそんなこと言われても困るぞ!


 うちに、美大に行くようなお金はないんだ。

 変な希望を持たせないでほしい。


「それはともかく、お前のことは、ライバルだと思ってた」

「困る!」


 私が君と同じ大学に行きたくなったらどうしてくれるんだ。まったく。






 頭が混乱してました。

 中学生のころみたいに、おかしな状態になってたんだと思います。


 だから家に帰ったあと、私は父さんに、昔と同じことを言ってしまったのでした。

 成長した分、ちょっとだけ、遠慮がちな口調で、


「私が美大に行きたいと言ったらどうしますか?」

「いいんじゃないか?」

「ちょっと待って話が違う!」


 前に『……すまない。うちは美大は無理なんだ』って言ってたよね。

 あれから参拝客は増えてないよね。

 どうして言うことが変わってるの?


「そのために『ご神体チャンネル』を作ったんじゃないのか?」


 父さんの話では、すでにチャンネルの収益化は完了しているとのこと。

 これまでのたくわえを加えると、彼と同じの美大に行けるくらいは貯まってるみたい。


 ……なんてことだ。


「でも、お父さんの名義で貯めたお金だよ。お父さんが使った方が──」

「これくらい、手伝わせて欲しい」


 父さんは、優しい口調でそう言います。


「父さんは芸術のことは、さっぱりわからないからなぁ」

「私の絵を見ても『うまい』としか言わないもんね」

「だから神さまは父さんじゃなくて、お前に神託を授けたんだろうね」


 確かに。

 父さんがチャンネルの運営をやったら、すごく前衛的な動画になりそうだし。

 三脚を使っても手ぶれした写真が撮れる人だからね。父さんって。


「だから全部、うちの神さまのはからいなんだと思うよ」

「なんてことだ!!」


 これが神さまをユーチューバーにしたお礼ってこと?

 毎日ご神体を観察して、絵を描き続けたから、御利益があったの?

 それとも、ただの偶然? わからないけど……。


 私は家を飛び出して、ご神体の前で手を合わせる。

 言うことは『ありがとうございました』だけ。


 目をこらしても、やっぱりなにも見えてこない。

 見えるのはご神体のでこぼこした表面と、それが落とす影。ざらざらしたかたち。

 今すぐ描きたくなるのは、たぶん、これまでの習慣。


 うちの神さまがなにを考えているのかは、わからない。

 でもまぁ、美大くらいは受けてみてもいいかも。

 これから準備するのは大変だし、記念受験になっちゃうかもしれないけどね。


 彼──私のライバルに、挑戦してみるのも悪くない。

 そしたら向こうも、もっと意識してくるかもしれないし。

 私も素直に……彼と話ができるようになるかも……。


 そんなことを思いながら、私はまた、ご神体に手を合わせました。

 そしてその夜に見た夢は──



『巫女よ。「ご神体チャンネル」を、父に引き継いでいくがよい』



 ──うーん。

 うちの神さまは、さらに難易度の高い課題を出してきたみたいです。






 おしまい

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