第4話 それでも、少年はいつか宙をとぶ。

 あの事故はすごく大々的に報道されて、僕はその生き残りとしてたくさん取材されたけれど、何を聞いてもお父さんとお母さんが近所のスーパーの宣伝しか言わなくなってからあんまり来なくなった。スーパーからはすごく感謝されていた。

 僕はといえばやっぱり心に穴が空いたようになってしまって、しばらくはアカイロさんを思い出して泣いていた。


 学校帰りに僕のとこに来た記者が、「バスの中にはお友達とか、知ってる人はいなかったのかな?」って言ってきて、僕も近所のスーパーの話しようと思ったのに気づいたら泣いていて、その顔がテレビで流れて、なんだかすごく悔しかった。

 お母さんが僕の肩を抱いて「そんなこと聞いてきた記者はお父さんがぶっ飛ばしてやるって」と言ってきたので、「そんなのやめてって言ってよ」と言っておいた。お父さんは本当にテレビ局まで行ったらしいけど、『ぶっ飛ばすなんてとんでもない。もっとクレバーなお話し合いをしてきました』って言ってた。それからは本当に取材がほとんど来なくなり、僕たちはやっと落ち着いた。


 それから、しばらくして。

 僕は幾分か背が伸びて、あの日々がまるで夢だったみたいに感じられるようになった。だけどアカイロさんは会いに来ると約束してくれたし、それは明日かもしれないのだという気持ちはいつだってあった。

 そんな時、僕は日の高い真昼間に流星を見た。


 近くにいたクラスメイトが「隕石じゃね? あれ」と呟く。僕は瞬きをして、「ごめん、僕、午後……お腹痛くなったから帰る。先生に言っといて」と言い残し、何も持たずに走り出した。


 山道も随分綺麗になった。たぶんもう、あんな事故は起こらないだろう。

 僕は走って、走って、つまずきそうになりながら走って、山の上まで止まらなかった。

 途中で地響きがした。地震じゃない。星みたいに落ちたんだ。宇宙船が。


 山の上、パッとひらけたところにそれはあった。卵みたいな形で、だけどあの時よりずっと立派な船だった。


 中から出てきた人が、僕を見てちょっと首を傾げる。


「あー……こんにちは、男の子。きみ……きみが、トモキくん、か?」


 姿かたちも、声も、何もかもあの人と同じだった。

「アカイロさん……」

 でも、違った。

「アカイロさんじゃない」


 その人はゆっくりと瞬きをして、「君には、俺たちが何か違って見えるのか?」と尋ねてきた。

 その瞬間に、僕はなんだか決定的な答えが出てしまったような気がして、震えるほどの悲しみが体中を駆け抜けていった。なんでだか後に残った、静かに甘い愛しさを、抱きしめるようにしゃがみこみ、僕は声を上げて泣いた。


「…………約束を破ってしまってすまない。星間問題にしないでくれ」


 ばか。

 ばか。うそつき。


 代わりの人が来るなんてひどいじゃないか。そうじゃなければ、僕はいつまでだってあなたのことを待っていたのに。

 あなたは来られないのだ。代わりに人を寄越すしかなかったのだ。

 それぐらい僕にもわかるよ。子供だからって、馬鹿にしないでよ。


 散々泣いたあとで顔を上げると、ずっと困った顔で僕のそばにいた宇宙人が「約束を破ってしまってすまない」とまた僕に謝った。僕はなんだか可哀想になってしまって、その人を家に連れていった。

 お母さんにせがんでオムライスを食べさせてあげたら、その人はすごく喜んでいた。

 僕はその人のことを、シュイロさんと呼ぶことにした。


「よくここまで無事にたどり着けたね」

「技術というのは、方向性さえ定まれば驚くほどの速さで進歩するものだ。もはや地球との往復にそこまでの危険はない」

「……アカイロさんも、もうちょっと待ってりゃよかったのに」


 大変美味です、と真面目な顔で言っているシュイロさんに「ねえ」と僕は口を開く。


「アカイロさんは死んじゃったの?」


 シュイロさんは顔を上げて「わからない」と言った。それから少し考えるようにして、「君が“アカイロさん”と呼ぶ個体は帰還していないし、通信は途絶している」と正直に答える。

「帰還していない以上は、わからない。船が粉々になったのでなければ今も宇宙のどこかを漂っているだろうし、その中にいる君の友達が生きているか死んでいるかは、もはや確かめるすべがない」

 僕が黙ってスプーンを動かしているうちに、シュイロさんは完食してしまったらしい。ただじっと僕のことを見ている。

 僕は静かに呟いた。


「探しに行くよ、僕。アカイロさんのことを」


 僕もスプーンを置く。シュイロさんは瞬きをして「探しに? その個体をか?」と目を見張った。

 それから、沈黙が訪れる。話を聞いているはずのお母さんも何も言わなかった。

 不意に、シュイロさんが眉根を寄せて、「そうか」とだけ言う。

「どうしたの?」

「いや……いや。不思議だな。君のことが、悲しい気がしたんだ」

「悲しい?」

「宇宙は広くて暗い。その中で、もう粉々になってなくなってしまったかもしれない宇宙船を探しに行くのは、とてもかなしいことだよ。俺は、そうするべきではないと思う。君の友達は死んでしまったのだと言うべきだった。どう楽観視してもその可能性の方が高いんだ」

 真面目で正直なこの人の言うとおり、きっとそうなのだろうと思う。だけど、と僕はうつむいた。

「アカイロさんも僕を探しに来てくれたから。いるかどうかもわかんない僕に会いに来てくれたから。僕も、アカイロさんを探しに行くよ」

「…………君の友達はそれを望んでいないはずだ。俺たちは個の意識が希薄で、君と仲良くなった個体もそうだっただろう。『自分のことを探しに宇宙に出た』なんて知ったら仰天するに違いない」

「僕、アカイロさんが仰天するところ見たいな」

「俺もいま仰天しているよ」

 まじまじと見たがよくわからなかった。

 僕は仕方なくため息をついて、椅子の背もたれに寄りかかる。


「僕と出会ったのはアカイロさんだったんだよ。それで、アカイロさんが“会いたかった”って言ったのは僕だったんだよ」


 シュイロさんは頬杖をついていた。その表情からは、気持ちまでは読み取れない。

「君の友達が俺を地球へ寄越すよう手配した意味がわかった。もう少し詳細な情報さえあれば、俺ももっと上手くやったのにな。君にそんな顔をさせないように」

「あなたがどれほど上手にやっても、僕はあなたがアカイロさんじゃないことをわかったと思う」

「君はそう言うけれど、俺とアレは同じものなんだ」

「僕にとってはそうじゃない」

「君が“アカイロさん”と呼ぶ個体も価値観は俺と同じだろう。君が探しに行ったって、喜びこそすれ、その行動原理を理解できないはずだ。それでも?」

 僕は黙ってシュイロさんを見た。シュイロさんも僕のことを見た。


 やがてシュイロさんは姿勢を正して、「俺の星には、唯一無二のものがない」と口を開く。

「誰もが何かのコピーで、自分が何番目のコピーかも気にする人はいない。それで俺たちは安心だ」

 そう言って、一瞬黙った。それから、こう続けた。

「君のことを見ているとおかしくなりそうだ。この星の人たちは、唯一無二のものをどうして唯一無二のままにしておける?」

 その答えを、僕は持っていなかった。難しいな、とシュイロさんは言う。僕もそう思った。とても難しいことなのだ。僕と彼らには埋められない距離があるらしかった。


 静かに、シュイロさんが「ご馳走をありがとう。とても美味しかった」と呟く。それから立ち上がり、「さようならだ、地球の男の子」と僕を見下ろした。


「俺ではない俺と友達になった男の子。良い旅を」


 僕は拳を握りしめて、「来てくれてありがとう。嬉しかった」と言う。その時のシュイロさんの笑った顔は、やっぱりアカイロさんと同じだったのに。なぜだか僕は、もっと寂しくなっただけだった。


 シュイロさんのことを見送ったあとで、僕は空を見上げる。どれだけ広いか想像もつかないこの宇宙のどこかに、アカイロさんはいるだろうか。


 シュイロさんは、宇宙を『広くて暗い』と言った。たぶん、僕が考えるよりずっと、ずっと、広くて暗いんだろう。さみしいところなんだろう。

 その中に。あなたがいるのなら。

 やっぱり僕は、探しに行こうと思う。あなたの宇宙船が、広くて暗い宇宙の中で、孤独にさまよい続けているのは、きっとかなしいことだと思うから。

 願わくば、また会おう。

 そうしたら今度は“当たり”の棒を、あきれるくらいたくさん持っていくよ。

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それでも、少年はいつか宙をとぶ hibana @hibana

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