それでも、少年はいつか宙をとぶ

hibana

第1話 その夜、僕の部屋に宇宙人が来た。

 僕の秘密基地の上に、バカデカい卵みたいなものが落ちていた。どれぐらいデカいかというと、ざっくり言って僕んちの物置小屋ぐらいデカい。

 卵は無惨に割れていて、その中にはなんか機械みたいなものがぎっしり詰まっていた。


 今日も秘密基地の中でジャンプでも読もうと思っていた僕は、飲みかけのサイダーを片手に口を半開きにする。とりあえず遠巻きにぐるぐる回ってその物体を眺めた。

 これが他人のものなら本来触っちゃいけないが、そもそも僕の秘密基地の敷地内に存在している。これを咎められるのはもっと大きな括りで、この山の所有者とか、国の人とか、そういう人たちだけであるように思えた。なので僕はその卵みたいな物体に手を触れ、一旦中まで入ってみて、そこにあったなんかよくわからないピカピカ光ったデカい石を家まで持ち帰った。




 僕は夕飯の時に「なんか山にデカい卵みたいなのが落ちてたよ」と両親に報告した。母は「ふぅん」と興味なさげで、父はといえば「あの山にそんなデカい鳥がいるのかね」と驚いている。

「そういうんじゃないよ。卵みたいな形した、なんか機械だよ」

「それはそれは。UFOかもしれないな」

「僕もそう思う。なんか部品持って帰ってきたからさ、後で見てよ」

「宇宙人が困るぞ。返してあげなさい」

 急に母が目くじらを立てて「あんたそれ、よそ様のものだったらどうすんの。明日絶対返してきなさいよ」と言った。僕は内心『ちぇっ』という気持ちで「ハイハイ。ただの石ですよ」と唇を尖らせる。


 その夜、僕の部屋に宇宙人が来た。


 物音がして目を覚ましたら、暑くて開けていた窓からもうその人が入ってくるところだった。二階だからといって開けっ放しにして寝なきゃよかったと思ったが、時すでに遅し。その人は僕を見て、不器用そうに咳払いをする。

「あー……こんにちは。はじめまして、男の子」

 その人は、手始めにそう言った。


 二十代ぐらいの若い男性に見える。一見して、海外の人みたいだった。ほんの少し紫がかった青い目をしていて。

 男性は一度手を振って見せ、それから首を捻る。片手を頭の後ろに回しながら、ちょっと会釈した。


「こん……こんばんは、男の子。失礼します。お願いがあるのですが」

「お兄さん、宇宙人でしょ」

「えっ? いいえ、違います」

「あの山に落ちてたの、UFOでしょ! お兄さん、宇宙人でしょ!」

「いいえ、違います。観光客です」

「人んちに不法侵入してきて『観光客です』はちょっと無理があるよ」


 僕は飛び起きて、机の引き出しにしまっていたピカピカの石を出して見せる。

「これ取りに来たんだよね?」

「! はい、その通り」

「宇宙人でしょ?」

「いいえ……」

「じゃあ、あの卵みたいなやつなに?」

「たまご……?」

 その人はこめかみの辺りを手で押さえて、何か考えるような顔をした。

「いえ……たまご、ではありません」

「卵じゃないのはわかってるよ! なにかってきいてるの!」

「ああー……、はい、それは、はい」

「なに?」

「……船、です」

「宇宙船でしょ! UFOじゃん!」

 ゆーふぉー、と言いながらまたこめかみに手を当てる。「ゆーふぉー、unidentified flying object?」とぶつぶつ言いながら僕に向き直った。


「すみません、よくわかりませんでした」

「さてはなんか翻訳機使ってるな……?」


 頭を掻きながら、「お願いがあります」とその人は再度言う。

「そのを返してほしいです」

「なんて?」

「……エネルギー? コア……装置……返してほしいです」

「そんなに大事なものだったんだ……」

 僕はじっとその石を見つめ、「返してあげてもいいけど」と肩をすくめた。

「お兄さん、困ってるんじゃないの? 僕、手伝ってあげてもいいよ」

「え……」

 お兄さんは見るからに動揺し、「えーっと」と言いながら視線をさまよわせる。しばらくして覚悟を決めた様子で、僕を見た。


「私は、実はこの星の人間ではありません。宇宙から来ました」

「さっきからそうでしょって言ってんじゃん」


 僕は呆れてため息を吐いて、「その喋り方ってどうにかなんないの? もっと自然に喋れない?」と言ってみる。お兄さんは自分のこめかみ辺りをバシバシ叩いて、「あー、はい。じゃあ、これで…………すまない、入出力両方に翻訳をかけると不自然になりやすい。これでどうだろう」と言った。

「さっきよりマシ」

「うん、俺には違いがよくわからないが、こちらのネイティブはこっちなのかな?」

「お兄さんには合ってるよ」

 ピタリと動きを止めたお兄さんが「合っている……? 似合っている、か? 言語に“似合う”という概念が……?」とかなり混乱していた。

 僕はそれを無視して、「僕の名前、智樹ともき。お兄さんは?」と尋ねる。


「俺は……から来た??という。よろしく」

「なんて??」

「あー……この星で近しい言葉は……。朱肉、だ。よろしく」

「たぶん違うと思うよ」


 その翻訳機ポンコツだよ、と僕は冷静にコメントする。

 お兄さんは顎に手を当てて「赤い……もの……契約……道具……」と言い出したので、僕は面倒になって「じゃあアカイロさんって呼んでいい?」と訊いた。お兄さんはパッと両手を開いて「なんとでも」と答える。

「じゃあアカイロさん、今日はもう遅いから僕寝るね」

「俺はここにいてもいいか?」

「いいけど、朝お母さんが起こしに来るから隠れてよ」


 翌朝起きたら、宇宙人は僕の部屋の押し入れに隠れていた。どうやらこの宇宙人はドラえ〇んのファンらしい。




 昼間、お母さんの目を盗んで僕たちはとりあえず街に出ることにした。歩いて行くのはとても無理だよと言ったら、アカイロさんは僕のことを抱っこして歩いた。なんかめちゃくちゃ体力があるらしい。

「アカイロさんの星の人はみんなそんなに体力があるの?」

「うん。そうだな……地球を基準にして言うと、俺の星はより生物学が進歩している。主に医学だ」

「……?」

「あー、医療、病院、治療?」

「なんとなくわかる」

「それで……俺の星は生物学が進んでいるので、生き物は、遺伝子レベルで頑丈。わかるか?」

「ふんいきわかる」

「滅多なことでは死なない。病気も怪我も、ほとんどない。あっても、簡単に治る。平均寿命は500歳」

「500歳まで生きてなにすんの?」

「なかなか鋭い。俺たちもそれがよくわからないでいる。わからないまま寿命を伸ばし、これ以上伸ばすのはやめた方がいいのではないかというところで止まっている」

 歩きながら、「しかし工学がさっぱり栄えなかった。今でも君たちの足元にも及ばない」とアカイロさんは言った。

「あー、工学というのは……」

「わかるよ。ロケットとか作るやつでしょ。でも宇宙船で来たじゃん」

「ああ。あれが我々のギリギリ工学だ」

「ギリギリ工学……」

「しかも君たちの真似だ」

 アカイロさんは、むかし母星に地球の宇宙船が不時着した時のことを話してくれた。この人の星ではそれを一生懸命に調べて、同じように宇宙船を作ったそうだ。


「まあ、模倣にも技術がいる。元となった宇宙船自体がいつ造られたものかわからないしな。そういうわけで我々の宇宙船は高い確率で壊れる。母星を出発して目当ての星にたどり着くまでに7割壊れる」

「3割しか生きてないじゃん! そのうち何割が自分の星に帰れるの?」

「……あんまり帰れていない」

「バカじゃん!」


 僕はすごく驚いてしまって、「アカイロさんはなんでそんな危ない任務? やってるの!?」と言ってしまった。アカイロさんはニコニコ笑って、何か懐から出した。

「仕事じゃないよ」と言って、それを僕に見せる。それは、僕の見間違いでなければド〇えもんの単行本1巻だった。

「言ったろ。観光客だ。この漫画が好きで、ずっと地球に来たかった」

「バカ~~~~!!」

 へへへ、と笑ったアカイロさんが「この漫画と同じところがたくさんあって感無量だ」と言ってのける。僕は勢いで「本気で観光のためだけに7割死ぬ旅してきたの!? 頭おかしいよ!!」と叫んでしまった。

「うん。あ、どうせ行くなら地球がどんなところか報告しろとは言われたが」

「たぶんそっちじゃない? 本命」

 それでも頭がおかしいと思うので、僕は「やばい人だ……」と言ってしまった。するとアカイロさんが肩をすくめて、「そこまで言われるのは心外だな」と眉をひそめる。

「俺の星では医療の分野が非常に発展していると言ったね。滅多なことでは死なない、平均寿命は500歳だ。それだけじゃなく、クローンも作り放題で人口は飽和状態。そんな状況で、おそらく生命の価値は君らとまったく異なるだろう。死は全ての個体にとって一度きりの経験だから軽んじられるものではないにしろ、君たちほど個の存在を重んじてはいない」

「ええー、やだなあ、そんな星」

 なぜだかアカイロさんはニコニコして、「君たちの価値観も好ましいと思うよ。何より、漫画と同じで嬉しい」と喜んだ。僕は諦めて、遠い外国のよくわからない文化の人だと思うことにした。少なくともアカイロさんは僕らのことをそんな感じで見ているらしかった。


「てかさっきさ、『地球のこと報告しろ』って言ってきたのだれ? えらい人?」

「うん、まあ、偉い人だ」

「それって地球のこと侵略する気だったりする?」

「それはあるだろう」

「“それはあるだろう”じゃないよ、ふざけないでよ」


 きょとんとした様子のアカイロさんが「嫌か?」と言ってくる。「イヤだよ! やめてよ!」と言ってから、もしかしてまた翻訳機がポンコツ発揮してるのかなと思い、「僕が言う侵略っていうのは、地球を攻めてきて人をたくさん殺したりして、アカイロさんたちが乗っ取っちゃうってことだよ」と補足した。アカイロさんは「ああ」と頷く。

「俺たちがこの星を攻めて、人を大勢殺すというのは現実的に不可能だ。先ほど言った通り俺たちの星の工学はゴミだ。攻撃しても返り討ちにあうだけだろう。ただし、君たちの星を乗っ取るという点においては勝算があるし、狙ってもいる」

「狙ってんの!?」

「うん。バイオ的戦略でいけば俺たちは君らの星を完封できる見込みだし、平和的に事が済むだろう」

「地球に辿りつくまでに7割死ぬくせにバイオ的に完封できるって!?」

「できる。3割も辿り着けば十分だ」

「えぇー、なんでそんなことするの?」

「嫌か?」

「嫌だって言ってんじゃん、さっきから」

「俺たちは君らを誰一人殺さないよ」

「それでもヤだよ。僕らの星は僕らの星だし、他の人たちに支配されたくないよ」

 瞬きをしたアカイロさんが、「つまり君は、この星が……あー……他の誰かの、もの、飼われる、子分、家畜、したくないってことか?」と言うので、「そう!」と僕は言った。

「なるほど。……まあ、俺にそれを決める権限はないが」

「なんでよ! 侵略なんてやめてってえらい人に言ってよ!」

「なぜ」

「友達じゃん」

「ともだち……? まだトータルで1時間ほど話しただけだが」

「じゃあ僕と友達になんないの!?」

「……なるとも」

「じゃあ友達じゃん。友達の星侵略する友達なんかいないんですけど?」

「そうか……」

 アカイロさんは目を閉じて「困ったなあ」と呟く。そんなこと知るか。僕だって必死である。なんせ地球の危機だ。


 そんなことを騒いでいるうちに、景色はすっかり街中になっていた。僕は降ろしてもらい、「まずどこ行こっか? というかアカイロさんってお金持ってるの?」と訊いてみる。

 するとアカイロさんは前方を見て固まっており、「あれは、なに? あの、地を這うロケットみたいなやつ」と僕に耳打ちした。

「車のこと? そっちの星にないの?」

「車……。ああ、車か。いや、あるよ。ただ、スピードが全然違うので同じものとは思えなかった」

「アカイロさんの星の車はおっそいんだ……?」

「うん。そもそも、ほとんど走ってない。こちらの星で言う……救急車? みたいなものしか走っていないんだ。そして、走って追い越せそうなぐらいのスピードだ」

「救急車がそんなに遅かったら間に合わないじゃん」

「いや、俺たちはそう簡単には死なない。それに、かろうじて息があるうちに間に合いさえすれば一瞬で完治する医療がある」

「色んな問題を人間の強さでカバーしてるみたい……」

「地球という星は俺からすればその反対に感じられるが。いまだに平均寿命100歳未満の上に病気や怪我で簡単に死ぬ生き物がこんなに繁栄しているなんて、技術でカバーしているんだろうなぁ」

 僕は腕を組んで大人みたいに「うーん」と悩んでみたけれど、「そうかも」とだけ言って歩き始めた。


 どこに行けばいいかよくわからなかったので、とりあえず大きめのホームセンターに行ってみた。アカイロさんがベニヤ板とか買おうとしていたので、「ベニヤ板ではないと思うよ、たぶん」と僕は言ったのに、気づいたらベニヤ板を買っていた。人の話を聞かない宇宙人だ。そんなことよりお金はどうしたんだろうと思ったが、自分の星にいるときに株で稼いだって言ってた。僕はそれ以上訊くのをやめた。


 大荷物のアカイロさんが、「本当に君がいてくれて助かった。どこへ行っていいかもわからなかったんだ」と言っていた。

「でも本当にそんな材料で宇宙船が直る?」

「我々の技術を舐めない方がいい。こんな材料で十分だ」

「舐められてしかるべきでしょ、それは」

 早速直しに行くと言うので、「さすがに山の上はタクシーかバスで行った方がいいよ」と僕は言う。アカイロさんの体力なら歩いて行けるかもしれないが、普通に時間の無駄のように思った。


「あ、アカイロさん。本屋に寄っていい? 漫画の新刊が、」

「本屋? どこ? あそこ?」


 僕が何か言う間もなくパーッと走って行ったアカイロさんが道路を横切って車に轢かれた。

 僕は思わず「ぎゃーっ」と叫んで、軽く吹っ飛んだアカイロさんに駆け寄る。


「大丈夫!?」

「だい、じょ……」

「ぎゃーっ、血が青い!! キモい!!」

「きもいって……言ったか、いま……?」


 アカイロさんを吹っ飛ばした車の運転手が降りてきて、「大丈夫か!?」とおそるおそる僕たちを見た。

「なんだぁ? この青いのは!」

「インク! これインク!!」

「いま救急車を……」

「大丈夫! この人大丈夫!! これはインクだしこの人は大丈夫!!!」

 僕はパニックで、アカイロさんに「立てる!?」と確認する。アカイロさんは頷いて、「失礼。とてもいいマシンにお乗りですね」と運転手に挨拶した。運転手もパニックで、「え? そうでもないよ!?」などと言っていた。


 ほとんどアカイロさんを引きずるようにして、僕はタクシーを止めた。

「どこまで?」と言っているタクシーの運転手に住所を伝える。アカイロさんに「お金ある?」と確認したら「ある」と言うので僕はほっとして深呼吸した。

「どうした、お兄ちゃん。昼間から飲みすぎかい? 弟さんにあんまり迷惑かけちゃいけないよ」

「あはは……」

 何とか僕の家まで到着し、僕はアカイロさんに「お金多めに出して」と耳打ちする。

「ん? こんなにもらえないよ」

「いえ。車の中汚してすみませんでした」

 そう言って、そそくさと車を降りる。後部座席を確認した運転手が「あ、こらっ」と言ったがこの際聞いていられない。僕はアカイロさんを部屋まで連れて行った。


 何か小瓶の飲み物をのみ、アカイロさんは横になっている。

「本当にすまない……」

「僕はいいけど、色んな人が大変だよ」

「ああ、そうだよな……」

 僕はため息を吐きながら頬杖をついてアカイロさんの顔を見下ろした。アカイロさんはまだ「俺の星にあれだけ速いものは存在しなくて……」と言い訳をしている。僕が「大丈夫?」と訊くと、アカイロさんは目を開けて僕のことをじっと見た。

「ありがとう。大丈夫だ。さっき飲んだのはと言って」

「その翻訳機、固有名詞になると大体バグるから避けた方がいいよ」

「えーっと、細胞を……活性化……? して、とにかく飲むだけで病気も怪我もすぐに完治するから」

「ヤバすぎ」

「ただ、これに耐えられるのは俺たちの体だけだから君らは飲まない方がいい。そもそも生命力を前借しているようなものなので、俺たちですら寿命が縮む代物だ」

「えっ、いま寿命縮ませたの!?」

「もともと500年ある」

「う、うーん……そうだけど……」

 アカイロさんはまた目を閉じて、「本当に迷惑をかけてすまない……」と言いながらそのうち寝息を立て始めた。呑気に寝てる、というよりは必要に迫られて失神した、という感じだった。

 僕は『しょうがないなぁ』と思いながら部屋中の青いベトベトを拭くことにする。階段で一生懸命布巾がけしていると、お母さんが「智樹ぃ」と言いながら歩いてきた。


「ちょっと智樹ぃ、家の前でタクシーがキレてる……あ! あんたまた部屋でスライム作ったでしょ!」


 まずい。


「待ってお母さん! いま、部屋ダメ! 部屋入っちゃダメ!」

「どんだけ汚したの! スライムは作ってもいいけどバケツで作っちゃダメって前も言ったでしょ!」


 制止する僕を無視して、お母さんが部屋に入った。そうして「は? 誰、これ」と顔をしかめた。

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