第2話 あんたの友達はね、ずっと遠いところに故郷があんのよ。
缶ビールをグラスに注ぎながら「へえ、本当に宇宙人だったんだ」とお父さんが言った。
「ご挨拶が遅れて申し訳ございません」
「いいよ、いいよ。カミングアウトも勇気要りますもんね。大丈夫ですよー、僕ら言葉さえ通じれば全然気にしないんで」
「ちょっとは気にした方がいいわよ。宇宙人よ」
朗らかに笑ったお父さんが「それにしてもすごいね。車に轢かれたけど薬ひとつですっかり良くなったんだって? 技術の進んだ星なんだね」とビールを煽る。
「いえ、生物学の分野だけです。工学の分野はこちらの星の足元にも及びません」
「そりゃ面白いな」
面白いもんですか、とお母さんがため息を吐いた。
「本当にこの子は近頃なんでも隠して嫌になっちゃうわ。人間なんか部屋に隠してると思う? だいたいね、この前なんか、60点の算数のテストを黙ってコンビニのごみ箱で捨てようとしてたのよ。信じらんないわ」
60点のテストと同列に扱われた宇宙人は、真面目な顔でハンバーグを食べながら「大変美味しゅうございます」などと述べていた。
次の日僕たちは山の上の宇宙船のところまで行って、修繕作業を行った。といっても、アカイロさんが一生懸命にベニヤ板をあてて釘を打ちつけているのを見ているだけだったけど。
「……本当にそれで大丈夫なの?」
「元からこんな感じだ」
「そんなわけなくない?」
たぶんだけど、木材で大気圏は越えられないと思う。たぶんだけど。
「ところでこの船って燃料は? ガソリン?」
「いや、逕溷多繧ィ繝阪Ν繧ョ繝シだ」
「もう一回」
「えーっと……」
言いながらアカイロさんはトントンと自分の胸を叩いた。「これ。この……なんだ? 自分の命だ」と言ってのける。僕は辟易として、「まーたそうやってすぐライフで解決しようとする」と嘆いた。
「まあ、我が星で一番有り余っているエネルギーは命だからな」
「ほんと命の大切さを知らない星なんだね」
そんなことを言いながら僕ももう慣れっこになってしまって、「ほんと、やだなあそんな星。行きたくない」とポケットに手を入れながら言うにとどめた。
それからは手持ち無沙汰なので、アカイロさんが打ち付ける板を押さえてあげたりした。
「なんかこの辺、この前来た時より草が生い茂ってる気がする」
「それはだな、不時着した際宇宙船が大破して、持ってきた細胞活性化剤がほとんど割れてこの辺に散布されたからだ」
「や、山の生態系が……!」
一瞬動きを止めたアカイロさんが「やはりまずいだろうか」と僕を見る。僕は目を逸らして「聞かなかったことにする」と言った。なんか草木が化け物みたいになったらどうしようかと思ったけれど、とりあえず今のところ元気に生い茂っているだけなので難しく考えないことにした。
ゆうやけこやけが流れるまで作業をして、その日は家に帰った。
「ただいまー」と言うと台所に立っていたお母さんが「おかえり。手洗ってお風呂入っちゃいなさいよ。また山に行ったんでしょ」と言ってくる。
「お母さん、今日唐揚げ?」
「そうよ」
「……昨日ハンバーグで今日唐揚げ? お母さんちょっと張り切りすぎじゃない?」
包丁を持ったまま振り返ったお母さんが「そりゃそうよ」と肩をすくめる。
「なんでうちなのかは知らないけど、要は留学生みたいなもんでしょう? いい思いさせてあげないと向こうの親御さんに顔が立たないわ。あなた、美味しいご飯たくさん食べていきなさいね」
「はい」
僕は口をすぼめて、「一生いたら?」とアカイロさんに言った。アカイロさんは困ったように「それはちょっと難しい」と頭をかいた。
夕飯の時、僕は唐揚げを頬張りながら「それでね」と口を開く。
「板だよ、木の板。木の板で宇宙船直そうとしてるんだよ。絶対無理だって言ってやってよ」
「絶対無理よ」
「ほら!」
アカイロさんはといえば「美味しい。とても美味しい」と言いながら唐揚げをもりもり食べていた。「唐揚げビギナーにはマヨネーズを許可するわ。たんとお食べなさい」とお母さんがマヨネーズを小皿に出す。僕は「いいなぁ」と呟いた。
「てかさぁ、そんな急いで帰らなくていいじゃん。こんな田舎しか見てないのもったいないよ。観光地とか行きなよ」
僕がそう言うと、お母さんが「海外旅行ですって、パパ」とお父さんを見る。お父さんは「誰も言ってなくない?」と真顔になった。
「いや、十分に楽しんでいる」とアカイロさんは真面目な顔で言う。
「今の時点で俺の地球観光旅行は点をつけるならば200点だ。そのうち100点は君と出会ったことにある、トモキ」
そんなことをさらっと言うので、僕は照れてしまって、黙って白米をかき込んだ。
夕飯の後、縁側でスイカを食べた。僕が種を飛ばしていると、後ろからお母さんが「種は飛ばさないで捨ててよ」と言ってくる。
「アカイロさん、種……あれ? 飲み込んでない?」
「これは種だったのか」
「アカイロさんの星にはスイカとかないの?」
「同じような植物はあるが、俺の星では食用に品種改良された植物からは種子の類が自然に排出されるようになっている」
うちわで仰ぎながらお父さんが「合理だねえ」としみじみ言った。
スイカの種飲んじゃったのかあ、と僕は思う。小さいころ、スイカの種を飲み込んだらお腹から芽が出るとよく脅されたものだった。僕は閃いて、「そういえばあの細胞活性剤みたいなの今ある?」と尋ねた。アカイロさんは怪訝な顔で「あれはもうないが……」と言った。
「どうしたんだ? どこか怪我でもしたのか?」
「いやべつに……」
いまあの薬を飲んだら本当にお腹からスイカの芽が出てくるんじゃないかと思ったが、友情にひびが入りそうだったので口に出すのはやめた。
アカイロさんは今日も押し入れで寝たがったが、お母さんが「やめてよそんなところで寝るの!」とゾッとした様子で言ったので、僕の部屋で布団を二つ並べて寝ることになった。
眠るまで、色んなことを話した。
アカイロさんが持っているドラえ〇んの漫画は、かつて星に不時着した地球の宇宙船から拝借したものらしい。アカイロさんはその時まだ子どもで、宇宙船の第一発見者だったのだという。大人たちに知らせる前に勝手に中を探検して見つけた。それからずっと隠して、肌身離さず持ってきたと話してくれた。なんだ僕と同じだね、と言ったらアカイロさんは笑った。
「きみと会いたかったよ」
「地球人とってこと?」
「いや。きっと、あの日君の星から来た宇宙船を見たその時から、俺は君と会いたかったよ。君と友達になるためにここまで来たんだと思うよ」
「変なの。会ったこともない知らない人なのに、そんなわけないじゃん」
僕は眠くなって、目を擦った。アカイロさんは全然眠たそうにしてなくて、うちわでずっと僕を仰いでくれていた。
毎日山の上へ行った。僕は宇宙船の近くに秘密基地を建て直して、アカイロさんの手伝いをしたり、夏休みの宿題をやったりした。
家では相変わらず、お母さんがちょっと張り切った夕飯を作っている。アカイロさんはオムライスを気に入ったようだった。「トモキの母君は有名なシェフか?」などと言うアカイロさんにお母さんは気をよくしていたし、僕も満更ではなかった。
アカイロさんが来て何日目かの夜、大きめな地震があった。アカイロさんは初めて経験するらしく、「何? なんだ?」と言いながら僕の机の下に隠れてしまった。猫みたいで面白かったけど、そのままじゃかわいそうなので「別に大丈夫だよ。出ておいでよ」と言った。でもしばらくはそのままでいた。本当にこわかったみたいだ。
その後で真っ先にお父さんの所へ行き、『今のは何だ』と質問攻めにしていた。お父さんは苦笑しながらも地震がなぜ起こるのかを説明してやり、アカイロさんは「おそろしい星だな……」と言いながら一生懸命メモを取っていた。真剣に聞くアカイロさんの姿に、お父さんも途中からは嬉しそうに蘊蓄を語ってた。
ある時はお母さんの手伝いをして重いものを運んだり、料理を教えて貰ったりしていた。ある時はお父さんとお酒なんか飲んじゃったりして。
その頃には、僕のお母さんもお父さんもアカイロさんのことすっかり気に入っていたと思う。お母さんも、「ずっといればいいわよ」と言っていた。だから僕は、本当にそうなればいいのになと思い始めていた。一緒にゲームなんかして、一緒にご飯を食べて、一緒に寝て、それがずっと続けばいいのになと思ってしまっていた。
僕は、宇宙船の修理をしているアカイロさんに言った。
「どうしても帰るの?」と。
アカイロさんは、「ああ。帰ろうと思う」と答えた。
「なんで? ずっといればいいじゃん。そんな、帰れるかもわかんないのにさ。お母さんも言ってるよ。『ずっといればいいわ』って」
「君のお母さんの言う『ずっと』というのは一生という意味ではないよ。せいぜいが一年やそこらだろう」
「一生だよ」
「違うよ」
「一生だよ。帰ったらお母さんに聞くもん」
アカイロさんは困ったように笑って、「一生いるわけにはいかない。俺は……その……不法滞在? みたいなものだし」と肩をすくめる。
僕はつかつか歩いてって、アカイロさんの背中を思い切り叩いた。
「いッ……え? いま……今の、きみか?」
「アカイロさんのバカッ!」
「なんで??」
慌てた様子のアカイロさんが「なぜ? なんで? どうして?」と僕の顔色を伺う。
「しらない」
「一体何の罪があって叩かれたのか教えてくれ」
「そういうんじゃない」
「そういうんじゃないのか? 君は俺が嫌いか?」
「きらい」
ガーンと音がしそうなほど落ち込んだアカイロさんが、ふらふらとまた宇宙船の修復作業に戻っていった。僕はふてくされて、秘密基地の中でジャンプを読む。
しばらくしてちらりと見ると、アカイロさんの手が止まっている。思った以上にショックを受けていて、さすがに罪悪感が芽生え始めた。
迷ったけれど、僕は意を決してアカイロさんの背中から抱き着いた。
「うそだよ」
うそだよ、じつはだいすき、と言ってみる。
「ごめんなさい。仲直りして」と言いながらぎゅっとすると、アカイロさんはこちらを向いた。
僕は一度離れて、今度は正面から抱き着く。
「……漫画で見たな。これが仲直りか?」
「うん」
「そうか。ただの観光旅行でこんな体験ができるとは思わなかった。とても素敵だ」
アカイロさんもぎゅっと抱きしめてくれた。やっぱり帰らなきゃいいのにと思ったけれど、僕はこれ以上この人を困らせたくなかったし、呆れられたくもなかったので、黙っていることしかできなかった。
家に帰ってお母さんに「アカイロさんに『ずっとここにいていい』って言ったのは、“一生”ってことだよね?」と訊いてみると、お母さんは『そうよ』と言いかけたけど不意に僕の顔を見て、「そんなわけないでしょう」と言い直した。
「一生だなんて、とても無理よ」
「嘘つきじゃん」
「お母さんに八つ当たりしたってしょうがないのよ、智樹。あんたの友達はね、ずっと遠いところに故郷があんのよ」
八つ当たり。
そう言われれば100%そうなので、僕はそれ以上何も言えなかった。
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