第8話

 クラス全員で買い物に行こうという話が出たのは良いものの、その全員の予定を合わせるというのは簡単なことではなく、結局それが実現したのはその話をした三週間後、文化祭十日前の日曜日だった。





「はぁ。疲れた...............。」


 文化祭の買い出しという名目でショッピングモールに出かけたが、そのほとんどが遊びだった。その時は物珍しさでついつい浮かれている自分もいたが、家に帰ってくると急に疲れがどっと押し寄せてきた。

今までまともに友達付き合いをしていなかった俺にとって、今日のようにたくさんの人と関わることができていることはとてもありがたいと思うし、とても嬉しい。だがそれと同時に、怖くなる時がある。もしあのまま誰とも話さず一人でいたら.....、もしあのとき笑えるようになっていなければ.....、もしあの時、小林と出会えていなければ..........、と。

 

優輝は買い物袋の中から、人目につかない時を狙ってこっそりと買っておいた小さな包みをとりだした。その中には、桜が象られたバレッタが入っている。今の時期、季節外れではあるが店に並んでいるものを見た時、『絶対にこれだ』と確信した。優輝は自らが選んだ初めての贈り物を見ながら、かすみと出会ったあの日のことを思い出していた。

 (そう、あれは桜が咲かない桜の木の下でのことだったな.....。)

それに小林は入院中、窓の外を見てはよくこう言っていた。

 『あの木に桜が咲いたところを見たいな.....』と。

彼女なら、きっとこのプレゼントを喜んでくれるだろう。

 

 優輝はそれを受け取った時のかすみの反応を想像し、本人も知らぬ内に、はにかむように笑っていた。








 文化祭の準備は着々と進み、十日間という時は意外にも早く通り過ぎていった。

そして.....、いよいよ文化祭当日。普段机がずらりと並んである教室には様々な装飾が施され、原型がわからないほどだった。それは学校全体においても同様で、学校内はどこもかしこもチカチカするほど彩られ、活気に満ち溢れていた。


俺は、嫌々ながら更衣室でメイド服に着替えると、教室へ足早に向かった。チラリと教室を覗いてみると、俺と同じように嫌がっていた前のシフトのやつらがノリノリで食事を運んでいる姿が見えた。その光景はちょっとシュールで、それがなかなかの人気を博していた。

働きぶりを見るに、意外と忙しそうだ。


「わぁっ!桑名〜!くふっ。めっちゃ似合ってるよー!!」

「はいはい、それはどうも。小林もなかなかサマになってるな」

「でしょー!」


小林は、えっへん!と腰に手を置いて偉そうにしていたが、いきなり周りをきょろきょろと見回すと俺の耳元に顔を近づけてきた。


「ねえねえ、今日の後夜祭でさ、ちょっと話したいことあるから誰もいないことを確認して、教室に来てくれない??」

「....お、俺もっ!小林に渡したい物あったから..........」

「ほんと!?じゃあ、19時くらいに!」

「あ、あぁ.....。」


自分からいつか渡す機会を見つけなくては、と緊張していたためにあっさりとその機会が巡ってきたことに拍子抜けしたが、兎にも角にも良かった。

でも、これでもう後戻りはできない。ポケットの上から、小包の入っているその感触を確かめると、先に教室に入って行った小林に続いてシフト交代をした。

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