第3話

 じいちゃんの葬式から2週間ほど経った。最初の頃は静寂の時間が長くなりがちだった我が家にも、以前のような騒がしさが戻ってきていた。

五月晴れだった空も、今では梅雨に入った影響で厚い雲に覆われている日が多くなった。それでも、あの日見た大きな木と、晴れ渡る青空そして.....小林さんのことが脳裏から離れない。

前日の雨を吸った、少し湿った傘を開いて今日も今日とて、重い足取りで学校へと向かう。高校は家から歩いて10分とそう遠くない場所にある。だからと言って近いわけでもなく、すごく微妙な距離感だ。通学路の途中にあるハチミツ屋の庭には、紫と青の紫陽花が咲き始めようとしていた。





『キーンコーンカーンコーン、キーンコーンカーンコーン』


 聞き慣れてきたチャイムが鳴り、もう少しで後頭部が輝いて見えそうな担任が教室に入ってくる。雨で濡れたのか、ぺたりとした少ない髪の毛を必死に撫で付けるその姿を少し不憫に思った。


「突然だが、今日からこのクラスに新しい仲間が加わることになった。..........入っていいぞ。」


クラスがざわめくことなど想定内とでも言うようにその全てを無視して担任は扉の方に向かって呼びかけた。ガラガラと扉が開かれる音が鳴り、教室内には少しの静寂が訪れる。その後入ってきた人物に、俺は見覚えがあった。


「初めましてー。小林かすみです。これから宜しくお願いしますー!」


その人物は他の誰でもない、優輝ゆうきの脳裏に焼きついている病院逃亡者あの少女だった。



「ごほん。えぇーーっと小林。それじゃあ、桑名くわなの隣に座ってくれ。」

「はあい。」


 少し拙いような喋り方の、どこか儚い印象を持たせるその少女の一挙手一投足にクラス中の視線が集まる。

だが、当の本人はそんなものはお構いなしとばかりに自分の席に着くと、あたかも無邪気そうな笑顔で俺に微笑みかけてきた。それを見た男子たちは皆悶え始め、女子たちは『かわいい〜』と相好を崩していたが、その奥に何か圧のようなようなものを感じてならなかった。

俺は、目を合わせてはならない何かと目を合わせているような気分になり、そっとその笑顔から目を逸らした。


 

 小林さんはホームルームの直後から、想像通りあっという間に女子からも男子からも好かれるクラスの人気者になった。


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